第28話 榎丸一穂の事件
俺の母さんは、機嫌がいいらしい。
「奈央、最近一穂ちゃんと会ってるの?」
12月10日の朝、いつもの通学路を歩く心美が俺の隣で問いかける。
それに対して、俺は視線と隣に向け、首を横に振った。
「会ってないよ。もう3週間くらい顔を合わせてないんだが、何かあったのか? 期末試験が近い俺に気を遣って、連絡を絶っているんだと思ったんだが……」
「最近、一穂ちゃんの様子がおかしいの。昨日のパーティーで久しぶりに会ったんだけど、無理して笑ってるみたいな顔してたし、トイレの鏡の前で思いつめたような怖い顔してた。気になって一穂ちゃんのトコの仕様人さんに尋ねたら、3週間くらい前からそんな感じなんだって」
「3週間前からって、シャルロット洋菓子店の幻のこだわりプリン食べてた時は、いつも通り明るかったのに、何があったんだよ!」
「それは私も知りたいよ。だから、今から一穂ちゃんに会いに行こうと思うんだけど、奈央も来る?」
「もちろん行くに決まってるだろ。いつもと同じプリン買って、榎丸さんを励まそうと思う」
そんな結論を導き出した俺の隣で心美が優しく微笑む。
「それがいいと思うよ。それでお金は持ってるの?」
「いいや。財布は家にあるから取りに帰らないといけない」
「そういうと思ったよ。ヨウジイが車を出してくれるみたいだから、奈央の家の前に停めるよう連絡しとくわ」
そう言いながら、心美はカバンからスマートフォンを取り出した。
「もしもし、ヨウジイ。予定変更で今日の放課後、午後4時に奈央の家の前に車停めて。奈央と一緒に一穂ちゃんに会いに行くから」
要件だけ伝えると、心美は通話ボタンを切り、再びスマホをカバンの中へ仕舞った。
「あっ、プリンは榎丸病院の中にあるコンビニで買えばいいんだよね?」
思い出したように声を出した心美が首を傾げる。
「ああ、それでいいと思うぞ。流石に高級車をコンビニの駐車場に停めるわけにはいかないからな」
時は過ぎていき、午後3時50分。放課後になり、心美と共の自宅のドアを開ける。
「ただいま」と「お邪魔します」の声を重ね、いつもと同じように靴を脱ぎ、リビングへ顔を出す。すると、ソファーにお母さんが座っていた。
いつもよりも明るい顔のお母さんは、俺たちに気が付くと、すぐにソファーから立ち上がり、スキップしながら俺たちの元へ歩み寄っていく。
「おかえり、奈央。心美ちゃん、いらっしゃい♪」
機嫌が良い表情のお母さんに困惑すると、俺の隣で心美はジッと俺のお母さんの顔を見つめた。
「お義母さん。今日はいつもよりも嬉しそうですね」
「心美ちゃん。分かる? 明日、お父さんが帰ってくるの。ホントは年末に帰ってくる予定だったんだけど、お仕事がすぐに片付いちゃって、急に帰ってくるみたい。予定通り1月中旬までのご帰宅だから、予定より多く会えちゃうの」
顔を赤くしたお母さんがテンション高めに説明する。その一方で俺は目を点にした。
「その話、聞いてないんだが……」
「さっき連絡があったの。会うの久しぶりすぎて、明日がすごく楽しみ。一応毎晩電話してるんだけど、この前会ったのは8月だったから、約4か月ぶりに顔を合わせるの」
「密に毎晩電話してたのかよ! 初めて知ったぞ」
「そういえば、そうだったわね」ととぼけた顔になったお母さんに対して、心美は目を輝かせた。
「お義母さん。素敵です。私、中学卒業したら、毎晩、奈央に電話します!」
「国際電話は高いから、ビデオ通話にしてくれ」
「奈央、国際電話ってどういうこと?」
置いてけぼりにされたお母さんが目を丸くする。
「そういえば、話してなかったっけ? 心美は中学卒業したら海外留学するんだ。帰ってくるのは7年後らしい」
「聞いてないよ! どうして、そんな重要なこと黙ってたの?」
ビックリした表情で問い詰められ、俺は両手を合わせた。
「悪かった。ごめん」
「7年間も心美ちゃんに会えなくなるなんて、とても悲しいわ。お父さんとは1年に数回は会えるけど、そうはいかないんでしょ? 超遠距離恋愛じゃない!」
「確かに直接会えないけど、今はビデオ通話という便利なモノがあるから……」
「そういう問題じゃないわ。1年間に数日だけ会えて、仕事が落ち着いたら数ヶ月だけ一緒に暮らすのと7年間一度も会えないのは、後者の方が寂しいに決まってるわ。海外暮らしってことは、お互いに時差に気を遣うから連絡しにくいし。奈央はそれでいいの?」
「それは……」
問い詰められ、言葉を詰まらせる。そんな俺の隣で、心美は両手を合わせた。
「ごめんなさい。中学卒業したら海外留学というのが奈央と同じ中学校へ通う条件なんです。これは決定事項なんですよ」
「そういうことなら、仕方ないわね。奈央のお小遣いを今月から3割カットしましょう。来年からお年玉は母さんが全額預かります!」
「なぜ、そうなるんだよ!」
唐突な宣言に困惑の表情を浮かべると、母さんは真顔になった。
「今からお金溜めとけば、2年に1回くらいのペースで海外留学してる心美ちゃんに会いに行けるでしょ? 海外にいる彼女へ会いに行く旅の資金を溜めておかないとね」
「お義母さん。素敵です。庶民の奈央が一生懸命貯めたお金を使って、海外にいる私に会いに来てくれたら、すごく嬉しいです!」
目を輝かせ、母さんのアイデアに同意を示した心美の隣で、俺は溜息を吐き出した。
「帰国して俺に会いに行くのはダメで、俺から会いに行くのはOKなのか?」
「うーん、あとで確認しとく。あっ、奈央。そろそろ時間だよ。早く財布取ってきて」
そう言いながら、心美は視線を時計に向けた。同じように壁にかかっている時計を見ると、時刻は午後3時55分を指している。
「そうだな。すぐ取ってくる」と答え、リビングから飛び出そうとすると、母さんが俺の後姿を呼び止めた。
「奈央、どこに行くの?」
「ああ、ちょっと榎丸病院にな。最近、榎丸さんが元気ないって聞いて、心美と一緒に励ましにいくんだ」
体を半回転させ、母さんと顔を合わせる。
「じゃあ、一穂ちゃんに伝えといて。またウチに来て。プリン買って待ってるからって。いってらっしゃい」
母さんが右手を振ると、俺は財布を取りに行くため、動き出した。
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