俺のクラスの学級委員長は、ヒーローショーが見たいらしい。

 夏祭り当日の約束の時間丁度に、インターフォンが鳴る。

 それを待っていたかのように、ドアを開けると、一度自宅に戻っていた心美がいた。


「奈央、お待たせ」

 紫色の花々をモチーフにしたキレイな浴衣。

 長い髪は一本に結われていて、いつもとは違うかわいさに思わず頬が赤くなった。

「その浴衣、すごく似合っているなぁ」

「今日のために買ったから、嬉しいです。あっ、今日はエスコートよろしくお願いします」

 にっこりと笑いながら、心美が頭を下げる。

 そうして、俺たちは夏祭りが行われる商店街へと足を進めた。



「結構多いね」と浴衣姿の心美が俺の隣で呟いた。

 いつもの商店街に多くの屋台が軒を連ね、集まった大勢の人々がそこに向かって歩みを進める。

 見慣れた夏祭りの景色を、心美は目を輝かせて見ていた。

「そういえば、こういうところに来るの初めてだって言ってたな」

「あの時よりも人が多いね。デートでゲームセンターに行った時と」

「そうだな」と同意した瞬間、人混みの中で誰かが右手を振った。


「やっと見つけた」

 そう呟いたウチの学級委員長が俺たちの前に身を晒す。花柄の浴衣姿の彼女を見て、俺はハッとする。

「いいんちょ、今からヒーローショーやるんだったな。今着いたところなんだ」

「なかなかメインステージに来ないから、探してたよ」

 そう言いながら、いいんちょが、俺の右腕を掴み、引っ張ってみせた。

 そんな中で、完全に置いてけぼりになった心美が目を丸くする。

「流紀ちゃん、説明して」


「今からメインステージでヒーローショーやるんだけど、倉雲くんと一緒に見たいって思ったから、誘ったの。私も友達と一緒に来てるんだけど、あの子たちそういうのに興味ないみたいだし、女子中学生が独りでショー見てるのもおかしいでしょ? だから、男子に付き合わされてるって設定でショーを見ようって思ったわけね。もちろん、心美ちゃんも来ていいよ」


「もしかして、流紀ちゃん、特撮オタク?」

 首を傾げ尋ねる心美に対し、いいんちょは頬を赤く染めながら、視線を逸らす。

「まさか、心美ちゃんがそんな言葉を知ってるとは思わなかったなぁ」

 答えになっていないと思い苦笑いを浮かべた俺は、2人と一緒に商店街の中央に位置するメインステージへと向かう。


 ローカルアイドルお披露目会と同じ場所にあるステージの前には、ブルーシートが置かれ、多くの子供たちが座っていた。

 俺たちは、そこから少し離れた位置でステージを見ていた。


 「ただいまより、お愉しみの不死鳥戦士ファイトライザーショーを開催します」

  地元のアナウンサーの後、いいんちょがなぜか勧めてきたヒーローショーの幕が上がる。そんな時、予想外なBGMが流れ、俺は思わず息を噴き出した。


 「どうしたの?」と隣にいた心美が覗き込む。

 「さっきの曲、年末のお笑い番組でよく使われてるヤツだったからな。多分、スタッフが曲を間違え……」

 そう理由を明かした直後のことだった。俺の予想は裏切られてしまう。


「はい。どーも!」と明るい声でステージに登場したのは、天狗と緑色のトカゲのような怪人たち。


「ダークネスフェスタです。赤い天狗の私がテンヨウ。緑のトカゲがリザード。2人揃って、世界征服を企んでいるぞ!」


 まるで、若手芸人の自己紹介のようなノリで身分を明かす怪人たち。

「テンヨウ様。新しい世界征服計画を思いついたので、聞いてくれますか?」

 一歩を踏み出して、リザードがテンヨウの顔を見た。すると、テンヨウは手にしていた扇を仰ぐ。


「ほう、ほう。聞かせてもらおうか?」

「一言で説明すると、洗脳です」

「ほう、人間たちを洗脳して、憎きファイトレンジャーを倒そうということか? 応援する人間がいなくなれば、アイツらなんて怖くないからなぁ」

「違います」

 淡々とした口調で否定され、テンヨウはズッコケる。


「何が違うのだ?」

「人間たちを洗脳して、毎日の食事を野菜サラダだけにするんです。そうしたら、野菜嫌いな子供たちからマイナスエネルギーが放出されます。それを使えば、我々のパワーが倍になるでしょう」

「なるほど。それは面白い作戦だな。手始めに夏祭りの屋台を全て野菜サラダにしてもらおうか?」

「テンヨウ様、どうやって洗脳するんですか?」

 首を傾げる仕草をした緑のトカゲの右肩を、テンヨウが強く叩く。

「知らないんかいチョップ!」


「テンヨウ様、メニューは子供たちが嫌いなトマトやピーマンでサラダを調理するとして、ドレッシングはどうしましょう?」

「おい、洗脳できない時点で、あの作戦は終わってるはずだが……」

「テンヨウ様、今日は時間がないので、事前に子供たちを大勢用意しました」

 そう言いながら、リザードはブルーシートに座っている子供たちをの方に手を向けた。

「なんちゃらクッキングみたいなノリで言うなよキック!」

 テンヨウの蹴りがリザードの右足に命中し、トカゲの怪人の体が小さく揺れる。その瞬間、子供たちから笑いが込み上げはじめた。


「じゃあ、気を取り直して、イカ墨わさびドレッシングが嫌いな人、正直に手を挙げてください」

 リザードの呼びかけに対し、何人かの子供たちが手を挙げていく。その模様を隣で見ていたテンヨウは、天に向けて伸ばされた両腕をXの文字を書くように斜めに降ろした。

「そんなドレッシングあるんかいクロスブレード!」

 ドッと笑い声が会場に響き渡る。すると、次の瞬間、聞き覚えのある声がスピーカーから聞こえてくる。


「そこまでだ。ダークネスフェスタ!」

 その声を聴いた俺は、隣にいる心美と顔を見合わせた。

「あの声、流紀ちゃんのお父さんみたい」とヒソヒソと囁く心美の声に頷く。


 その間にステージの上に如何にもヒーローという感じの男性が上がり、ヒーローショーは終盤に差し掛かる。


「ファイトライザー。遅かったな。会場は我々ダークネスフェスタが占拠した」

 テンヨウがヒーローショーらしいセリフを口にした後で、リザードが胸を張る。

「そうだ。清き一票をくれ」

「そっちのセンキョじゃないだろうがダークネスビーム!」


 テンヨウがリザードに左手を向けた瞬間、リザードの体が後ろに飛ばされた。

 トカゲの怪人は、座ったまま動かない。そんな部下を見て、テンヨウは思わず扇で口元を隠した。

「マズイ、勢いでリザードを倒してしまった。こうなったら、一騎討ちだ。今日は私自ら相手をしよう」

 説明口調のテンヨウがファイトライザーと向き合い、天に向けて伸ばされた両腕をXの文字を書くように斜めに降ろす。


「クロスブレード」

「うわぁぁ」

 怪人の攻撃を正面から受けたヒーローが両膝を付く。

「この技で楽にしてやろう」とテンヨウは両手を前に伸ばした。

 その直後、ヒーローが立ち上がり、会場に集まった子供たちに呼びかける。

「みんな、ガンバレ、ファイトライザーって応援してくれたら、逆転できる。応援してくれ!」


 唐突な展開に対し、子供たちは歓声を挙げる。

「ガンバレ、ファイトライザー!」という声が強くなる。

そんな中で、誰かが「みんな、ガンバレ、ファイトライザー!」と叫んだ。

その声を拾ったテンヨウが一瞬笑う。


「みんな、ガンバレ、ファイトライザー! 一言多いぞダークネスグラビティーダブルビーム!」

「みんな、応援ありがとう。ファイトライザーパンチ!」

 右手で握りこぶしを作ったヒーローが怪人に向かって走り出す。そして、次の瞬間、ヒーローの攻撃は、テンヨウの腹に当たった。


 そのまま怪人は、腰を落とす。

「やられたな。今日は負けを認めてやろう」と立ち上がったテンヨウが背を向ける。

「そうだ。そうだ。これで勝ったと思うなよ!」

 そう口にしたのは、ステージの上で動かなくなっていたはずのリザード。

 軽くジャンプして、元気さをアピールした部下をテンヨウが蹴り上げる。

「生きてたんかいキック! もうええわ」


 そうして、ステージ上の3人は客席に向かって頭を下げた。

「どうも、ありがとうございました」

 そう全員で口を揃えた彼らは、ステージを降りて行った。


「なんだ、これ?」

 そんな単純な感想を口にした俺の隣で、心美が拍手する。

「スゴイ。これがヒーローショーってヤツなんだね?」

「いや、違うからなって、いいんちょ。まさか……」

 左隣にいたいいんちょに視線を移すと、彼女は俺の顔をジッと見つめた。

「私のこと、分かってきたみたいだね。このヒーローショーを見たいと言い出した理由は、お父さんがヒーロー役でステージに立つからでした。あのステージ、この前のローカルアイドルお披露目会のと同じヤツを使いまわしてるんだよ。時を超えて親子が同じステージに立つ。そんな最高な瞬間に立ち会わなくて、どうするの?」

「ファザコンかよ!」


 いつもの調子でツッコミを入れた後、いいんちょは「またね」と言い残し俺たちの元から離れていった。

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