俺のクラスの学級委員長は、体育倉庫前で告白したいらしい。

「アイドル総選挙第1位。各得票数53万。東野吹雪!」

 淡々とした結果発表の後、画面が切り替わり、馴染み深いブックカフェの様子が映し出される。多くの東野さんのファンが集結した店内の中心には、東野さんと同じ顔のウチのクラスの学級委員長の姿もあった。

 中継を担当していた男性アナウンサーは、騒がしい空間の中で興奮した声を出す。

「彗星の如く現れた期待の新人アイドル、東野吹雪。日比野千春さんを押さえ、最年少トップアイドルの座を手に入れました。見てください。ファンが多く集まることで有名なブックカフェでは、その結果を受け歓喜に包まれています!」

 そんな番組を心美とソファーに並んで座り見ていた俺は思わずそこから立ち上がった。その隣に視線を向けると、心美も嬉しそうな顔になっている。

「奈央、やったね。吹雪ちゃん、スゴイよ!」

 まるで自分のことのように喜ぶ彼女の顔は、俺と同じ。

「そうだな。東野さん、これから忙しくなって、俺たちと中々会えなくなるんだろうな」

「あっ、奈央、もしかして寂しいの? そんな顔に見えるよ」

 唐突に心美が俺の顔を覗き込んでくる。そんな彼女の疑いの目を俺はジッと見つめた。

「……確かに、今まで通り会えなくなるかもしれないけど、こういうことは友達として一緒に喜ばないとダメだ」


「なるほど。奈央にとっての吹雪ちゃんは友達なんだね。ちょっと安心したよ」

 ニヤニヤとした笑みを浮かべた後、心美はリビングの壁に掛けられた時計に視線を向け、「あっ」と声を漏らした。それから言葉を続け、ジッと俺の顔を見た。

「奈央、そろそろ帰る時間みたい」

「ああ、もうそんな時間か? じゃあ、玄関まで送らないとな」

「ありがとうね。奈央、お義母さん。またお邪魔します!」

 そう伝え、俺のお母さんに頭を下げた心美が俺と共に、リビングから出て行く。

 それから、いつも通りに玄関のドアを開け、靴を履いた心美は、玄関の前で体を半回転させ、俺と向き合った。

「奈央、明日は忙しいから、奈央と一緒にいられないみたい。だから、今度会うのは明後日の学校だと思う」

「そうなんだな。分かった。じゃあ、明後日、学校で会おう」

 心美の声に同意を示すと、彼女は右手を振る。

「奈央、またね♪」

 

 そう伝えた心美の後姿が遠ざかっていく。その直後、ズボンの中に仕舞っていた俺のスマホが振動を始めた。

 慌てて取り出すと、ウチのクラスの学級委員長からメッセージが届いていることが分かる。


「いいんちょから?」と疑問に思いながら、画面を操作し、メッセージを表示させる。すると、こんな文字が飛び込んできた。

「倉雲くん。12月3日の昼休み、体育倉庫前に来てください」

「体育倉庫前に呼び出しなんて珍しいな」と小声で呟く。

 そのあとで、特に何も考えず、反射的にOKのスタンプを押した。



「せーの、いいんちょ、アイドル総選挙1位おめでとう!」

 週明けの月曜日の朝、いつも通り教室のドアを開けると、こんな喜びの声が聞こえてきた。よく見ると、いいんちょの周りにクラスメイトたちが集まり、先日の総選挙の結果を祝福していることが分かる。

 それから「ちょっと失礼」と声をかけながら、人混みを掻き分け、人気アイドルそっくりな学級委員長の隣の席に座った。

 視線を真横に向けると、なぜか顔を赤くしているウチのクラスの学級委員長の顔が飛び込んでくる。

「喜んでくれるにはありがたいけど、私は東野吹雪じゃないから! ほら、みんな、観たでしょ? アイドル総選挙特番。あの時、私はブックカフェにいたという鉄壁のアリバイがあって、証言者はあの番組を見てくれた全ての人々。つまり、私と東野吹雪は別人ってことだよ」

 同一人物説を否定してみせる学級委員長の隣で、俺はクスっと笑った。

「いいんちょが推理マンガの容疑者みたいなこと言い出した」


 この声を聴いたウチのクラスの学級委員長は、隣の席に座る俺に視線を向け、

顔を赤くしながら一瞬頬を緩め、その場から立ち上がった。

「あっ、みんな、ごめんね」といいんちょが両手を合わせ頭を下げた直後、ウチのクラスの学級委員長はチラリと視線を俺の向ける。

 それからすぐに、いいんちょはさりげなく腰を落とし、俺の耳元で囁いた。

「今日の昼休み、体育倉庫前。忘れないでね♪」

 声に出すことなく、首を縦に動かした仕草を認識したいいんちょは、何事もなかったかのように、教室から出て行った。



 時は過ぎていき、昼休みの体育倉庫前。久しぶりに訪れたその場所は、人通りが少ない。

「懐かしいな」と呟き、後方に見えた壁に視線を向ける。丁度その時、俺は背後から

声をかけられた。

「そこで心美ちゃんに壁ドンしてたの思い出してるみたいだね」

 言い当てられ思わず目を見開き、背後を振り返ると、いいんちょがいる。楽しそうな顔の学級委員長は俺との距離を詰めた。

「いいんちょ、そろそろ教えてくれないか? なんで俺とここに呼びだした?」

 疑問に思っていたことを口にすると、いいんちょは深く息を吐き出す。

「ここって人通り少ないから、ピッタリなんだよ。倉雲くんにしか聞いてほしくない話をするのに」

「俺にしか聞かれたくない話だと?」

 一体、何を言い出すのだろうか? 頭を捻り、推理しようとしても、全く分からない。


 そうこうしている間に、目の前にいる人気アイドルと同じ顔の学級委員長は、頬を赤くして、俺の顔をジッと見つめた。

「私、ホントは……」

 そんな甘い声を聴き、なぜか胸がドキドキとしてきた。真面に学級委員長と顔を合わせることすらできず、視線も逸らしてしまう。

「ちょ、ちょっと待て。忘れてないか? 俺には心美っていう彼女が……」

 慌てた発言を聞き、いいんちょはクスっと笑う。

「奈央、流紀ちゃん、こんなところで何してるの?」


 前方から声が聞こえ、俺は目を丸くした。突然現れた心美は、疑いの目を向けながら、俺たちの元へ歩み寄る。

「奈央を探してたら、こんなところにいてビックリしたよ。それで、流紀ちゃんと何してたの?」

「心美、俺は……」

「隠さなくても分かってるから。流紀ちゃん、奈央に告白しようとしたでしょ? ダメです。奈央は私の……」

「あっ、ごめんなさい。告るみたいな空気になっちゃったね。倉雲くんにしか伝えるつもりなかったんだけど、こうなったら仕方ない。心美ちゃんも聞いて」

 心美の発言を遮ったウチのクラスの学級委員長は、俺の彼女の目をジッと見つめ、言葉を続けた。


「私、ホントは今日が誕生日なの」

「はい?」

 意味が分からず、首を捻った俺の顔を、人気アイドルと同じ顔の学級委員長が覗き込んでくる。

「だから、12月3日は私、椎葉流紀の本当の誕生日だよ!」


「だから、どういうことだよ! 本当の誕生日って……」

「12月3日午後11時53分に私、その15分後に吹雪が生まれたんだって。つまり、本当は私と吹雪の誕生日は違うんだよ。でも、双子なのに誕生日が違うと不都合なことが生じると考えた大人たちは、出生届を改ざんして、12月4日に生まれたと記した。これが真相だよ。まあ、この前のレクリエーションでは、書類上の誕生日を答えたんだけどね」

「おいおい。なんでそんなことを俺に話したんだ?」

「この気持ちを、倉雲くんに伝えたかったから。クラスのみんなが祝ってくれたでしょ? 私はすごく嬉しかった。だって、私の本当の誕生日に、クラスのみんなが祝ってくれてるみたいな気分になれたから」

「いいんちょ……」と呟く間に、いいんちょは一歩後ろに下がり、笑顔を俺に向ける。

「まあ、クラスのみんなは、吹雪のことで喜んでるだけなんだけどね」


そんな話を俺の隣で聞いていた心美が両手を合わせる。


「じゃあ、明日贈る予定だった私たちからのプレゼントは、今日贈らないとね。放課後、流紀ちゃんのブックカフェに行くから」

「あら、嬉しい。ホントの誕生日にプレゼント貰うの初めてかも。家族からの誕生日プレゼントはクリスマスプレゼントも兼ねてるから、クリスマスにならないと貰えないし」

「なんか損だな」と呟くと、いいんちょは笑みを浮かべる。

「それが12月生まれの宿命なのだよ。倉雲くん」


 そうして、いいんちょは俺たちに背を向け、校舎へと戻っていった。

 

 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る