俺のクラスの学級委員長は、誕生日を祝ってほしいらしい。

 12月3日の放課後、ブックカフェ蓮香を心美と一緒に訪れる。ドアを開けると、いつもと同じく鈴の音が響き、彼女と並んで一歩を踏み出す。

 そうして、周囲を見渡すと店内には多くの男達が密集していた。そんな中でエプロン姿のいいんちょは視線をドアの前に立っている俺たちに向ける。


「いらっしゃいませ。現在、満席です……って、倉雲くんと心美ちゃん。来てくれたんだ!」

「誕生日プレゼントを渡しにな」

「そうそう。今日は人が多いね」

 俺の隣で心美が言葉を続けると、いいんちょは息を吐き出した。

「最近、この時間帯になると満席になることが多くなってるんだよね。私が学校から帰ってくるタイミングを狙って、お客さんが押し寄せるみたい」

「なんか大変そうだな」

「すごく大変だよ。この前のアイドル総選挙特番でウチのブックカフェのことを知ったっていう人もいるし、昨日は北は北海道、南は沖縄からウチにやってきたお客さんもいたから。すごい行動力だと思ったよ」


 そんな感想を伝えたいいんちょの前で、心美は唸り声を出す。

「うーん。席もないみたいだし、今日はプレゼント渡したら、すぐに帰ろうかな」

「そうだな。手短に済ませた方がいいらしい」

 心美の意見に俺が同意を示すと、目の前にいるウチのクラスの学級委員長は目を丸くする。

「そういえば、何か贈るって言ってたね。何かな?」

 期待を胸に抱き、ワクワクとした表情を学級委員長が見せる。その間に、心美は右手に持っていた黒い学習カバンから、薄紫色の包装紙でラッピングされた長方形の小さな箱を取り出す。

「あっ、一応言っとくけど、これは学校に持ち込んでないから。一度ウチに帰って、カバンに入れて持ってきたんだよ」

「はい。もちろん、信じるよ。心美ちゃんからの誕生日プレゼント、すごく楽しみ♪」

「どうぞ」と差し出されたプレゼントをいいんちょが受け取った後で、俺は右手を挙げた。

「俺たちのプレゼントだからな。いいんちょは、俺たちの恋を近くで応援してくれた。だから、感謝してるんだ!」


 そんな俺の声を聴き、目の前にいるウチのクラスの学級委員長の顔が赤くなる。

「ちょっと、いきなり何? なんか、恥ずかしいなぁ」

「俺と心美がケンカした時だって、間に入って関係を修復しようとしてくれたし、恋の悩みも聞いてくれた。いいんちょがいなかったら、俺は心美の彼女になれなかったかもしれない。だから、言わせてほしい。生まれてきてくれて、ありがとう」

 俺の気持ちを隣で聞いていた心美が、ジド目になる。

「奈央、ホントは私より流紀ちゃんの方が好きなの?」

「素直な気持ちを話したくなったんだ。そういうわけじゃないからな」

「ホント、このカップルは見てて飽きないわ」

 人気アイドルと同じ顔の学級委員長が、目尻に浮かぶ涙を指で拭う。


 その直後、近くにいた男性客が声を出した。

「みんな、聞いたか? 今日は流紀ちゃんの誕生日だそうだ。吹雪ちゃんとは1日違いらしいぞ。さあ、みんなで合唱だ。せーの。ハッピーバースデートゥーユー♪」

 突然の合唱と拍手に俺たちは面を食らう。そうして、拍手が止み終わると、いいんちょは店の中央に立ち、頭を下げた。

「本日はありがとうございました。即席での合唱は胸に響きました。これからもよろしくお願いします」

 再び拍手が鳴り響く中、再び俺たちの元へ戻ろうとするいいんちょに声をかける。

「いいんちょ、俺たちは帰るよ」

「うん。じゃあ、また学校でね」

 一言伝えた俺は、心美と共にブックカフェから出て行き、ドアを閉めた。



 翌日、デジャヴなシチュエーションに、俺は目を丸くした。


「せーの、いいんちょ、誕生日おめでとう!」

 12月4日の朝、いつも通り教室を訪れると、いいんちょの周りに多くの同級生たちが集まっていた。クラスメイトたちは昨日と同じように、ウチのクラスの学級委員長を祝っている。

「みんな、ありがとう」

 昨日とは異なり、素直に喜ぶ顔を見せたいいんちょの隣に、俺は腰を落とした。

 そんな俺に気が付いたウチのクラスの学級委員長は、チラリと視線を俺に向け、席を立ちあがる。そうして、人気アイドルと同じ顔の学級委員長は、俺の耳元で囁いた。

「昨日はありがとうね。ラベンダーの精油。私のために選んでくれたんだって思ったよ」

「ああ」と短く答え、再び席に戻ると、教室のドアが開き、朝練を終えた野球部員たちがゾロゾロと入ってくる。その先頭を歩いていた松浦は、机の上に荷物を置くよりも先に、いいんちょの元へ足を進めた。

 左肩にかけたスポーツバッグのチャックを開けたドルオタ野球部員は、ジッと学級委員長の顔を見つめる。


「いいんちょ、誕生日おめでとう。今日はプレゼントを買ってきたんだ」

 そう言いながら、俺たちの前でバッグからチャック柄の包装紙に包まれた長方形のプレゼントを取り出す。それを見たウチのクラスの学級委員長は、視線を松浦に向け、右手を差し出した。

「ありがたく受け取りたいけど、勉学に不必要なモノだったら受けとらないから。学級委員長は、みんなの模範にならないといけないから」

「心配しないでくれ。ただのブックカバーだ。いいんちょがよく読んでる文庫本にピッタリなサイズのヤツを買ってきた!」

「ふーん、そうなんだ。どうせ、私と同じ顔のトップアイドルさんにも贈ってるんでしょ?」

 松浦と向き合うように立ったいいんちょが疑いの視線を向ける。その直後、松浦はいいんちょの左肩を優しく掴んだ。突然のことに学級委員長の頬が赤く染まる。

「信じてくれ。今年はいいんちょにしか贈っていないんだ!」

 真剣な表情のクラスメイトと顔を合わせたウチのクラスの学級委員長は、クスっと笑う。

「去年は贈ったんだ」

「ファンとしてな」と答えた松浦がいいんちょの両肩から手を離す。


「付き合ってもないのに、肩を優しく掴まれて、ドキっとしちゃったよ。まあ、松浦くんのことは信じるよ。真剣な表情のクラスメイトを疑ったら、学級委員長失格だからね」

 優しく微笑みながら、いいんちょは松浦が手にしていたプレゼントを受け取った。その様子を周りで見ていたクラスメイトたちは、顔を赤くする。

 温かい眼差しを感じ取ったらしい、ウチのクラスの学級委員長は、瞳を閉じた。

「だから、松浦くんの好意を受け取っただけなんだからね」

 あっさりと否定してみせたウチのクラスの学級委員長は、松浦からの誕生日プレゼントを受け取った。

 その顔には、確かに喜びが宿っていた。


 


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