second anniversary

第19.5話 リアルタイム・フォーカス

俺の家の隣の洋館に住んでいる同級生の親友は、パンプキンプリンが食べたいらしい。

 時刻は10月28日の午後9時。日課のブログと明日提出予定の修学旅行の思い出の作文を書きあげた俺は、机の前で伸びをした。

 すると、机の上に置いていたスマホが震え、画面に榎丸一穂という文字が表示される。

 それを見た俺は、スマホを手に取り、右耳に当てた。


「もしもし、倉雲さん。修学旅行のお土産のプリン、美味しかった。ありがとう」

 耳に嬉しいそうな声が響き、俺の頬が緩んだ。

「ああ、心美と選んだ甲斐があったな。すごく喜んでるみたいだな」

「そうそう。一口食べたら、電話で感想と伝えたくなる。そんな味だった。さて、ここからが本題です。実は、倉雲さんに頼みがあってね」

「俺に頼み?」と首を傾げる。それに対し、榎丸さんは一呼吸置き、本題を切り出した。

「急で申し訳ないけど、明日午後5時、東都デパート前に来てよ。制服姿でいいからさ」

「えっと、今回はデパートでいいのか? いつもは榎丸病院の屋上に俺を呼び出してるのに……」


 意図が分からず困惑していると、榎丸さんは「そうそう」と返し、言葉を続けた。

「偶にはお出かけも悪くないと思ってね」

「ああ、分かった。明日の午後5時な」

「じゃあ、また明日」と返された後で、電話が切れる。それから、しばらく経つと、俺の頭に不安そうな心美の顔が浮かんだ。



「やっぱり、心美に相談しとくか……」と小声で呟き、彼女にメッセージを送る。すると、数秒ほどで返信が届いた。


「明日、一穂ちゃんとデパートに行く? 私は明日、予定が入ってるから、一緒に行けないのに。そっちがその気なら、私にも考えがあるから!」



 こんな怒りが込められた返信が届いた日に翌日の放課後、目の前に聳え立つ馴染み深いビルを見上げて、溜息を吐いた。

 周囲を夕食の買い物をする子連れの主婦たちが通り過ぎていく。

 そんな中で自動ドアから少し離れた茶色い木の前に立ち、スマホを取り出す。

「午後4時55分か。約束の時間まで、あと5分だな」

 そんな俺の呟きを耳にした誰かが近づく気配を感じ取った。

「約束の時間?」

 耳元で聞き覚えのある声が囁き、驚いた俺は思わず目を見開き、視線を真横に向けた。その先で畳まれた買い物バッグを手にした俺のお母さんが腰に手を当てている。

「母さん、なんでここに……」

「心美ちゃんから聞いたよ。このデパートであの子と制服デートするって。全く、心美ちゃんというかわいい彼女がいながら、どうして、他の子に手を出そうとするのか? 理解に苦しむわ。こんな不倫野郎に育てた覚えないわよ!」

「だから、不倫じゃないからな。俺はただ、異性の友達と遊んでいるだけなんだ! 信じてくれ! 俺が好きなのは、心美だけなんだ!」

 両手を合わせて潔白だと真剣に訴える俺の前で、母さんは赤面した顔を両手で隠した。

「まあ、母親の前で、心美ちゃんのことが好きだって認めるなんて、成長したわね。奈央。これで両想い確定だから、あとは心美ちゃんのご両親が納得されたら、玉の輿よ。裕福な老後生活の始まりよ!」

「おいおい」と俺は目を点にした。

 それからすぐに、咳払いした母さんが真剣な表情を見せる。

「兎に角、心美ちゃんに頼まれたのよ。あの子と奈央がイチャイチャしないように、監視しろって。次いでにデパートで夕食の買い物も済ませちゃう予定♪」


「親同伴とか恥ずかしい!」と本音を口にした後、人混みの中から短髪の女の子がひょっこり顔を出した。

 高級感を漂わせる黒いスカートに青色のネクタイをしっかり締めたブレザーの制服の上に白衣を纏う。そんな女の子を認識した周囲の人々はザワザワした。

 そんなことを気にしない榎丸さんは、首を傾げながら、ゆっくりと俺の元へ歩み寄る。


「倉雲さん。何かトラブル?」

「ああ……」と心美の親友と顔を合わせた瞬間、俺の右隣にいたお母さんが、一歩を踏み出し、榎丸さんの右手を優しく握った。

「5週間くらいぶりね。今日は私も付き合ってあげるわ」

 グイグイと迫る俺のお母さんに対して、榎丸さんは笑みを返した。

「はい。先日は10年ぶりにお宅訪問できたのに、ゆっくりお話しできなくて、申し訳ございませんでした。せっかくですので、本日はゆっくりお茶しましょう」

「榎丸さん、なんか固くないか?」

「まあまあ。キミのお母さんに気に入られたいからさ。今後付き合いが長くなりそうだしね」

 左目でウインクしながら、俺の耳元で榎丸さんが囁いた。そんなやり取りを前にして、お母さんは首を傾げる。

「なんかよく分からないけど、お茶しながらゆっくり話がしたいみたいね」


「そうなんですよ。今日、このデパートに倉雲さんを呼び出したのは、ハロウィン限定パンプキンプリンを食べるためなんです! 大金持ちの私がこんな庶民が買い物するお店に出入りするのは、勇気がいるので、庶民の倉雲さんにエスコートしてほしかったんですよ」

 一転して、目を輝かせながら、理由を明かす榎丸さんに対して、俺のお母さんが優しく微笑む。

「なるほどね。分かったわ。だったら、今日はお母さんがエスコートしてあげる。もちろん、奈央も一緒に来なさい」

 強引だと思いながら、俺は頭を掻いた。

「あっ、行きたいお店は3階のファミリーデザートだからさ」

「あの店ね。分かったわ。一緒に行きましょう!」

「そういえば、3階ってフードコートだったような……」

 記憶を手繰り寄せながら呟くと、聞き慣れない言葉に反応した榎丸さんは首を傾げた。

「フードコート?」

「口で説明するより、実際に行った方が分かりやすいな」

 そんな返答をした後、俺たちはデパートの中へと入っていった。


 ジャックオーランタンやコウモリの飾りつけがされたデパート1階を直進し、右側に見えたエレベーターに乗り込んで、3階のボタンを押す。

 そうして、3階に辿り着くと、そのまま右に曲がった。

 すると、目の前に馴染み深い目的地の光景が広がった。


 半円を描くように配置された様々なジャンルのお店たち。いくつもの机や椅子が等間隔に置かれている。子供連れの家族や女子中学生たちが机を囲み、ラーメンやクレープを食べていた。

 そんな景色を初めて見たらしい榎丸さんは、俺の左隣で興味津々な表情になった。

「ここがフードコートかぁ。初めてきたよ」

「だろうな。あんな感じに放課後、スイーツを買い食いする女子たちもいるんだ。席は空いてるところなら、どこでも座って大丈夫だ」

 そう言いながら、視線を制服姿でクレープを食している女子たちに向ける。

 それを聞き、榎丸さんはジッと俺の横顔を見た。

「もしかして、心美ちゃんともこのデパートのフードコートで買い食いしたことあるのかしら?」

「そういえば、このデパートで買い物したことはあったが、ここでは何も食べてないな」

 榎丸さんと顔を合わせてから首を横に振る。すると、榎丸さんはニヤニヤと笑った。

「そうなんだ」

「まあ、ここじゃなくて、回転寿司に行ったり、いいんちょのブックカフェでお茶したことなら何度かあるけどな」


 補足説明の後、俺の右隣にいた母さんが咳払いした。

「さあさあ、長話はここまでにして、奈央は一穂ちゃんが食べたがってるハロウィン限定パンプキンプリンを買ってきなさい。母さんは一穂ちゃんと同じでいいから」

「俺に買いに行かせるのかよ!」

「奈央と一穂ちゃんをふたりきりにさせるわけにはいかないからね」

「お金は、これ使っていいからさ」

 そう言いながら、榎丸さんはいつもの薄い黄色の小銭入れを俺に差し出す。

「ああ、分かった……」

 右手で榎丸さんの手の中にある小銭入れを掴んだ瞬間、俺の右手が彼女の手で優しく包まれた。結ばれた手から、温かい何かが伝わってきて、思わず頬も熱くなる。

 そんなやり取りを間近で見ていた母さんが咳払いする。

「かわいい彼女がいるのに、他の子とイチャイチャしてるんじゃないよ! このことは心美ちゃんに報告します!」

「理不尽だ!」


 それから、母さんは俺と榎丸さんを強引に離した。その足で俺は目的の店に行き、母さんは榎丸さんと手を繋いで、開いた席に座る。

 5分後、黒色長方形のお盆の上に透明な使い捨てカップに入れられたパンプキンプリンを置いた状態で、俺は周囲を見渡した。

 薄茶色のパンプキンプリンの上に、サツマイモのクリームが塗られ、ジャックオーランタンをモチーフにしたクッキーが1つ乗っている。そんなハロウィン限定のスイーツをジッと見た瞬間、喜ぶ榎丸さんの顔が頭に浮かんだ。

 すると、左の方に母さんと榎丸さんが向き合って座っているのが見えた。


 そんな俺に気が付いた榎丸さんが、右手を振る。

「倉雲さん、こっちこっち。念願のハロウィン限定パンプキンプリンを置くが良い!」

 楽しそうに笑う榎丸さんと顔を合わせて、机の上にお盆を置く。

「奈央は母さんの隣ね。正面に座られると、見つめあう可能性が高くなるし、あの子の隣に座ったら、母さんの目を盗んでイチャイチャしそうだから」

 顔を上げ、ジッと俺の顔を見つめた母さんの指示を聞き、溜息を吐く。

「おいおい。そこまで細かく指示するのかよ!」

「当たり前でしょ? 心美ちゃんの頼みは断れないわ。あと、お互いのプリンを食べさせあうのも禁止ね。間接キスも言語道断」

「あっ」と小さく声を漏らす榎丸さんが唐突に目を泳がせる。その反応に対して、俺はジッと病院院長の娘の赤くなった頬を見つめた。

「榎丸さん。もしかして、間接キスを……」

「ちっ、違うから。そんなことより、パンプキンプリン、写真で見たヤツの数倍はおいしそう♪」

「話題をすり替えやがった!」


 目を輝かせてハロウィン限定パンプキンプリンに視線を向けた榎丸さんの笑顔は眩しく感じる。使い捨てのプラスチックのスプーンでプリンを食べる姿は、かわいらしく、思わず見つめてしまう。

 そんな時、俺の頬を右隣に座る母さんが引っ張った。痛みを感じ取り、視線と隣に向ける。

「母さん、痛い」

「見つめすぎ! どうやら、奈央がこの子と浮気してるって話はホントみたいね」

「違うんだ。心美も榎丸さんと同じように、美味しそうにプリンを食べるんだろうなって想像してただけなんだ。今度は心美も誘って、同じプリン食べたいって考えてる」

「ホントかな?」

「因みに、こちらのハロウィン限定パンプキンプリン。明後日のハロウィン当日までの季節限定商品となっております」

 俺と母さんのやりとりを聞いていた榎丸さんが、微笑みながら、食べかけのプリンを指す。

「お店の人みたいなコメントだな」と苦笑いしてから、俺は目の前に置かれた使い捨てプラスチックスプーンを手にした。

 

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