俺は隣の洋館に住んでいる同級生の弁当が食べたいらしい。

 入り口で待機している先生に画用紙を提出し、画板も返す。これから本当の遠足が始まる。午後3時まで動物園内を自由行動。入り口近くにある時計は、午前11時を示していた。

「残り4時間か。小野寺さん、どこか行きたいところあるか?」

 隣にいる小野寺さんに視線を向けると、案内図を見て唸っていた。

「うーん。倉雲君とシマリス見たいな」

「じゃあ、小動物コーナーか。小野寺さんって、小動物が好きなのか?」

 案内図で場所を確認してから、尋ねると、小野寺さんは楽しそうに一歩を踏み出した。

「うん。やっぱり小さくてかわいいよ」

「そういえば、小野寺さんって普通の女の子みたいだな。超金持ちだってこと忘れそうになる」

 隣を歩きながら語り掛けると、小野寺さんがクスっと笑う。

「そう思ってたんだ」

「時々考えてしまうんだ。小野寺さんって……」

 語尾は小野寺さんの「あっ」という声で遮られた。視線の先で、いいんちょは右手を振っている。それから、いいんちょは駆け足で俺たちに近寄った。

「相変わらず仲良しね」

 デジカメをチラつかせながら、微笑みかけてくるウチのクラスの学級委員長の前で首を捻った。

「いいんちょ、何の用だ?」

「バスの中で言ったでしょ? ツーショット写真撮影です♪」

「流紀ちゃん、私、その写真ほしいです」

 この前と同様に小野寺さんは目を輝かせている。

「ほら、心美ちゃんも撮りたがってるよ。ベンチに座って、お互いに見つめあってもらおうかな? もちろん手を繋いで、キス寸前まで顔や体を近づけるの」

「なんだよ。その構図。想像しただけで恥ずかしいぞ」

「最初から飛ばし過ぎたね。じゃあ、倉雲君は制服のズボンポケットに片手を突っ込んで。心美ちゃんは倉雲君が手を突っ込んだ方のポケットに自分の手を入れるの。それで、ズボンポケットの中で手を繋ぐ」

「だから、無難にピースサインの方が……」

 言い切るよりも早く、小野寺さんは俺の右手を掴んだ。そして、そのまま俺のズボンのポケットに手を繋いだ状態で突っ込む。すると、俺の顔はみるみるうちに赤くなった。距離は近く、視線を思わず逸らしそうになる。その瞬間を狙い、いいんちょはシャッターを押した。そのあとでカメラに映る写真を見て、微笑みながら、頷く。

「うん。よく撮れてるわ。じゃあ、またね♪」

 そう言いながら、いいんちょはどこかに向かって走り出した。その直後、小野寺さんはそっと俺の手を離す。

「庶民って、あんなポーズで一緒に写真撮るんだ。ちょっと恥ずかしかったかも」

 顔を赤くしてジッと俺の顔を見つめてくる小野寺さんと視線を合わせ、首を横に振った。

「多分、あれはいいんちょの趣味だな。一般的なカップルは、あんな写真を撮らないと思う」

「ふーん。そうなんだ」

 納得したような表情になった小野寺さんは、そのまま小動物コーナーに向かい、歩き始めた。


 シマリスなどの小動物がいるコーナーまであと一歩。そんなところでグーとお腹が鳴った。急に恥ずかしくなり、俺は咄嗟にお腹に触れた。だが、小野寺さんは気にするような仕草を見せず、近くにある原っぱに視線を向ける。

「倉雲君、ちょっと早いけど、お昼にしようか? こっちも都合良いし」

「都合良いって、アレか。クラスメイトが弁当のおかずを狙ってるって話」

「そう」

 少し大きめなリュックから敷物を取り出し、それを草の上に敷く。それから、靴を脱ぎ、リュックを敷物の上に置いた。小野寺さんが用意した敷物の上に座った俺と向き合う形で小野寺さんも座る。

 敷物の上に手を置き、無意識に肌触りを確かめた。心地よさを感じ取り、思わず微笑んだ。

「この敷物、座りやすいな」

「高級な素材を使ってるからね」

 続けて、リュックから取り出されたお弁当箱を見て、俺は目を見開いた。敷物の上に置かれたのは、黒い重箱。

「小野寺さん……」

「はい。天然漆の重箱におかずを詰めました」

 重箱の蓋が取られた瞬間、眩しい光が放たれる。それが消えると、鶏の唐揚げやポテトサラダといったおかずがキレイに詰められた光景が映った。それは明らかに、一般的な庶民の弁当とは違うと呆気にとられながら、正方形の青い弁当箱を取り出す。白ご飯にきんぴらごぼう、卵焼きと冷凍食品っぽいハンバーグという極普通な弁当を、小野寺さんは興味深そうに覗き込んでいた。

「ふーん。倉雲君の家の弁当って、そんな感じなんだね。もしかして、お義母さんの手料理かな?」

「そうだ。小野寺さんの家は、プロの料理人の味か?」

「ポテトサラダ以外はね」

「なんだと!」と驚きの声が出た。

「そんなに驚かなくても。ウチのシェフに頼んだの。私の料理も倉雲君に食べてほしかったから」

 小野寺さんは、照れながら重箱を差し出した。俺はそのまま、両手を合わせ「いただきます」と言ったあとで、ポテトサラダを一口だけ箸で取り、口に運ぶ。

「渡辺さんに聞いてたけど、やっぱり小野寺さん料理は旨いな」

 手料理を飲み込んでから、正直な感想を伝える。その直後、小野寺さんは「良かった」と嬉しそうに呟いた。続けて、「いただきます」と両手を合わせて唱え、俺の弁当箱に視線を送る。

「倉雲君のお弁当もおいしそう。お義母さんの手料理、また食べてみたいな」

「ああ、いいよ。ポテトサラダを分けてもらったお礼だ」

「じゃあ、そのハンバーグ貰おうかな?」

「待て。2個しかない貴重なおかずを持っていくな。それに、そのハンバーグは冷凍食品だから、母さんの手料理じゃない!」

「ウチのシェフの唐揚げをおかずにして、ご飯を食べるが良い」

「贅沢過ぎる」

 小野寺さんと初めて一緒に食べたお弁当は、とてもおいしく、楽しいお昼の時間はすぐに過ぎていく。そして、少し早い昼食タイムが終盤に差し掛かった頃、あの影が俺たちに近づいた。


「ああ、心美ちゃん、見つけた。ここで会ったら百年目!」

 いつかと同じセリフと共に、ポニーテールの彼女は俺たちの元に駆け寄ってくる。

「渡辺さん」と小野寺さんが呼ばれ、ポニーテールの友達は笑顔になって、敷物の上に置かれた重箱に目を向ける。

「クラスのみんなを警戒して、もうお弁当食べたのか」

「そうだ」と俺が認めたあとで、渡辺さんが小声で耳打ちする。

「心美ちゃんとのツーショット写真なんて、卒業アルバムに載せてほしくないから」

 訳が分からず、首を傾げると、一眼レフカメラを手にした真面目そうな同級生が俺たちの前に姿を見せた。写真部らしき彼は俺たちに頭を下げてから、レンズを向ける。パシャパシャと俺たちの写真を撮影してから、写真部員は俺たちから離れた。その後ろ姿を見つめながら、俺も渡辺さんに耳打ちする。

「ありがとうな」という俺の声を聴いた、渡辺さんは無言で首を縦に動かし、ほぼ空になった重箱に視線を移す。そこには1個だけ鶏のから揚げが残されていた。

「あっ、おいしそう。いただきます」

「最後の1個が!」と叫んでも既に遅く、渡辺さんは手掴みで唐揚げを食した。

「うん。プロの味って感じだ」

「シェフの料理だからね」

 その小野寺さんの声を耳にしてから、渡辺さんは目を輝かせ、右手を握ったまま上に伸ばす。

「やった。一生に一度は食べたかった味だ。クラスのみんなに自慢してくる」

 元気よく飛び出していった渡辺さんは、いつの間にか視界から消えていた。


 そうして、残りの時間も小野寺さんと一緒に楽しみ、中学2年生の遠足は幕を閉じたのだった。

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