俺の家の隣の洋館に住んでいる同級生は、電球ソーダが飲みたいらしい。
ヒーローショーが終わった後、中央にあるメインステージの近くにいた俺の隣で心美がキョロキョロと周囲を見渡した。
「さっきより多くなってきたね」
「あと30分くらいで花火が打ちあがるからな。この商店街を抜けた先が花火大会の会場になっているんだ。だから、場所取りしようとしているんだろう」
横目でブルーシートを抱える家族連れたちを見ながら、言葉を交わす中で、ハッとした。
「まさか、花火大会の会場の特等席を確保してないよな?」
「そんなことしてないよ。庶民と同じ視線で花火を見てみたいからね。もしかして、花火が良く見える高層ビルを貸し切った方が良かった?」
「ちょっと聞いてみたかっただけだって、また直球金持ちアピールかよ!」
「まあね」と彼女が呟く。その直後、心海はギュっと俺の上着の裾を掴んだ。
突然のことで動揺した顔を、彼女に向けると、すぐに距離を詰められた。
「あっ、なんか他のカップルも同じことしてたから、そういうものだと思ってって……」
赤面しながら周囲をキョロキョロと見渡し、瞳にカップルたちを映す心美を見て、俺は首を縦に振った。
「やりたいんだったら、やっていいと思う。ここまで多いとハグレたら大変だからな」
「じゃあ、マネしようかな?」
明るく笑った心美は、俺の背中に回り込み、上着の裾をギュっと掴む。
そんな感じで俺たちは雑踏の中を進んでいった。
この距離は今までで一番近いかもしれない。こんな近くに心美をいる。そう思うと自然と心臓が高鳴った。
そんな時、背後にいた心美が話しかけてくる。
「私、すごく楽しみにしてた。今まで夏祭りなんて行ったことなかったし、花火も高層ビルの屋上やクルーズ船を貸し切って見てきたから」
「じゃあ、今日は楽しまないとな」と言葉を交わした後で、心美は視線を右に向けて、目を輝かせた。それからすぐに、彼女は裾を引っ張る。
「奈央、電球ソーダって何?」
「ああ、電球っぽい入れ物にソーダを注いだ飲み物だって、この前のニュースで見た。SNS映えするらしい」
電球ソーダの屋台から心美の顔に視線を向けると、彼女の頬は緩んでいた。
「おもしろそう。あっ、向かいにある屋台も珍しいね。うゆじんま栗って……」
「逆から読むなよ。あれは栗まんじゅうだ」
そんなツッコミに、心美はクスっと笑った。
「そうなんだね。じゃあ、電球ソーダとやらを食してみようかしら?」
電球ソーダの屋台には、既に10人ほどが並んでいる。殆どが同い年くらいの女の子という列に心美と一緒に並んでいるのを恥ずかしく思う。
そんなことを考えている間に、行列は前に進んでいき、5分ほどで順番が回ってきた。
「あの、電球ソーダ1つお願いします」と心美が注文した後で、店員は電球のような入れ物に青い液体を注ぎ始める。
「はい、電球ソーダ1つね。300円だ」
心美は、店員に100円玉を3枚渡し、珍しそうな表情で電球ソーダを受け取った。
それから、彼女は右手でそれを持ち、ジッと初めて見るモノを見つめる。
「ふーん、電球っぽい形のプラスチックの入れ物かと思ってたけど、この素材はホンモノだね。おもしろいわ。ちょっと気に行ったかも」
「そうか。それは良かったな」
そして、心美はストローでソーダを飲んだ。
「うん、味は普通の炭酸飲料って印象ね。可もなく不可もなくって評価だと思う」
こんな心美の言葉に思わず苦笑いした。すると、心美は思い出したように「あっ」と声を漏らした。
「流紀ちゃんが言ってたのができるわ」
「いいんちょが何か言ってたか?」
「間接キス」
その一言で、俺の顔はイッキに赤く染まった。
「かっ、間接キスだと! すごく恥ずかしい響きだな」
心美と顔を合わせ、どうしたものかと唸る。そんな時、人混みの中から誰かがが右手を振った。
「ヤッホー、倉雲くん♪」
数分前に聞いた声に、俺は思わず声の方へと振り向く。その視線の先には、クラスメイトたちを4人ほど連れたいいんちょがいた。
「ほら、みんな見て。正式に付き合いだしたクラス初カップル」
そう周囲の友達たちに呼びかけたウチのクラスの学級委員長に対し、俺と心美は互いに視線を逸らした。
直後、いいんちょはイタズラな笑みを浮かべる。
「あっ、もしかして、間接キスでもしようとしてた? じゃあ、みんな、その電球ソーダで間接キスする倉雲くんの姿を、一緒に見守りましょう!」
クラスメイトたちも巻き込み、間接キスを強要される空気になる。この流れはマズイのではないかと思いながら、心美の顔を見る。
「奈央、一口どうぞ」
俺の彼女はノリノリで電球ソーダを押し当てる。逃げ道は完全に塞がれ、思わず溜息が出た。続けて、電球ソーダを手に取り、ストローに唇を近づけ、一口吸い上げる。
その模様を、クラスメイトたちは顔を赤くして見守っていた。
「旨いな」と照れながら簡単に感想を語り、電球ソーダを心美に返した。
いいんちょたちと別れ、そのまま前へと進んでいく。人々はゾっと押し寄せていく中を歩いていると、また心美が背後から話しかけてきた。
「奈央、たこ焼きの屋台、多くない? さっきので4店舗目だよ」
「たこ焼きは屋台の定番だからなぁ。そんなことより、気を付けろ。こんなところで迷子になったら、警察のお世話になるから」
「そうね。前科者なんて、グループの恥だわ」
「心美、そういう意味じゃなくてだな」
「まあ、もしも迷子になったら、ああやって電話すればいいんでしょ?」
心美は近くでスマホに耳を当てている若い男性を一瞬だけ見た。
「そうだな」
心美と同じように携帯で連絡する人を瞳に映すと、商店街の出口に辿り着いた。その先には、花火大会の会場は、地面に多くのブルーシートが敷かれていて、多くの人々も密集していた。
特に席を確保していなかった俺たちが周囲を見渡すと、後ろの方が開いていた。仕方なく2人揃って移動する。
「悪いな。ちゃんと場所を確保しとくべきだった。これだと一番後ろの方で立った状態で花火を見ることになる」
「えっ、別にいいよ。私は奈央と一緒に花火が見たかっただけだから」
頬を赤くしながら、心美が距離を詰める。その瞬間、俺の鼓動が速くなった。
時間は過ぎていき、夜空に花火が打ちあがる。俺は隣の心美と一緒に月下を彩る花々を見上げていた。
「こうやって地上で見る花火も悪くないね」
「地上?」と気になった心美の言葉を繰り返す。
「今までは高層ビルの屋上やクルーズ船を貸し切ってたから。こうやって地上で花火見るの初めてなんだよ。特等席も悪くないけど、やっぱり好きな人と一緒に見た方がキレイに見えるね」
「……そうだな」と答えを口にして、ジッとなぜか自分に惚れている彼女の顔を見つめる。成り行きで付き合うことになったけど、まだ好きになった理由は教えてくれない。付き合ったら隠し事禁止とは言ったが、まだ何かを隠しているような気がする。
そんなことを考えていると、心美が俺の右手を握った。優しく伝わってくる彼女の温度に胸を高鳴らせている間にも、いつもよりキレイな花火は夜空を彩っていった。
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