俺のクラスの学級委員長はWデートがしたいらしい。後編

「ふぅ。社長さんに挨拶できたし、良かった。良かった」


 1分ほどで野次馬の中から顔を出した心美が呟く。ホッとしたような表情の彼女は、目の前に立つ俺を見つけて、目を丸くした。

「奈央、追いかけてくれたの?」

「そうだが、早かったな。あれから1分くらいしか経ってないぞ」

「人と人の間をすり抜けて、すぐに挨拶しただけだから。そういえば、流紀ちゃんたちは?」

「あっちの方で俺たちのことを待ってるよ。みんなで迎えに行ったら、ここに東野さんと間違えられて、ファン対応を強いられるからな」

 振り返りながら、後方を指差す。そんな話を聞いた心美が両手を合わせた。

「そうなんだ。さっきはごめんなさい。せっかくのデートなのに、単独行動しちゃったから」

「別に謝らなくていいと思うぞ。資産家令嬢として挨拶しないといけないって思ったんなら、別に悪いことじゃないからな」

「やっぱり、奈央は優しいね。さあ、流紀ちゃんのところに戻ろっか」

 笑顔になった心美が俺の右手を引っ張った。優しく掴まれた彼女の左手と繋がり、俺たちのことを待っている人の元へと歩みを進める。


「あっ、倉雲くん。おかえりなさい」

 戻ってくる俺と心美に気が付いたいいんちょが右手を振った。

「えっと、ここはただいまって言えばいいのか?」

 困惑する俺の右隣で心美が頬を膨らませる。

「流紀ちゃんズルい。私だって奈央におかえりなさいって言いたいのに!」

「なるほどね。妻として愛する夫を出迎えたいのかな?」

 クスクスと笑う俺のクラスの学級委員長に対して、心美はマジメな顔で言い返す。

「当たり前でしょ? 私は奈央を婚約者にしたいんだから!」

「そうそう、その意気だよ。あっ、正式な婚約者になったら、ちゃんと祝ってあげる」

「えっと、俺はここにいていいのか?」

 蚊帳の外の松浦が困惑の表情を浮かべると、いいんちょはクラスメイトの男の子に対して微笑んだ。


「あっ、なんかごめんね。じゃあ、そろそろ映画館に行こうかな?」

 両腕を上に伸ばしながら、いいんちょが一歩を踏み出す。それに続いて、松浦がいいんちょを追いかけ、右隣に並んだ。

 そのままの状態で松浦が右手を伸ばすと、いいんちょは首を左右に振った。

「ごめんなさい。手を繋ぎたいっていう気持ちは分かるけど、まだ繋ぐわけにはいかないわ」

「そっ、そうだな」

 松浦が伸ばそうとした右手を引っ込めた。すると、いいんちょが悲しそうなクラスメイトの顔を見つめて、溜息を吐く。

「まだ付き合うって決めたわけじゃないんだからね。そういうスキンシップはまだ早いよ。最初は隣を歩くところから」

「はい」と短く答えた松浦は首を縦に動かした。

 そんな気まずいカップルを俺と心美は後ろから見ていた。



 15分ほど街中を歩くと目的地の映画館に辿り着いた。

 発券機周辺に集まった俺たちの前でいいんちょが輪の中で両手を叩いた。

「はい、目的地の映画館に到着しました。ということで、今からチケット代を回収します。学生料金1500円用意してね。チケットはネットでいい席を予約しといた私が代表して買ってきます!」

 その指示に従い、俺と心美が財布を取り出し、いいんちょに代金を渡す。そんな中で松浦は「あっ」と声を漏らした。

「悪い。お金崩すの忘れてた。財布の中、千円札3枚しかない」

「ふふふ。こういうこともあろうかと、5百円玉を3枚用意しておいたのだ。千円札2枚と5百円玉1枚を交換しよ?」

「ちゃんと準備してたんだな。いいんちょ、ありがとう」

 感謝を示す松浦が財布から千円札を2枚取り出し、いいんちょに渡す。そのあとで学級委員長が5百円玉を1枚取り出し、松浦の右掌にポンと置いた。

 そのコインを握り締めた松浦の頬が赤くなる。

「ありがとうな。この5百円玉、大切に取っておく! コインケース買って、埃が付かないようにして、学習机の前に飾っておくんだ!」

「そこまでするのかよ!」

 明るく笑う松浦にツッコミを入れる間に、お金を回収したウチのクラスの学級委員長が、チケット発券機へ向かった。



 休日ということもあってか、多くの人々が行列に並んでいる。その様子を少し離れた位置で俺たちは見ていた。

「奈央と一緒に見る初めての映画かぁ。流紀ちゃん、いい作品を選んでくれたらいいんだけど……」

 俺の右隣で心美が嬉しそうに呟く。その声を聴いた俺は頷いた。

「そうだな。まあ、いいんちょなら、イケメン俳優が出てくる逆ハーレム系学園ラブコメ映画を選びそうだな。松浦はどんな映画を観ると思うんだ?」

 そう問いかけながら松浦がいる左隣へ視線を向けると、ドルオタ野球部員はブツブツと呟いていた。

「ああ、マズイな。もうすぐあの東野吹雪似の女の子の隣で映画を観てしまう。もしかしたら、帰り際に交通事故に巻き込まれて、死ぬかもしれん」

「おい、不吉な想像やめろ。そんなんで、あの人気アイドル似のいいんちょの彼氏になれると思っているのか?」

「倉雲、そうだな。こんなこと考えてたらダメだ。このままだと一生、彼女なんて作れない! だから、俺はもっとメンタルを鍛える!」

「おっ、その意気だ」と励ましてから10分ほど経過した頃、4枚のチケットを手にした俺のクラスの学級委員長が俺たちの元へ戻ってきた。


「お待たせ。とりあえず中央の一番見やすいF5からF8を予約しといたよ。席順は右から心美ちゃん、倉雲君、私、松浦くんでいいかな? さっき座席の埋まり具合確認したら、松浦くんの左隣に別の人が座るみたいだからね。私と松浦くんの席をチェンジしたら、左隣の名前も知らないお客さんが隣の私に見惚れて、映画に集中できないかもしれないから」

「ああ、そういう理由なら、別にいいけど……」

 俺が同意を示すと、心美がジッといいんちょの顔を見つめる。

「奈央の隣でイチャイチャしないでよ。奈央は私の彼氏なんだから!」

「まあまあ、私は身分差カップルを応援する会の会長なのですよ」

「そんな会、いつできたんだよ!」

「ついさっきね」といいんちょが答えたあとで、心美が「あっ」と声を漏らした。


「流紀ちゃん。席のことだけど、私がF7で流紀ちゃんがF6に座ったらいいと思うよ。もちろん奈央がF8ね。これでどう?」

「でもね、私は倉雲くんと心美ちゃんの身分差カップルを近くで応援したいから、倉雲くんの隣に座りたいんだけど」

 心美の意見に対して、いいんちょが真っ向から対立する。ふたりの間で火花が散る。そんな中で俺はふたりの間に割って入った。

「おいおい。席のことで揉めるなよ! そんなことよりも、何の映画を見るのかが気になる。俺はF8に座るから早くチケットを……」

「そうね。はい。本日見る映画の入場券です」

 俺の言い分に反応を示したウチのクラスの学級委員長が、手にしていた入場券から1枚を抜き取り、俺に渡した。

 渡された正方形の紙には8番シアターF8と書かれ、その文字の真下には、映画のタイトルが印字されている。


「あなたが好きな季節~俺の彼女は社長令嬢~」


 そんなタイトルに目を通した俺は、目を丸くしていいんちょと顔を合わせた。


「いいんちょ、これって……」

「そうだよ。庶民の男の子がひょんなことから出会った社長令嬢のヒロインと親しくなって、身分の壁を越えた大恋愛をするラブコメディなのです。倉雲くんと心美ちゃんにピッタリな映画でしょ? そして、私は身近な身分差カップルを思い浮かべながら、ニヤニヤして映画を鑑賞するのだった」

 ふふふと笑う学級委員長を前にして、俺は溜息を吐いた。

「おい、忘れてないか? いいんちょは松浦とデート中なんだ。少しは松浦を意識してもいいと思うぞ」

「あっ、そういえばそうだったね」

「いいんちょ、絶対俺たちを近くで見守りたい口実でWデート計画しただろ? 松浦のこと蔑ろにして」

 一瞬ギクっとした表情になったいいんちょが瞳を閉じ、俺の背中を向けた。

「そんなわけないでしょ? 正直、好きになってくれた男の子との距離感が分からないだけなんだから」



 話し合いの結果、心美の案が採用され、入場が開始された。

 

 シアター8。座席数180の劇場の重いドアを開けた俺たちがまとまって中に入る。指定された席に座ると、次々に別の客たちが着席し、あっという間に半数以上の席が埋まった。


 間もなくして、周囲が薄暗くなり、ブザーが鳴り響いた。


 何本かの予告編が流れた後、本編が始まる。


 目の前に映し出される身分差カップルの姿を見ていると、自分たちのことが思い浮かんでしまう。おもわず頬が赤くなり、薄暗い中で顔を真横に向けると、心美も頬を赤く染めていた。


 こうして、俺と心美の初めての映画デートは無事に終わった。




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