隣の洋館に住んでいる同級生の親友は、俺に会いたいらしい。前編
「あの調子なら大丈夫そうだな」
榎丸病院の地下駐車場に向かうエレベーターの中で、いいんちょの顔を頭に浮かべながら呟く。
そんな俺の右隣で心美は首を縦に振った。
「そうだね。流紀ちゃんが皆勤賞を狙っていたなんて知らなかった」
「いいんちょは、入学式から今日まで一度も休んだことがないから、ホントに悔しいんだろうな」
「もしかして奈央と流紀ちゃんって……」
俺の発言に対して何かを思った心美がジド目になる。そのあとで俺はジッと彼女と顔を合わせた。
「ああ、中1からクラスメイトだった」
正直な答えに満足したらしい心美が、にっこりと微笑む。
「そうだよね。実は最近、流紀ちゃんが羨ましいって思っているんだよ。クラスが違う私よりも学校で一緒に過ごす時間が多いから。こっちは限られた時間しか会えないのって、不公平だと思わない?」
「だから、俺はどうしたらいいんだ?」
目を丸くして尋ね返すと、チンと音が鳴った。地下へと移動したエレベーターが停車して、ドアが自動で開いていく。
「待ちくたびれたよ」
同時に聞き覚えがない少女の声が地下空間に響いた。エレベーターのドアの前に立っていたのは黒髪ショートカットの少女。高級感を漂わせる黒いスカートに青色のネクタイをしっかり締めたブレザーの制服。その上に白衣を着用している彼女の顔を見た瞬間、どこかで会ったような記憶が頭に引っ掛かった。その間に右隣にいた心美は突然現れた彼女の顔を見て、目を丸くする。
「一穂ちゃん」
そう呼ばれた名前を聞いた俺は、思わず両手を叩いた。
「ああ、この前、心美に見せてもらった写真の子か」
「そうだよ。この子が私の親友の榎丸一穂ちゃん」
心美が右手を目の前にいる短髪の少女を指すのと同時に、心美の元同級生は近くにいる俺の顔をジロジロと見つめた。
「この冴えない感じの男の子が、心美ちゃんの彼氏かぁ。ごめん。平凡って言葉しか思い浮かばない」
正直な声に苦笑いした。そんな俺の隣で心美は首を傾げる。
「それで、どうして一穂ちゃんがここにいるの?」
「ほら、榎丸病院の地下駐車場を出入りして、友達のお見舞いに行きたいって今朝連絡したでしょ? だから、ここで待ってたら噂の彼氏さんを拝めるかなって思って、張り込んでた」
「一穂ちゃん。私の彼氏を見た感想が平凡って、どういうこと?」
怒りをアピールするように目の前の少女を心美が睨みつける。すると、心美の元同級生は両手を振った。
「ごめん。ごめん。悪い意味じゃないから、そんなに怒らないでよ。ああ、庶民だなって意味での平凡だから。えっと、その彼氏さんの名前、なんだったっけ?」
「えっと、初めまして。心美と付き合っている倉雲奈央です。榎丸さん。よろしくお願いします」
軽く自己紹介した後で、心美の元同級生は俺の前に右手を差し出した。
「榎丸病院院長令嬢の榎丸一穂です。倉雲さん、心美ちゃんのことをよろしくお願いします」
榎丸さんは、俺に頭を下げてから、握手を交わした。それを近くで見ていた心美は頬を膨らませる。
「一穂ちゃん。いつまで奈央の手を握っているの?」
「まだ数秒も握ってないよ。ホントは海外みたいにキスでご挨拶したかったんだけど、心美ちゃんのことを思って勘弁したんだからさ。少しくらい握ってもいいでしょ?」
キスという言葉に反応した俺と心美の顔は赤く染まった。そんな俺たちの顔を見比べた榎丸さんがニヤニヤと笑う。
「そっか。まだキスしてないんだ。挨拶替わりに毎朝やっちゃえばいいのに♪」
「できるわけないでしょ!」
心美が赤面しながら反論すると、榎丸さんはクスっと笑った。
「やっぱり心美ちゃんは今日もかわいいね。じゃあ、私もこれから学校だから。またね。倉雲さん」
握った手を解いた榎丸さんは、俺の制服の長ズボンのポケットをポンと優しく叩いてから、俺の横を通過していった。それからすぐに、エレベーターのボタンを押し、開かれた先へと足を踏み入れる。
数秒ほどでそれは閉まり、上へと向かい動き出した。
まるで風のように去っていった榎丸さんを頭に浮かべながら、首を傾げる。
「そういえば、なんで榎丸さんはエレベーターに乗ったんだ?」
「いつものように屋上のヘリに乗って学校へ行くためだと思う」
サラリとした心美の答えを聞いた俺は目を見開いた。
「ヘリってヘリコプターで登校かよ! 榎丸さん、スゴイな」
「そうそう。一穂ちゃんが通ってる学校は小中高一貫のお金持ちしか通えない私立の学校。小学校は私も同じ学校に通ってたから、あの学校のスゴさは分かってるよ。敷地内にヘリポートまで完備してるから、普通にヘリコプターに乗って登校できるんだ」
「そうなんだな」と頷いた俺は地下駐車場へと続く一直線の通路へ一歩を踏み出した。すると、突然、隣にいた心美が俺の背後に回り込み、ギュっと俺の制服の裾を掴んだ。
突然の行動に戸惑いながら、背後を振り向くと、顔を真っ赤に染めた心美がジッと俺の目を見つめている。
「奈央。小野寺グループのスゴさに感動したのと同じ感じで、一穂ちゃんのことを褒めないでほしいです。総資産上ではウチの小野寺グループの方が上なんだから」
「……そうか」と呟くと心美は俺の制服の裾から手を離し、駐車場に向かって歩き出した。
そんな彼女の後姿を瞳に捉えた俺は、無意識に眉を潜めた。
最近、心美の様子がおかしい気がする。言葉にはできない妙な違和感が心に引っ掛かっているような感覚を味わい、無意識にズボンのポケットに手を突っ込んだ。
すると、ポケットの中でグシャっという音が鳴る。
そうして、ポケットから右手を取り出すと、なぜか白い紙が握られていた。
いつの間にか入っていた紙に目を通すと、文字が書いてあるのが分かる。
「今日の午後5時、榎丸病院屋上で待っています。心美ちゃんには内緒で、二人きりでお話したいです。榎丸一穂」
突然舞い込んだ謎の誘いに困惑した俺は、メッセージをポケットの中に仕舞ってから、心美を追いかけた。
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