俺のクラスの学級委員長はWデートがしたいらしい。前編
修学旅行も無事に終わり、いつも通りな日常が戻ってくる。
授業と授業の間の休憩時間に隣のクラスの心美が訪ねてきて、俺の席の前で笑顔を見せる。
「おふたりさん、ちょっと相談があるんだけど……」
俺と心美の会話を隣の席で聞いていたいいんちょが、突然席から立ち上がった。そのまま両手を合わせる仕草をした学級委員長を前にして、俺と心美は一緒に首を傾げる。
「相談って何だ?」
そんな俺からの問いかけに対して、ウチのクラスの学級委員長は首を縦に振った。
「修学旅行中に話したでしょ? 松浦くんとWデートするって。今度の3連休初日、野球部の練習が休みらしいからね。そこでWデートをやりたいんだけど、ふたりの予定は大丈夫かな?」
「……Wデートって何?」
ピンときていないような表情になった心美が俺の前で首を捻った。
「2組のカップルがまとまってデートすることだな。つまり、俺と心美がいいんちょと松浦のカップルと一緒に遊ぶってことだ」
簡潔な説明を近くで聞いていたウチのクラスの学級委員長が首を横に振る。
「私は松浦くんと付き合うって決めたわけじゃないから、カップルという表現は不適切だと思うよ」
「いいんちょ、細かいな。俺は別に予定ないけど、心美はどうだ?」
顔を前に向けると、心美も同意を示す。
「その日なら私も暇だから大丈夫だけど、どこに行くの?」
「無難に映画館かな。丁度よさそうな作品が公開中だから」
「あっ、そういえば奈央と一緒に映画見たことなかったね」
心美が呟きながら俺と顔を合わせた。それに対して俺は首を縦に振る。
「そうだったな。映画館デートなんて初めてだ。それでいいんちょ、何の映画見るんだ?」
「それは当日までのお楽しみだよ。チケットは私がネットで4人分予約しとくから。兎に角、11月3日の午前9時、市駅西口前で待ち合わせね。学生証と3千円を忘れずに!」
言い終わるとウチのクラスの学級委員長は俺と心美の前から離れていった。その後ろ姿が男子たちと話す松浦の元に向かうのを目で追った俺は、再び目の前にいる心美に視線を送る。
「ところで、いいんちょが見たい映画って何だろうな?」
「吹雪ちゃんが映画に出るって話しは聞いたことがないから、無難に恋愛映画だと思うよ」
「でも、いいんちょ、最近、命を懸けたギャンブルをテーマにしたドラマがマイブームって話してたから、そういう感じの映画かもしれないぞ」
「ふーん。あのラブコメ大好きな流紀ちゃんがギャンブル映画ねぇ。まあ、奈央と一緒なら、どんな映画でも大丈夫だけど、気になるね」
そんな彼女の純粋な一言を耳にした瞬間、俺の顔は真っ赤になった。
「心美、そのセリフ、聞いてるだけで恥ずかしくなるぞ」
「そうかな? 映画館デート楽しみだね」
そして、予鈴が鳴り、心美が隣のクラスへ戻っていく。
11月3日、約束の時間30分前の駅周辺には、多くの人々が集まっていた。国民の休日ということもあってか、殆どが電車やバスでどこかに出かける家族連れ。
そんな人々から右隣にいる心美に視線を移す。薄い紫のスカートの上に紫のタートルネックを合わせ、白いパーカーを羽織った服装の彼女と顔を合わせた俺は、首を傾ける。
「そういえば、今日はリムジンで来なかったんだな」
「なんか今日は歩きたい気分だったからね」
「そうだったんだな」と言葉を返すと、人混みの中で見覚えのある同級生と目が合った。その同級生は俺と心美の元へ右手を大きく挙げて近づいてくる。
「倉雲と心美お嬢様。もう来てたんだな」
「松浦」と名前を呼ぼうとした瞬間、俺の思考回路が停止する。
「えっと、松浦……」と呟きながら、クラスメイトが着ている服に注目した。
「私服の黒ジャージだ。どんな服を着たらいいのか分からなくなったから、いつも家で着てるヤツにした」
自信満々に胸を張り答える松浦に対して、俺は溜息を吐く。
「松浦。お前なぁ。もっと無難な服なかったのかよ。俺みたいに無難な茶色いスキニーパンツにシンプルな灰色の長袖Tシャツを合わせて、黒い革ジャンを羽織ってみろよ」
「服を買う金がないんだ! 吹雪ちゃんのグッズやCD購入費にライブチケット貯金、野球部の消耗品。以上で1か月のお小遣い5千円が飛んでいくんだよ! まあ、今回の予算3千円は、もしもの時にために取っておいた去年のお年玉から出したけどな」
「それがあるんだったら、ちゃんとした服を買えよ。もしもの時は今なんだ!」
力説する俺の声を聴いた松浦が腕を組む。
「でもなぁ。どんな服がいいのか分からないんだ。母ちゃんに相談してもいいが、やっぱりこういうのは、同年代の女の子に選んでもらった方がいいと思う」
唸った俺のクラスメイトがチラリと俺の右隣にいた心美を見る。それに対して、俺はジッと松浦の顔を睨みつける。
「おい。まさか、心美と一緒に服を買いに行こうって考えてるんじゃないだろうな? 言っとくけど、俺も心美に服を選んでもらったことがないからな」
「冗談だ。そんなにムキになるなよ」
クラスメイトが豪快に笑いながら、両手を左右に振る。それからすぐに、心美がジド目になった。
「松浦君と私が一緒にお出かけするのイヤなの?」
「ああ、そうだな。心美と松浦が一緒に買い物してるのを思い浮かべたら、なんかイヤな気分になった」
「それが、奈央と一穂ちゃんが密会してるのを知った時の気持ちだよ。理解できたかな?」
「ホントにごめんな」と両手を合わせると、心美は優しく微笑んだ。
「別にいいよ。それにしても、流紀ちゃん遅いね」
「そうだな」と呟きながら、周囲を見渡すと、右に人混みが見えた。何かを丸く囲んだような集団を目にした瞬間、俺の頬が緩んだ。
「流紀ちゃん。もしかして、また吹雪ちゃんと間違えられて……」
俺と同じ方向を見ていた心美が呟く。その話を聞いていた松浦は首を縦に振った。
「分かった。俺が助けに行って……」
「ごほん。誰を助けに行くって……」
野次馬とは逆方向から聞こえた声が松浦の声を消し去る。
慌てて心美と一緒に後方を振り返ると、そこには人気アイドル似の学級委員長の姿があった。
純白の長袖ワンピース姿で微笑む学級委員長を前にして、俺は目を見開いた。
「なんでここにいいんちょが!」
「なんでって、今日は倉雲くんと心美ちゃんの身分差カップルと私と松浦くんの未満カップルがWデートする日でしょ? 倉雲くん、おかしなこと言うなぁ」
いいんちょがクスクスと笑った後で、俺は首を横に振った。
「そうじゃなくてだな」
「ああ、あっちの人混みのことね。さっきSNS見たら、グンナイテレビショッピングの社長さんがこっちに来てるって呟かれてたよ。駅周辺を散歩してから、午後1時からの生放送テレビショッピング番組に出演するんだってさ」
「……グンナイテレビショッピングの社長さん」
いいんちょの話に心美が食いつく。その姿を見た俺は首を傾げた。
「心美、どうしたんだ?」
「この前のパーティーで会ったあの社長さんが来てるなんて、知らなかったわ。ここは小野寺グループの令嬢としてスルーできない。だから、今から社長さんに挨拶してくる!」
決意を固めた資産家令嬢が物凄い勢いで駆け出した。
そんな後ろ姿を目で追った時、俺の頭にクエスチョンマークが浮かんだ。
「そういえば、いいんちょ。今日は東野さんに間違えられなかったんだな?」
「まあね。今日は大丈夫だったよ」
声を潜めて笑顔になったウチのクラスの学級委員長が、チラリと近くにいる松浦の顔を見る。その姿を瞳に捉えた学級委員長は、笑顔のままで松浦の右肩に手を触れた。
「さあ、松浦くん。今日はよろしくお願いします」
そう声をかけられた松浦の顔がイッキに赤く染まった。
その顔をジッと見たウチのクラスの学級委員長は、すぐに俺の耳元で囁いた。
「倉雲くん。あの社長さんに会いに行った心美ちゃんを迎えに行きなさい。みんなでまとまって迎えに行ってもいいけど、それが原因で東野吹雪もいるってバレたら、元も子もないからね。せっかくあの社長さんが野次馬を引き付けてくれたんだから、無駄にできないでしょ? 私と松浦くんは、ここで待ってるから」
「ああ、分かった」と短く答えた俺は、心美の後姿を追った。
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