俺の隣の洋館に住んでいる同級生は、親子同伴買い物デートがしたいらしい。
「おじゃまします」
俺の自宅のリビングのドアを開けながら、心美は頭を下げた。すると、キッチンで朝食を作っていた俺のお母さんが目を輝かせた。
「心美ちゃん。今日は随分と早いんだね。朝食まだ食べてないんなら、一緒に食べましょう。食パンやタマゴが余ってるから、今すぐにでもトーストと目玉焼きを準備できるわよ!」
「朝食は食べてきました。お心遣いありがとうございます。お義母さん」
心美は両手を左右に振りながら笑顔で答えた。それに対して、お母さんは額に右手を置いた。
「あら、残念。そういえば、奈央から聞いたわよ。今日は奈央とのデートに私も同行していいって」
「はい。この前はお義母さんとお出かけできなかったので……」
「流石、私の未来の娘ね。すごく優しいわ!」
「まだ婚約したわけじゃないからな」とふたりのやりとりを近くで見ていた俺は苦笑いした。
朝食を食べ終えた間に俺と心美がエキストラ出演した特撮ドラマが始まった。
テレビの近くに置かれたソファーに座り、寛ぐ心美の姿を瞳に映した俺は一歩を踏み出す。それに対して、俺の存在に気が付いた心美が、左手で開いたスペースを指す。
「奈央、隣どうぞ」
「ああ」と短く答え、心美の隣に座る。その時、隣の心美は頬を赤くして、クスっと笑った。
「あっ、ごめんなさい。この前は少しだけ照れてたみたいだったけど、今日は表情変えずに隣に座ってくれたんだって思ったら、嬉しくなってね」
「そうだな。なんか、心美の隣に座ることに慣れた気がする。なんというか、隣にいるのが当たり前なことになっているみたいだ」
「奈央ってそんなこと考えてたんだ。嬉しいから、もうちょっと詰めちゃおうかな?」
隣に座る心美がニヤニヤと笑い、数10センチほど開いていた俺との距離を詰めた。すると、俺の頬が急に熱くなる。顔を真横に向けると、至近距離に彼女のかわいい顔が飛び込んできて、胸がドキドキしてきた。
そんな時、突然、近くから俺のお母さんの声が聞こえてきた。
「おやおや、おふたりさん、朝からラブラブですなぁ」
視線を正面に向けると、いつの間にか、俺のお母さんがニヤニヤした表情をして座り込んでいた。その手には、スマホが握られていた。
「母さん。何やってるんだ?」
「心美ちゃんと奈央のラブシーンをスマホで撮影しようと思ってね」
「恥ずかしいからやめろ!」と強い口調で声を出す俺に対して、隣に座る心美は目を輝かせた。
「お義母さん。あとで私にもそれを送ってください」
「おいおい」と心美の反応に対して苦笑いする間に、オープニングが終わった。
「この番組はご覧のスポンサーの提供でお送りしました」
人気アイドル東野吹雪のナレーションで30分の番組が終わる。それからすぐに、心美はソファーから立ち上がり、両腕を上に伸ばした。
「オープニングのキャスト欄に名前載ってなかったけど、ちゃんと映ってたね」
「エキストラでセリフがあったのは俺と心美だけだったからな。シーンがカットされない限り、映るだろ」
「そうだね。そういえば、今回のおもちゃのCMと提供ナレーションの担当、吹雪ちゃんだったね。もしかして、容疑者全員分のCM撮影してるのかな?」
笑顔のままで首を傾げた心美と顔を合わせた俺は頷いてみせた。
「そうらしいぜ。その裏では、変身アイテムのおもちゃを売りたいと考えているおもちゃ会社とヒーローの正体を隠したい制作会社の対立があったらしい。そこで考えたのが、毎週違うキャストが変身アイテムのおもちゃのCMに出演するアイデアだそうだ」
そんな俺の話を聞いていた心美の目が潤む。突然の変化に驚いた俺は、心美の顔を覗き込んだ。
「心美、どうしたんだ?」
「奈央が資産家の婚約者候補らしくなってきたと思ったら嬉しくなってね。まさか、奈央の口から業界の裏話が聞けるとは思わなかったから」
「まあ、さっきの話はネットの受け売りだけどな」
それから、自分の部屋に戻った俺は、パジャマを脱ぎ、オレンジ色の長袖Tシャツとジーンズに着替えた。その上に赤いパーカーを羽織り着替えを終わらせ、心美がいるリビングに戻る。
その間に、お母さんもお出かけの準備が整い、リビングに掛けられた円形の時計が午前8時40分を指す。
そして、心美と一緒にお母さんが運転する自動車の後部座席に乗り込み、3人のお出かけデートが始まった。
午前9時30分。デパートの洋服売り場の試着室の前で俺は目をパチクリとさせた。目の前には、水色のカーテンが閉められた試着室があり、俺の右隣には楽しそうな表情を浮かべる俺のお母さんがいる。
間もなくして、カーテンが開き、着替えた心美が姿を見せた。
「奈央、この服、どう思う?」
「どうってすごくかわいいな」
いつも以上にかわいく思える洋服を頬を赤く染めながら見つめると、心美は俺に素直な笑顔を向けた。
「かわいいって思ったんだね。お義母さんのコーディネート」
心美がチラリと俺のお母さんの顔を見る。それからすぐに、お母さんは両手を胸の前で合わせ、目を輝かせた。
「やっぱりね。この服、心美ちゃんに似合うって思ったんだよ。すごくかわいいと思う!」
「じゃあ、お言葉に甘えて、このお洋服を買ってもらおうかな?」
「もちろんよ」と俺の隣でお母さんが頷く。
再びカーテンが閉まった後で隣に並ぶお母さんは、嬉しそうな声を試着室の前で響かせた。
「未来の娘のお洋服を買う。なんと最高な経験なのでしょう」
「大袈裟だな」と苦笑いすると、お母さんは目を輝かせた。
「あら、最高でしょう? 母さんは未来の娘にお洋服を買えるし、奈央は心美ちゃんのかわいいお洋服を着た姿を間近で見られる。これが若者が言うWIN-WINってヤツなのね!」
「というか、母さん、心美に洋服を買いたかったんだな」
「そうよ。心美ちゃんがよく着てそうなブランドモノは庶民の母さんには買えないけど、こういうデパートならかわいい洋服を買えるからね」
母さんが楽しそうに笑う間にカーテンが開き、元の服に着替えた心美が姿を現した。その両手の上には、丁寧に畳まれた洋服が乗っている。
「お義母さん、私、すごく嬉しいです。お母さんにお洋服を買ってもらった経験がなかったので」
そう言いながら、心美が微笑んだ。それに対して、俺のお母さんは目を丸くする。
「そうよね。心美ちゃんは大金持ちなんだもの。お洋服は専属のスタイリストさんとかが選んでいるんでしょう?」
「はい。大体、そんな感じですが、やっぱり、お義母さんにお洋服を選んでもらって、すごく嬉しいんですよ。本当のお母さんは小さい頃に亡くなって、今のお母さんは海外にいるので、こういうお店で一緒にお洋服を選べないから……」
「本当のお母さん?」
疑問に思った俺のお母さんが首を捻る。その隣で、俺は「あっ」と声を盛らしてから、母さんと顔を合わせた。
「そういえば、言ってなかったな。心美は養子として小野寺家に引き取られたらしいんだ」
「そうだったのね。知らなかったわ」
納得の表情になったお母さんの隣にいた俺の頭の中で、何かが引っかかった。
「本当のお母さんは小さい頃に亡くなって……」
心美は養子として、小野寺家に引き取られて、隣の洋館に住んでいる。
ただそれだけのことなのに、言葉にできない疑念を抱いてしまう。
そのことの意味に気が付かないまま、俺は心美の横顔を見ていた。
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