第21話 小野寺心美との2日間
隣の洋館に住んでいる同級生は、俺の部屋に行きたいらしい。
ある日の放課後、心美と一緒に自宅に戻り、ふたり揃ってリビングに顔を出すと、ソファーに座った状態で、俺のお母さんがスマホに耳を当てていた。
「はい。分かりました。それでは失礼します」と答え、画面をタッチしたお母さんが顔を上げ、視線を俺たちに向ける。すると、俺の右隣に心美がいることに気が付いた母さんは、目を丸くした。
「奈央、おかえりなさい。今日は心美ちゃんを連れてきたのね」
「お義母さん。おじゃまします」と隣の心美が頭を下げると、母さんは溜息を吐いた。やがて、表情は深刻なものに変わっていき、俺は首を捻った。
「どうしたんだ? 母さん」
「奈央、実は母さん、明日から2日間、福岡に行かなきゃいけなくなったの。親戚のおじいさんが病死されたから、葬式に出席してほしいって頼まれてね。奈央は出席しなくて大丈夫だけど、その前にコレを解決しないといけないのよ。明日からの家事、どうするのか問題!」
「なるほどね。状況は分かったわ」
隣で俺の母さんの話を聞いていた心美が呟くと同時に、顎に右手を置いた。
「そう。これは深刻な問題よ。明日の朝食は、予め準備しとけばいい。明日と明後日のお昼は学校の給食でいい。だけど、明日の夕食と明後日の朝食はどうするの? もちろん、インスタント食品は論外よ。他にも洗濯のことも考えないといけない。そこで、母さんは日雇い家政婦を雇おうと思ったんだけど、急な話だからって、さっきの電話で断られたのよ」
「そういうことか」とようやく状況を理解すると、右隣の心美が右手を挙げた。
「だったら、私に任せてください」
「そっか。小野寺グループのご令嬢なら、メイドさんを派遣することも簡単にできるのね!」
心美の一言から、先走った母さんが納得の表情になった。
「はい。善は急げということで、今から交渉してみます」
首を縦に振った心美が、スマホを取り出しながら、俺と母さんに背中を向ける。それから、リビングから廊下に出て、5分が経過した頃、心美は俺たちの元へ戻ってきた。
「お義母さん。大丈夫です。明日からの2日間の奈央の生活は、小野寺グループがサポートいたします」
「流石、小野寺グループのお嬢様。流石、私の未来の娘ね!」
目を輝かせて、両手を合わせた俺のお母さんに対して、俺は苦笑いした。
「未来の娘発言は無関係だと思うぞ」
そんなツッコミをスルーした母さんは、心美との距離を詰め、未来の娘の右手をギュっと握った。
「心美ちゃん、ホントにありがとうね!」
「いえいえ。お義母さんが困っているのを見過ごすわけにはいきませんから」
優しく微笑む心美の横顔を見ていた俺の頬は赤くなった。
「あっ、そういえば気になっていたんだけど、なんで今日はウチに心美ちゃんを連れてきたのかな?」
俺のお母さんが首を傾げると、心美は首を縦に振った。
「今日は気分を変えて、奈央の部屋で勉強しようと思ったんですよ。まあ、1時間くらい経ったら、帰らないといけないんですけど……」
「あら、残念ね。未来の娘とお茶を飲もうと思っていたのに」
「本当にごめんなさい。お茶会は別の機会でお願いします。じゃあ、奈央、あまり時間ないから……」
心美が両手を合わせてから、ジッと俺の横顔を見つめる。
「そうだな。じゃあ、行くか」と短く答え、俺たちはリビングを出て、階段を昇り、2階にある俺の部屋へと向かった。
「ここが奈央の部屋かぁ。この前のビデオ通話は、ここからしてたんだね」
ベッドの上に腰かけた心美が物珍しそうな表情で、八畳ほどの広さの部屋を見渡した。
「ああ、そうだ」という答えを耳にした心美は興味津々な顔つきになった。
「この前のビデオ通話の時から奈央の部屋に興味があったんだよ。部屋の前までなら来たことがあったけど、ここに入ったのは初めてです」
嬉しそうに語る心美と顔を合わせた俺の頬が、思わず緩んだ。
「そういえば、そうだったな。ふたりで勉強する場所は、小野寺グループが年間契約してるホテルの一室が多かったからな」
「ところで、奈央の部屋に入ったことがある女の子って、私が初めてなんだよね?」
「そうだ。いいんちょも来たことないぞ!」
「そうだったんだね」
納得の表情を浮かべた心美が、ベッドから立ち上がる。
そして、目の前に立つ俺との距離を詰めた心美は、俺に抱き着いてみせた。
心美の両腕が俺の背中を覆い、お腹からじんわりと心美の体温が体に伝わってくる。
突然のことに、頭が真っ白になる中で、心美の優しい声が耳に届く。
「良かった。今度は奈央の初めてになれたんだ」
「心美……」
ようやく出た言葉は彼女の名前。そんな声を聴いた心美は俺の胸に耳を当てた。
制服の上から彼女の髪が触れ、俺の心臓は爆発寸前まで高鳴った。
0センチ未満の距離に、大好きな彼女がいる。
その事実は気持ちよく、時間が停まったかのような錯覚に陥ってしまう。
そんな時、突然、ドアが開いた。
視線をふたり揃ってドアに向けると、顔を真っ赤にした俺のお母さんが立っていた。その両手で握られたお盆の上には、オレンジジュースが注がれたガラスコップを2個ある。
「奈央、勉強会の前に心美ちゃんとイチャイチャしないでよ。こういうことは、勉強が終わってからにしなさい!」
「そういう問題じゃないだろ! ゲームは勉強が終わってからみたいなノリか!」
「お母さん、驚いて死ぬかと思ったわよ。ジュースをお届けしたら、心美ちゃんとの熱いハグシーンを見せられたんだから」
「熱いハグシーン」と呟いた俺の顔が真っ赤になる。その間に、心美は俺から手を離し、再びベッドの上に座りなおす。
それから、数秒後、彼女はベッドの上でうつ伏せにり、顔を枕に埋めた。。そんな動きを近くで見せられた俺の目が丸くなる。
「心美、何やってるんだよ!」
「ごめんなさい。急に恥ずかしくなったの。穴が合ったら入りたいわ」
枕の顔を埋めたままの状態から体を半回転させた心美が声を出す。その顔は俺と同じく真っ赤になっていた。
こんな出来事から始まった勉強会は、上手く集中することができず、時間だけが過ぎていった。
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