第3話 中間テスト

俺の家の隣の洋館に住んでいる同級生は、勉強会がしたいらしい。

 高級感のある内装の高層ホテルの一室で、俺は目をパチクリとさせた。


「小野寺さん……」と困惑した表情で尋ねると、彼女はティーポットを左手で高く持ち上げ、右手で持つティーカップに向け、薄茶色の液体を注ぎながら、首を傾げてみせた。

「この前のデートの埋め合わせだって言わなかった? アフタヌーンティーの準備終わるまで、ソファーに座って寛いでいいよ」


そう、発端は放課後だった。中間テスト1週間前、いつものように昇降口に向かった俺の目に映ったのは、小野寺さんが俺の下駄箱の前で佇んでいる光景。しばらくすると、小野寺さんは俺に気が付き、右手を振る。その頬は赤く染まろうとしている。

「倉雲君。遅かったね。じゃあ、一緒に帰ろっか?」

 まさかと思い、慌てて校内用シューズのまままっすぐ走り、空を見上げる。雲一つない快晴で雨は降りそうもない。どういうことなのかと疑問に思う俺を、小野寺さんは追いかけてくる。

「どうしたの?」

「えっと、前世の罪を償うために俺と相合い傘をして、一緒に帰るのかと思ったから。それにしても、珍しいな。小野寺さんが俺を待ってたなんて。いつもなら、先に帰るのに……」

「今日は、この前のデートの埋め合わせ」

「そんなの気にしなくてもいい。急用なら仕方ないと思うし、そういうのはテスト明けにした方がいいと思うが」

「それだと遅いよ。テスト勉強なら、これから行くところでやればいいよ」


 そして放課後、連れてこられたのがこの豪華なホテル最上階。

「そうじゃなくて、ここって……」

「小野寺グループが年間契約してる高級スイートルーム。自由に使っていいって許可は貰ってるよ。図書室だと声も出しにくいし、ここならゆっくりテスト勉強できると思ってね」

「豪華過ぎて、逆に緊張する。やっぱり、こういうのは俺の家でやった方がいいんじゃないか?」

「それだと埋め合わせにならないでしょう。放課後、教室で二人きりで勉強を教えあうってのもやってみたいな。倉雲君の家で勉強会っていうのもいいかも」

「ああ、今度からそのどっちかにして……」と言いかけた後で俺はハッとした。放課後の教室だと、いいんちょや他のクラスメイトたち、俺の家だとお母さんが茶化しにくるはず。俺と小野寺さんの関係を。そういうのを排除するためなら、この高級ホテルで勉強会をしてもいいのかもしれない。そう思い始め、言葉を飲み込む。


「イヤ、何でもない。それにしても、この部屋、スゴイな。キレイな絵や壺まで飾ってある」

 室内を見渡しながら呟きながら壺を無意識で軽く叩く。それを見た小野寺さんは真顔で答えた。

「それ、時価数億円だから」

「マジかよ!」

 慌てて壺を触るのを止めた。おそらく、この部屋にあるモノを壊したら数億円単位の損害賠償が届くに違いない。かなりの緊張感が俺を襲う。


「そうだ。気になってたんだけど、なんで小野寺グループは、この部屋を年間契約してるんだ? このホテル、家から歩いて数分ってところにあるだろ?」

 思い出したように手を叩き、疑問を口にした。

「小野寺グループがこのホテルの経営に関与しているからね。他にも全国各地の豪華スイートルームを年間契約してるし、47都道府県に最低一軒は別荘がある。だから、急な旅行でも宿に困ることはないんだよね」

「別荘で都道府県全制覇って、全国展開するチェーン店かよ!」

 いつも通りなツッコミに、小野寺さんはクスっと笑った。

「正確に言うと海外展開もしてるから。ロンドン、パリ、香港、ハワイとか、世界各地にも別荘があるんだよ」

 指を折りながら説明され、俺は思わず目を点にする。

「やっぱりスゴイな。小野寺グループ」


 小野寺グループのスゴさを目の当たりにして、俺の中で迷いが生まれた。目の前にいるのは、街一番というスケールを軽く飛び越えた超お嬢様。そんな彼女に相応しいのは、やっぱりどこかの社長の息子ではないだろうか?

 庶民の俺と釣り合うわけがないにも関わらず、小野寺さんは俺に惚れているらしい。そう考えると、無性に聞きたくなった。

「小野寺さん。聞きたいことがあるんだが……」と尋ねると、彼女は「ん?」と首を傾げる。

「最初から気になったんだけど、なんで普通の中学校に通ってるんだ? これまで一緒に過ごしてきて、小野寺さんは超が付くほどの大金持ちだってことは分かった。だから、納得できないんだ」

「……倉雲君。おしゃべりはここまでにして、そろそろ勉強会始めようか。あっ、紅茶冷めるから、先に飲んでね」

 完全に俺からの質問を無視して、話を強制的に終わらせた。そんな小野寺さんのやり方を見て、俺の中で疑念が渦巻く。初めてのデートで俺が思ったことは間違っていなかった。


「そうそう。渡辺さんのことね。家は無理だけど、別荘なら招待してもいいって考えてるんだけど、どう思う?」

 疑われていることなど知らない小野寺さんは紅茶を一口飲んでから、そう正面に座る俺に尋ねてきた。

「いいと思うけど、なんで俺に聞いたんだ? こういうのは家族に相談する内容のはずだ」

「夏休み、倉雲君と一緒に別荘でバカンスしたいから、次いでに頼んでみようかなって思ったから。夏休みは1か月以上あるし、別荘も80ヶ所以上あるから、今から頼んだら、どこか空いてると思うんだ」

「小野寺さん。別荘の数増えてません?」

「国内が無理そうなら、世界各地の別荘を確保するよう手配しようかと……」

「パスポートの申請、間に合うか分からないし、中学生だけで海外旅行とか親が許すはずが……」とツッコミを入れようとしたところで、俺のお母さんの顔が頭に浮かぶ。あの人なら許しかねないし、喜んで同行しそうだ。そう思い、苦笑いした。

「そうね。保護者はヨウジイさんに頼んでみようかな?」

「ヨウジイって誰だよ!」

「ほら、この前のデートで私を駅まで送ってくれた運転手さん」

「ああ、あのリムジン運転してた執事っぽい人な」

「そう。ホントは洋二って名前なんだけど、ヨウジジイって呼んだら下品でしょ? だからヨウジイさんって呼んでる」


 夏休みの予定の相談が終わったところで、本題を思い出す。

「そろそろテスト勉強しよう」と提案した後で、小野寺さんは深く息を吐く出した。

「そう。成績下がると怒られるんだよ。最低でも全教科90点以上をキープしないとね」

「目標、高過ぎないか?」

「あれくらいの点数を取れないと示しが付かないわ。1年の時から90点以上キープしてきたから、ここで点数を下げるわけにはいかないの」

「小野寺さん、優等生だったんだなって、ストレートな金持ちアピールの次は、ストレートな優等生アピールかよ。示しが付かないって、いいんちょと同じだな」

「流紀ちゃんと同じ?」

 小野寺さんが目を丸くして尋ねた後で、ゆっくりと語りかける。

「ああ。学級委員長だから優等生じゃないと示しが付かないって言って、いいんちょは全教科90点以上キープを続けているんだ」

「そうなんだ。それで、倉雲君の成績って……」

「全体的に40点以下のことが多い。特に数学が苦手だな。まあ、いいんちょが勉強教えてくれなかったら、もっと酷い点数だと思う」


 恥ずかしそうに正直な答えを口にした後、小野寺さんは頬を膨らませる。

「倉雲君。もしかして、私が一緒に勉強しようって言わなかったら、流紀ちゃんに勉強教わるつもりだったの?」

「多分……」と言いかけ、小野寺さんの目を見ると、瞳の炎が宿っていた。

「分かった。じゃあ、全教科60点以上にしてあげる。中間テスト始まるまで、放課後はここで毎日勉強会。土日は、この部屋使えないから、朝から倉雲君の家でテスト勉強だよ」

「意外にスパルタかよ。それに、いいんちょをライバル視しなくても……」

「流紀ちゃんより教え方が上手いってことを証明しないと、示しが付かないわ。とりあえず、苦手な数学を中心にテスト範囲の復習から始めようかな?」

「意外と負けず嫌い!」という渾身のツッコミを入れた先に待ち構えているのは、地獄のテスト勉強。それとは裏腹に、二人きりの勉強会にときめきながら、俺は数学のテキストを開いた。




 

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