隣の洋館に住んでいる同級生の親友は、俺に会いたいらしい。後編
その日の放課後、茶色い長封筒を手に持った俺は、いいんちょが入院している病室の前で溜息を吐いた。
「やっぱり、心美に相談した方が良かったか?」
そう呟いてから、ズボンのポケットの中に隠した例のメッセージを取り出す。
「今日の午後5時、榎丸病院屋上で待っています。心美ちゃんには内緒で、二人きりでお話したいです。榎丸一穂」
約束の時間まで残り20分。心美に内緒でここまでやってきたことに罪悪感を感じつつ、目の前のドアを開ける。そこにはベッドに寝ながらテレビを見ているウチのクラスの学級委員長の姿があった。
「いいんちょ」と呼びかけた声に反応した学級委員長は、体をドアの方に向けた。
「倉雲くん。一人で来たの?」
「まあな。心美は忙しいらしいから誘わなかったんだ」
「そうなんだ。クラスのみんなは私のこと心配してるよね?」
「そうだな。今朝意識を取り戻したって話したら、みんな安心した」
腕を組んで質問に答えた俺が手にしている茶色い封筒に視線を向けて、ウチのクラスの学級委員長は首を傾げる。
「ところで、倉雲くんが持っているその封筒って……」
「担任に押し付けられた課題や書類の束だ。お見舞いに行くって話したら、これも持っていけって」
「課題かぁ。入院生活初めてだから、すごく退屈だったから、暇つぶしになりそう。そろそろ勉強したいって思っていたところなんだよね」
嬉しそうに笑ういいんちょを見て、俺は目を丸くした。
「いいんちょ、マジメだな」
「マジメじゃないと学級委員長なんて務まらないよ」
「それもそうだな」と思わず笑った後、なぜか溜息が出た。その不思議な仕草を見た、いいんちょは首を傾げてみせた。
「倉雲くん、なにか悩んでることでもあるの?」
「ちょっと相談したいことがあるんだ」
「もしかして、恋愛相談?」
体を起き上がらせた学級委員長は目を輝かせる。
「心美に関することだから、そういうことになるな」
「珍しいね。倉雲くんが恋愛相談するなんて。心美ちゃんと何かあったのかな?」
「心美の様子がおかしいんだ。俺といいんちょが仲良くしてるのを見たら、イラっとするって言ってた。そこまで対抗心むき出しになる必要はないと思うんだが……」
「なるほどね。それは嫉妬だと思う。心美ちゃんは自分だけを見てほしいって思っているから、別におかしい話じゃないよ。そういう時は、心美ちゃんが大切なんだって態度で示したり、2人だけの特別なことをしたらいいと思うなぁ」
「特別なこと?」と呟いた俺の照れ顔を見たいいんちょは、ジド目になった。
「倉雲くん、2人だけの特別なことって聞いて、何か変なこと想像したでしょ?」
見透かされたような指摘に、ギクっとして、視線を逸らした。
「別に、そんなことないからな!」
「ホントかな?」
いいんちょが肩をくすめて笑うと、テレビからうるさいほどのシャッター音が鳴り響いた。
その音に反応した俺たちがテレビに視線を向けると、画面の中で東野吹雪が黒いスーツ姿で会見場に集まったマスコミ関係者たちに頭を下げていた。
「この度はお騒がせしてしまい、申し訳ございませんでした。私、東野吹雪はご覧の通り、無事です。私と間違われて被害に遭った方やそのご家族の方に対して、この場を借りて謝罪いたします」
1分以上も頭を下げ続ける画面の中の妹を見つめていたいいんちょは、溜息を吐く。
「そういうのいいって言ったのに……」
「いや、マスコミを通して、ちゃんと謝罪したって事実を公にしないといけないと思うぞ。そうじゃないと、何も知らない大多数の人たちにクズの烙印を押されてしまうからな」
「確かに、吹雪をクズ呼ばわりされるのは、いい気持ちしないね」
納得の表情の学級委員長と共に会見を見てい居ると、画面右端に表示された時刻が16時45分になっていた。
「あっ、悪い。帰る時間になった」
慌てて両手を合わせた俺に対し、いいんちょは一瞬真顔になってからクスっと笑う。
「一緒に吹雪の会見を見ようって思ったんだけど、これ以上独占したら、心美ちゃんに悪いよね?」
「そうだな。今度は心美と一緒に来るから」
申し訳なさそうに頭を下げてから、病室を飛び出し、エレベーターホールへと向かう。
ボタンを押すと、すぐにドアが開き、腕を伸ばしてRというボタンをタッチした。
数秒で俺を乗せたエレベーターは、屋上へと到達。開かれたドアを潜り抜けると、温かい風が左から吹いてきた。
夕焼けに染まろうとする街を一望できるこの場所に、思わず見惚れてしまう。
すると、誰かが後ろから俺の両肩を優しく掴んだ。感じ取れた誰かの気配に反応して、振り返ると、今朝と同じ服装の榎丸さんがイタズラな笑みを浮かべていた。
「驚いたでしょ?」
「榎丸さんか。いつからいたんだ?」
「10分くらい前から、気配を消して待ってたよ」
「そうか。それで、こんなところに呼び出して、何の用だ?」
「ゆっくり2人だけで話したいから。心美ちゃんの学校での様子とか」
「クラスが違うから普段の様子は分からないけど、楽しそうに過ごしているぞ」
正直な答えを聞いた榎丸さんが、俺の両肩から手を離し、首を縦に振る。
「庶民が通う中学校に馴染めてるんだね。半年前までは毎日が不安だって聞いたから、心配でね。それにしても、心美ちゃんは頑張ったよ」
「それは、どういうことだ?」
頭の上にクエスチョンマークを浮かべた俺の顔を見て、榎丸さんは自身の両肩を落とした。
「あの子、エリカお嬢様の後押しで庶民が通う中学校に転校できたけど、去年は好きな男の子に声すらかけられなかったんだ。このままだと空の上にいるエリカお嬢様が可哀そうだから、どうにかしてほしいって、今年の4月の船上パーティーでヨウジイに相談されたから、アドバイスを伝えたんだよね。足りない勇気を補うために」
「そのアドバイスって……」
「前世の罪を償うためには、好きな男の子と積極的に関わるしかないって。だから、ヨウジイと協力してドッキリ作戦を実行したんだ。お屋敷の中に特殊なスピーカーを仕込んで、この日のために雇った声優さんをメッセンジャーにしてね。前世の罪を償うために、好きな男の子と相合い傘をして帰りなさいって命令する声をお屋敷で流したら、すんなり納得して、とんとん拍子で上手くいった。これが真相だよ」
「そういう意味だったのかよ」と明かされた真実に驚いていると、榎丸さんは右手の人差し指を立てた。
「この話、心美ちゃんには内緒だよ。つまり、心美ちゃんに彼氏ができたのは、私のおかげでもある!」
「えっと、榎丸さん。なんで俺に、そんな裏話を話したんだ?」
「さあ、なぜでしょうか? ご想像にお任せします!」
はぐらかすように不敵な笑みを浮かべる榎丸さんの表情に困惑した。すると、榎丸さんは、突然に両手を合わせた。
「じゃあ、プリン買ってきて。コンビニで売ってるのでいいから」
「えっと、まさか、プリンが食べたいから、俺をここに呼びだしたのか?」
「そうだよ。心美ちゃんほどじゃないけど、私もお嬢様だからね。コンビニへ行ったら、周りがザワザワしちゃうでしょ? だから、あそこに行き慣れてそうな庶民の倉雲さんに頼もうってね♪」
「パシリかよ!」と心の中でツッコミを入れた間に、榎丸さんは右手で握っていた薄い黄色の小銭入れを俺の前に突き出した。
「はい。この中に入ってるお金、使っていいから」
強引に円型で手のひらサイズの小銭入れを掴まされた俺は、溜息を吐いた。
そんな反応の俺と対面した榎丸さんは、「あっ」と声を漏らす。
「ごめん。すっかり忘れてた。連絡先教えて。そうしたら、急にプリンが食べたくなったら、頼めるでしょ? 私しか知らない心美ちゃんの話もするから」
「分かった。分かった」と納得した俺は頷いてから、ズボンのポケットからスマホを取り出した。
これから心美の元同級生に会う度にプリンを買わされる生活が始まる。
そう思った俺は苦笑いした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます