第12話 心美のお母さん
隣の洋館に住んでいる同級生は、俺の浮気を疑っているらしい。
天井からプロペラが回転する音が響く。
窓の外から見える景色を見下ろすと、住み慣れた街が小さく見えた。
狭い空間の中で、心美と榎丸さんが制服姿で隣り合って座っているのを見た俺は、溜息を吐いた。
話は3日前に遡る。その日の放課後、心美と2人並んで下校する道中、俺の隣を歩いていた心美が両手を合わせた。
「奈央、ちょっとお知らせがあります。3日後の放課後、一穂ちゃんに会いにいきます。ほら、この前、授業参観の日に帰ってくる私のお母さんに奈央との婚約を認めてほしいって話したでしょ」
「ああ。その時に、2人きりだと心細いから、一穂ちゃんを仲間にしたいって言ってたな」
「そう。実は、一穂ちゃんに奈央を私の婚約者にしたいから協力してほしいって頼めてなくてね。一応、近いうちに話したいことがあるって連絡したら、昨日メールが来たんだよ。3日後の放課後なら時間が取れるって。榎丸病院の屋上で待ってるってさ」
「また病院の屋上かよ。榎丸さん、あそこが好きなんだな」
ボソっと呟きながら足を進めると、俺の隣にいた心美が首を傾げながら、立ち止まった。
「またって? まさか奈央、私に黙って一穂ちゃんと……」
「誤解だ。なんどかあそこに呼び出されたけど、浮気とかそういうのじゃないからな!」
慌てて両手を振る俺に対し、心美は疑いの視線を向ける。
「ホントかな? まあ、いいわ。覚悟しといてね。3日後、一穂ちゃんを追求するから」
そして3日後の放課後、制服姿の俺と心美は、榎丸病院の屋上を訪れた。
屋上で止まったエレベーターのドアが開き、そこから出ると、榎丸さんが正面で佇んでいた。
「あっ、心美ちゃん、待ってたよ♪」
俺たちの到着に気付いた榎丸さんが右手を振ってから、俺たちの元へと歩み寄っていく。
最初に会った時と同じく、高級感を漂わせる黒いスカートにネクタイをしっかり締めたブレザーの制服姿の榎丸さんは、白衣を羽織っている。
「そういえば、今日は制服姿なんだな?」
数週間ぶりに見た制服姿の榎丸さんを見た俺が呟く。その隣で心美は頬を膨らませた。
「そうだよ。例の感染症が落ち着いてきたからね。制服姿で出歩いても大丈夫。じゃあ、いつものヤツを……」
榎丸さんが笑顔で俺に右手を差し出す。そんなやり取りを近くで見せられた心美は、ジド目になった。
「奈央。いつものヤツって何? 何か、私の知らないところで一穂ちゃんと親交を深めたみたいだけど、やっぱり浮気してるの?」
「だから、誤解だ。信じてくれ!」
慌てて心美を宥めるが、心美の疑いは消えない。
「もういいよ。お義母さんに奈央が浮気したって話すから」
「まあまあ。ここは私を信じてよ。私が親友の好きな人を取るような真似するわけないでしょ? 私は、今後付き合いが長くなる心美ちゃんの彼氏と仲良くしたかっただけだよ」
俺と心美の間を榎丸さんが仲介する。それを受けて、心美は肩を落とした。
「今日のところは、これで勘弁するわ。それで話なんだけど……」
ようやく本題に入ろうとする心美を前にして、榎丸さんは両手を叩いた。
「その話はヘリの中で聞くよ。上で待たせてるからね」
「ヘリって、まさか話を聞くためだけにヘリコプターを飛ばすつもりかよ!」
驚きを隠せない俺が目をパチクリとさせると、榎丸さんは真顔で俺と視線を合わせた。
「そうだよ。その方が話しやすいと思ってね。ホントは会員制の高級個室料亭でお食事しながら話を聞こうかって考えてたけど、中学生らしくしなさいってお父さんに怒られちゃった。だから、ヘリの中で話しを聞こうと思う。内密な話だったら、立ち聞きされない空間で聞いた方がいいと思ったからさ」
「中学生らしくって、どこがだよ!」
圧倒された俺は苦笑いするしかできなかった。
天井からプロペラが回転する音が響く。
窓の外から見える景色を見下ろすと、住み慣れた街が小さく見えた。
狭い空間の中で、心美と榎丸さんが制服姿で隣り合って座っているのを見た俺は、溜息を吐いた。
そんな俺の顔を見た榎丸さんがクスっと笑う。
「もしかして、初めてだったのかな?」
「ああ、ヘリコプターなんて乗ったことがないからな。ところで、どこに向かってるんだ?」
「私の自宅の屋上だよ。フライトプランの変更が難しそうだったから、いつものように自宅に戻るために飛ばすヘリに同乗してもらった。そこから、倉雲さんたちを高級車に乗せて、自宅まで送り届けてもらう予定。倉雲さんの自宅は心美ちゃんが暮らしてるお屋敷の隣だって話は聞いてるから大丈夫だよ」
「えっと、榎丸さんの自宅って……」
「超高級高層マンションの最上階1フロア全てが私の家だよ。今度遊びにきてほしいな」
両手を合わせて笑顔になった榎丸さんの隣で、心美が怖い顔になる。
「一穂ちゃん。奈央は私の彼氏なんだから、これ以上誘惑しないで!」
「心美ちゃん。怒った顔もかわいいね。さっきも言ったけど、私は、今後付き合いが長くなる心美ちゃんの彼氏と仲良くしたかっただけだよ。倉雲さんはいいモノをくれるからさ」
「やっぱり奈央と一穂ちゃんは、私に黙って何かの取引を……」
心美が怒りの視線を正面に座っている俺に向けた。
「だから、誤解だ!」
「じゃあ、一穂ちゃんに何を渡しているの? 彼女の私よりも一穂ちゃんにプレゼントをいっぱい贈っているんだったら……」
「不安にさせてごめんな。信じてくれないと思うが、俺は心美のことが好きなんだ」
照れながら彼女に頭を下げる。そうして数秒後に顔を上げると、心美は優しく微笑んでいた。
「まあ、奈央も私のことが好きなんだってことが分かったから、許すよ」
「えっと、心美ちゃん。まさか、大好きな庶民の彼氏と私の浮気疑惑を確かめるために、こんな席を設けたのかな?」
目の前で繰り広げられた会話を耳にした榎丸さんの目が点になる。それに対し、心美は首を横に振った。
「違うよ。今日は一穂ちゃんに頼みがあるの。4週間後、私のお母さんが帰国するんだ。その時に奈央を紹介して、本気で婚約者にしたいって伝えるつもり。その時は、一穂ちゃんも頼んでほしいの。私と奈央の婚約を認めてもらえるように。4週間後の放課後、私の家の応接室で援護射撃をしてほしい」
心美が隣の席の親友に頭を下げる。それに合わせて、俺も頭を下げた。すると、榎丸さんはクスっと笑った。
「いいよ。親友の頼みなら、協力するしかないでしょ?」
「ありがとうね。一穂ちゃん!」
こうして、榎丸さんが俺と心美の婚約計画の協力者になった。
顔を上げた心美の顔が明るくなった頃、俺たちを乗せたヘリコプターは、高層マンションの屋上で着陸しようとしていた。
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