maid festival

第20話 彼女たちの日常2

俺の家の隣の洋館に住んでいる同級生の親友は、リモートで遊びたいらしい。

 ある日の夜、いつものようにブログの更新を済ませると、学習机の上に置かれたスマホが震えた。

 その画面には、榎丸一穂の文字。午後9時を過ぎているのに、何の用だろうと疑問に思いながら、通話ボタンをタッチした。


「もしもし……」

「倉雲さん、遊びましょう」

 いつもの明るい声を耳にした俺は目を点にした。

「おいおい、今何時だと思ってるんだ? 午後9時過ぎてるぞ。プリンを口実に呼び出すつもりかと思ったら、遊びましょうって誘ってくる。どういうことだよ!」

 そんなツッコミに対して榎丸さんは「ふふふ」と笑った。

「こんな時間から夜遊びしようって言いたいんじゃないよ?」

「じゃあ、要件はこっちの予定を聞いて、遊びの計画を立てることか?」

「残念。不正解。今からリモートで遊びたいのさ」

「りっ、リモートだと!」


 まさかの言葉が病院医院長の娘の口から聞こえ、俺は思わず驚いた。

「そんなに驚かなくてもね。なんか最近、庶民の間でビデオ通話で遊ぶのが流行しているらしいから、実際にやってみようと思って、誘っているんだよ。会員登録済みの主催者が、URLとIDとパスワードを招待したい人にメールで送信することで、会員じゃない人と遊べるんだってさ。まあ、実際はビデオ会議用のシステムらしいけど」

「いや、榎丸病院の院長先生の娘さんの口から、そんな言葉が聞けるとは思わなかったんだ」

「まあね。一般人の間でリモート遊びがブームになってるってウチの病院に入院中の女子高生さんから聞いたよ」

「ほうほう。榎丸病院の院長先生の娘が情報通な理由が分かった気がするな」

「そうそう。その話を聞いて、興味を抱いたから実際に遊んでみようと思ってね。どうせ、暇なんでしょ?」

「別にいいけど、俺も初めてだからな。ニュースでそういうのが流行していることは知っていたのだが……」

 そう言いながら、俺は頭を掻いた。


「そうなんだ。心美ちゃんと夜中にビデオ通話で話してるのかと思ってたけど、そんなことなかったんだ」

「夜中に電話するのは迷惑だと思うからな。睡眠の邪魔するのも悪いし」

「まあ、いいや。この時間帯なら自分の部屋で勉強してる頃だから、大丈夫だと思うよ。そんなことより、倉雲さんに聞きたいことがあるんだけど……」

「俺に聞きたいこと?」

 突然の話題の転換に首を傾げる。それからすぐに榎丸さんは真剣な声で疑問を口にした。

「倉雲さんのお父さんは元気でしょうか?」

「多分、元気だと思うぞ。今はホテルに缶詰め状態で脚本書いてたり、ドラマのスタッフと一緒にロケハンに出かけたりで中々帰ってこないけどな」

「……そうなんだ」

 一方で、俺の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。

「えっと、どうして父さんのことを聞いたんだ?」

「……ほら、倉雲さんのお父さんにご挨拶しておこうと思ってね。今後付き合いが長くなると思うからさ」

 何か誤魔化しているような印象の声が耳に届く。それから、榎丸さんは言葉を続けた。


「ありがとうね。じゃあ、早速、招待しちゃおうかな?」

 電話が切れ、スマホに1通のメールが届く。

 差出人の欄には榎丸一穂という文字が表示され、『遊びましょう」という簡単なメッセージと共にURLとIDとパスワードが送られていた。

 念のため、手元にあった紙にIDとパスワードを書き留め、URLをタッチすると、ビデオ通話専門サイトらしきページに飛んだ。

 IDとパスワードを入力してくださいというメッセージが表示され、指示に従って、榎丸さんから教わったそれらを入力する。

 それから数秒後、画面が切り替わり、真横に傾けたスマホ画面が左右に二分割された。いつの間にか起動した内カメラが右の画面に黒いスウェット姿を映し出す。

左側の画面では、シンプルな薄いピンク色の長袖Tシャツ姿の榎丸さんが右手を振っていた。その背景は満天の星空が見える夜の草原のようだった。


「倉雲さん。ちゃんと映ってますか?」

 スマホから榎丸さんの声が聞こえ、俺は首を縦に振った。

「ああ、ちゃんと見えてるぜ。っていうか、どこにいるんだ? なんかバックに絶景が見えてるんだが……」

「バーチャル背景を設定したのさ。自分の部屋を晒すのはちょっと抵抗があるからね。あっ、この背景は知り合いのプロの写真家さんの提供でお送りしています」

「CM前のナレーションかよ! それにしても、バーチャル背景を設定するなんて、病院の院長先生の娘さんなのに、中身はどこにでもいるプリンが好きな女子中学生なんだな」

「まあね。さて、ここでゲストをお呼びしたいと思います。因みに、私はパソコンでサイトにアクセスしているので、サイトを閉じることなくスマホを自由に操作可能なのです」

「テレビ番組みたいなノリ、まだ続けるのかよ!」


 ツッコミを入れる間に、左画面に映る榎丸さんが鼻歌交じりにスマホを操作した。

「はい、送信。来てくれると嬉しいなぁ」

 画面の中で榎丸さんが頬杖をつく。それから、数秒の沈黙が流れると、榎丸さんが「あっ」と声を漏らす。

「ゲストさんがサイトにアクセスしたって、通知が来ましたね」

 嬉しそうに榎丸さんが笑うと、画面が更新され、二分割から三分割の画面に切り替わった。


 左側は俺で固定され、中央に榎丸さん。右側には、薄い紫色のネグリジェの心美が驚きの表情で画面を見つめる姿がある。そのバックには参考書が並ぶ本棚が映り込んでいた。

「一穂ちゃん。どうして、奈央とビデオ通話してるの?」

「どうせ遊ぶなら心美ちゃんも招待したほうが楽しいと思ってね。倉雲さんとふたりきりでビデオ通話してるって教えたら、サイトにログインしてくれるって信じてたよ。さて、勉強中に申し訳ないけど、リモートで遊びましょう。まずは、家にあるモノ限定しりとりから! 家にあるモノを画面に見せながらしりとりするんだよ」

「なんか、今日の榎丸さん、テンション高めだな」

 そう呟き、苦笑いすると、右画面の心美が右手を挙げた。

「そのゲームなら、渡辺さんから聞いたことがあるけど、忘れてない? 一応、私は勉強中だから。今は学習机と参考書の本棚が並ぶ殺風景な勉強部屋にいるんだけど、そこから抜け出して、お屋敷中をウロウロしながら、モノしりとりで遊ぶのはダメだと思う。監視じゃなくて防犯カメラは付いてないみたいだけど、勉強中に遊んでるってバレたら、半年くらい学校やパーティー以外の外出禁止になりそう。最悪の場合は奈央に会えなくなるかもしれない。だから……」

 声を潜めた心美が頬を赤くする。その表情はどこか悲しい印象だった。


「ごめんね。勉強の時間だって分かってたのに、遊びに誘ってさ。確かに、私の所為で心美ちゃんが好きな人に会えなくなったら、空の上にいる子に呪い殺されそう」

 納得の表情で榎丸さんが両手を合わせ、頭を下げた。

「別にいいよ。勉強の時間なのに、奈央の顔が見られたから。これで残り50分の勉強時間を頑張れる気がしてきたよ!」

 そう言いながら、心美は優しく微笑んだ。

「それにしても知らなかったな。あのお屋敷に勉強道具しか置いてない部屋があったなんて」

 そんな俺の言葉に心美が笑顔で返す。

「誘惑を完全に断ち切ることができれば、集中して勉強ができるって誰かが言ってたから、その意見を参考にしたんだってさ。もちろんスマホも持ち込み禁止で、今はオンライン授業用のパソコン画面で奈央の顔を見てるんだよ」

「そうだったんだな」

「じゃあ、リモート大喜利ならできそう」

 両手を合わせた榎丸さんの意見が耳に届き、俺と心美は目を点にした。


「榎丸さん、別の日にリモートで遊ぶって流れだろ! そんなワガママ言うなら、もうプリンを買ってあげません!」

 厳しい口調で話すと、榎丸さんは頭を下げた。

「ごめんなさい。反省しています。私に庶民のプリンを恵んでください」

「分かればよろしいって、後半おかしくないか?」

 腕を組み首を縦に動かす間に、榎丸さんはクスっと笑った。

「それにしても、さっきのセリフ、ドラマで見た庶民のお母さんみたいな感じだった。あんな感じに叱られたことなかったから、いい経験になったよ。ということで、心美ちゃんの勉強の邪魔したら悪いので、ログアウトします」

 中央に見えた榎丸さんの姿を映し出した画面が暗くなり、続けて俺も勉強中の心美にメッセージを送った。


「じゃあ、俺もログアウトするよ。心美、勉強ガンバレよ」

「あっ、奈央。その前に1つだけ。明日の朝のこと、お義母さんにちゃんと話してあるよね?」

 画面の中で心美が右手の人差し指を立てた。

「ああ、一昨日話したよ」

「そうなんだ。じゃあ、お義母さんに伝えといて。私もお義母さんとのお出かけ楽しみにしてるって。じゃあ、奈央。また明日」

「また明日」と返してから俺はログアウトボタンを押した。


 

 


 

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