俺のクラスの学級委員長の妹はエキストラに演技指導したいらしい
11月4日。いつもと同じ日曜日の朝、パジャマの黒いスウェット姿の俺はリビングでニュース番組を見ていた。
キッチンの方からタマゴが焼ける音が聞こえる。そんな時、唐突にインターフォンが鳴り響く。
その音を耳にしたお母さんは、キッチンから顔を出し、視線をリビングのソファーに座り寛いでいる俺に向けた。
「奈央、心美ちゃんかもしれないから出て。未来の娘を出迎えたいけど、母さんは朝ごはんの料理中で手が離せないから」
悔しそうな表情を浮かべる母さんと対面した俺は溜息を吐く。
「ああ、分かった」と短く答え、テレビの右端に表示された時刻を見る。
それから、玄関に向かい、ドアを開けると、笑顔の心美がいた。
薄い紫色のワンピースの上に白のシャツを合わせ、右に分けられた前髪には、ラベンダーをモチーフにしたヘアピンが止まっている。
「おはよう、心美。なんか今日早くないか? まだ7時45分なのだが……」
「おはよう。奈央。今日は楽しみなことが2つもあるからね。早めに来ちゃった」
「楽しみなことって、俺とお母さんと心美の3人でお出かけすること以外にあったか?」
いまいちピンとこない俺は玄関先で首を傾げた。すると、目の前にいる心美が溜息を吐く。
「それも楽しみなことの1つだけど、やっぱり忘れてたんだ。覚えてない? 先月、吹雪ちゃんと……」
心美の声を聴きながら、記憶を手繰り寄せる。
先月、東野吹雪、心美が楽しみにしていること。
3つのキーワードが頭に浮かんだ瞬間、点と点が繋がっていき、記憶が呼び覚まされる。
「悪い。今思い出した。そういえば今日だったな」
「ホントに思い出したのかな? まあいいや。15分後から始まるんだよ。今日は一緒に観ようね。ウォーターブルータイタン」
疑いの目を向けた心美を家に招きつつ、俺はあの日のことを思い出した。
発端は10月17日の放課後だった。いつものように通学路をふたりだけで歩いていると、右隣にいる心美が首を傾げた。
「そういえば、奈央に聞きたいことがあったんだけど、20日って何か予定入ってないよね?」
「えっと、特に予定はなかったと思うのだが、なんだ? 一緒にどこかにお出かけしたいってことか?」
「うーん。デートじゃないけど、小野寺グループの関連会社がスポンサー契約してる制作会社からドラマのエキストラ出演のお誘いがあってね。どうせなら奈央も一緒にどうかなって思ったの」
「なるほど、その撮影が20日ってことだな。っていうか、珍しいな。そういうことに庶民の俺を誘うなんて……」
要件に納得を示すと同時に俺は腑に落ちない表情になった。すると、右隣を歩く心美が首を縦に動かした。
「今回は1人までなら友達を誘っても大丈夫みたい。まあ、学生限定エキストラ募集企画に当選した人たちと一緒に撮影するから、カメラに映るかどうかは分からないけど、いい思い出になると思う」
嬉しそうに笑う彼女の顔を見つめながら、俺は首を捻った。
「そうなんだな。それで、何のドラマだ?」
「ウォーターブルータイタンだよ。ここだけの話、吹雪ちゃんとも共演できるんだってさ」
「あの特撮ドラマかよ!」と思わぬ答えに驚いた。
「そんなに驚かなくてもね。あっ、服装だけど、塾の生徒役だから今着てる学生服でいいみたい。撮影場所までウチのリムジンで送迎するから。ということで、10月20日午前8時に迎えに行くから待ってってね!」
「なるほどな。分かった」と明るく答えると、右隣の心美は笑顔になった。
10月20日。都内某所の学習塾で撮影は行われた。撮影開始1時間前に教室の中で簡単なメイクを施され、適当な席に座っていく。
「奈央、やっぱり隣の席っていいよね?」
当然のように、俺の右隣の席に座った心美が笑顔を見せた。
「そうだな。そういえば、このナンバープレート何だろうか? ここに入る前に渡されたのだが……」
入口で渡された円形の白いナンバープレートを見つめながら、首を捻った。
「そうだね。20番って書いてあるヤツ、気になるね」
「俺は10番って書いてあるな。もしかして、席順かもな。今は自由席だけど、本番はこの数字に従って……」
「そんなのイヤだよ。私は奈央の隣がいいのに。とりあえず奈央の隣の席を確保するために、暗躍するしかないみたいだね」
真剣な表情になった心美の前で俺は両手を振る。
「おいおい。そこまでするのかよ!」
しばらく経つとエキストラ全員のメイクが終わり、俺たち20人が集まっていた教室のドアが開いた。
そこから黒いスーツに水色のネクタイを合わせたスポーツ刈りの男が現れ、教卓の前に立つ。そのあとで、黒いサングラスをかけた中肉中背の男は、俺たちの前で頭を下げる。
「皆さん。本日はウォーターブルータイタンにエキストラとしてご参加いただきありがとうございます。監督の小荒井です。本日はムラマサ学習塾で講義を受けるシーンを撮影します。皆さんは、塾に通う生徒役です。ということで、そろそろ転校生を紹介しようと思います。どうぞ」
「転校生?」と疑問に思っていると、開きっぱなしになっていたドアから見覚えのある女の子が顔を出した。黒色のセーラー服に身を包んだ姿を見た他のエキストラ参加者はザワザワとする。
そんなことを気にせず、監督の右隣に立った髪の長い女の子が微笑んだ。その手には2枚の長方形の茶封筒が握られている。
「転校生の東野吹雪です。本日は夏羽ユウコ役で皆さんに混ざって撮影します」
驚きの声が教室の中で響く間に、東野さんは俺と心美に視線を向け、優しく微笑んだ。
「さて、撮影で使うスタジオは隣の教室ですが、その前に東野さんから発表があります」
両手を叩いた監督の隣で東野さんは手にしていた2枚の封筒を俺たちに見せびらかした。
「スタジオに入る前にナンバープレートを渡されたと思いますが、それは抽選券です。2名様に、セリフ付きでドラマに出演できる権利を贈呈します。一応台本には、私、東野吹雪の生サインも記されています。また、演技初心者で不安だっていう方もいらっしゃると思うので、私が自ら演技指導を行います。この世に2枚しかない特別な台本を手にするのは誰なのか? 全銀河注目の抽選会。開幕です!」
東野さんがポンポンと2回手を叩くと、オレンジ色のジャージ姿の若い男性が、正方形の箱を手にして、歩みを進めた。そうして、その男が教卓の前に箱を置くと、東野さんが一歩を踏み出し、封筒を左手に持ち替えてから、箱の中に右手を突っ込む。
それから、2枚の紙を握った右手を箱の中から取り出した。
「はい。それでは、発表します。セリフ付きで東野吹雪と共演できる権利を手にしたのは、10番と20番の方です。当選者の方、ご起立ください」
「俺たちかよ!」と驚きながら立ち上がり、隣の心美と顔を見合わせる。
「おめでとうございます。当選者以外の方々は、隣の教室に移動してください」
東野さんの指示に従い、次々と他のエキストラの学生たちが退室していく。そうして、俺と心美、東野さんの3人だけが残ると、早速俺は東野さんに疑いの視線を向けた。
「東野さん。絶対クジに細工しただろ? そうじゃないと、俺と心美が一緒に当選なんてありえない」
「まさかね。そんなことすると思う? 倉雲くんの隣にいたかったけど、全ての隣の席をホンモノの役者さんで固められた私が」
人気アイドルの苦笑いした表情を前にして、俺は首を縦に振った。
「思う。いいんちょが俺のために席替えのクジ引きで似たようなことやったっぽいから」
「へぇ。吹雪お姉ちゃんが倉雲くんのためにそんなことを。初めて知ったわ」
「ねぇ。吹雪ちゃん。エキストラなのにセリフがあるなんて、珍しいよね?」
俺と東野さんの間に心美が入り、疑問を口にする。それに対して、人気アイドルはクスっと笑った。
「某国民的探偵アニメ映画だって、小学生の一般人をモブの声優として起用しているんだから、素人の中学生が演じるモブキャラにセリフがあってもおかしくないよ!」
「意味が分からん」
困惑する俺の隣で心美が右手を挙げる。
「そろそろ私が何の役を演じるのか教えてくれませんか?」
「そうね。心美ちゃんは学習塾講師に当てられて問題に答える女子生徒役。こっちはいつも学校の授業で問題を当てられて答えたイメージでやれば大丈夫。だけど、倉雲くんの役はちょっとだけ難しいかも」
「どんな役だ?」
「学習塾の窓側の席で何気なく窓の外を見ていたら、外に大きな怪獣がいるのに気がついて、驚いて大声で叫ぶ男子生徒だよ」
「悪い、よく分からないんだが……」
「窓の外に巨大怪獣がいたら、驚くでしょう? それを声と動きで表現すればいいよ」
「素人にむちゃぶりするな!」
「あのドラマの放送日、今日だったんだな」
11月4日。俺の家の玄関の中で思い出し呟く。その声を聴き、近くにいた心美が首を縦に動かした。
「そうだよ。やっと思い出したんだね。今日はあのドラマをリアルタイムで奈央と一緒に観たくて、放送15分前に訪れたの。私、奈央と一緒にエキストラ出演したあのドラマを楽しみにしてたから」
「そうだな。どんな感じに仕上がっているのか。俺も楽しみだ」
そうして、心美は靴を脱ぎ、「おじゃまします」と口にしてから、俺と一緒にリビングへ向かった。
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