俺のクラスの学級委員長は、お母さんのことが嫌いらしい。

「お義母さん、この玉子焼き美味しいです!」

 体育祭の午前の部が終わり、昼休みの時間が始まる。

 多くの人々が家族ごとにまとまり、ブルーシートの上で弁当を食べている中で、俺と母さんの前で、心美が目を輝かせた。

 そんな彼女の近くに広がっているのは、豪華な黒い重箱。その中には、美味しそうなおかずが詰められていた。

「そうでしょ? 今日は心美ちゃんのために、いつもよりも美味しくしました」

 嬉しそうに笑う母さんに対して、心美は両手を合わせる。

「そうなんですね。私、嬉しいです。ありがとうございます。小野寺家専属料理人によるお弁当もご賞味ください」

 手元に置かれた重箱を指した心美を顔を合わせた母さんは、笑顔で重箱に向けて箸を伸ばした。

 そんな母さんの動きを見ていた心美は嬉しそうに微笑んだ。

「やっとお義母さんとお食事できて、嬉しいなぁ」

「そういえば、母さんと一緒にご飯を食べたいって言ってたな」

 思い出したことを呟いた俺は、我が家の玉子焼きを箸で摘まみ、一口食した。



「母さん、感動したわ。心美ちゃんの家の専属料理人さんのポテトサラダ。すごく美味しいよ」

 小野寺家のポテトサラダを食したらしい母さんが目を輝かせた。その瞳にはうれし涙が浮かぶ。すると、心美が頬を赤く染めながら、右手を挙げた。

「あっ、それは私の手料理です。奈央に食べてもらいたくて、入れてもらいました」

「すごいわ。専属料理人に頼み込んで、愛する人のために料理したポテトサラダを入れてもらうなんて、すごくいいことだわ! 流石、私の未来の娘ね!」

 感動した表情の母さんに対して、俺は苦笑いする。

「いや、未来の娘は関係ないと思うぞ。まあ、心美の料理がすごく上手いのは事実だけどな」

「その言葉が聞けて嬉しいよ!」と心美は笑顔を俺に向けた。


「やっと見つけた♪」

 心美やお母さんと一緒に弁当を囲んでいた俺の近くから声が聞こえた。

 その声に反応して、周囲を見渡すと、右斜め前にいいんちょの姿が飛び込んでくる。

「いいんちょ」と呼びかける間に、いいんちょは、俺たちが座っているブルーシートの前で靴を脱ぎ、その場に上がり込んだ。

「家族水入らずの場にお邪魔します」

 申し訳なさそうに両手を合わせ、頭も下げたウチのクラスの学級委員長と顔を合わせた俺は首を捻った。

「悪いが、事情を聞かせてほしい。この時間帯は、家族で弁当を囲んで食べるのが普通だと思うのだが……」

「もちろん、そうしたよ。6年ぶりに顔を合わせた大嫌いなお母さんとね。まあ、私は終始無言で食事に全集中して、倉雲くんのところに転がり込んだんだけどね。その時間、5分間です。だから、私のことは気にしないで。倉雲くんや心美ちゃんの家のお弁当は食べないから」


 真剣な表情で語るウチのクラスの学級委員長と顔を合わせた俺は首を横に振る。

「いいんちょ、ホントにそれでいいのか?」

「いいよ。私はあのお母さんの顔なんて見たくないし、話したいこともない。だから、これでいいんだよ」

「よくありません!」

 近くで俺といいんちょの会話を聞いていた俺のお母さんが、身を震わせた。

 そのまま、真剣な表情になった俺のお母さんが、その視線をいいんちょに向ける。

「さっきから聞いてて、なんとなく事情は分かったわ。お母さんのことが嫌いだってことも。でも、あなたの行動は間違ってるわ。あまり家庭の問題に首を突っ込むのもアレだけど、ちゃんとお母さんと向き合った方がいいと思う。だから、あなたはお母さんのところへ戻るべきだわ」

「えっと、倉雲くんのお母さん。イヤです」

 俺の母さんの意見に圧倒されたいいんちょが顔を暗くして、後退りする。


「あっ、流紀ちゃんのお母さんが来てるんだね。だったら、挨拶しないと……」

 いいんちょのお母さんの話題に食いついた心美がその場から立ち上がる。その声を聴き、俺のお母さんは首を傾げた。

「あら、心美ちゃん。もしかして、流紀ちゃんのお母さんと知り合いなの?」

「はい。パーティーで何度かお会いしたことがあります」

「そういえば、心美。この学校のことを話したら、いいんちょのお母さんが一瞬だけ顔を曇らせたって言ってたよな?」

「そうだよ。まあ、私は十か月前のパーティー以来、流紀ちゃんのお母さんには会えてないんだけど……」


「いい加減にして! 私はお母さんと過ごしたくない!」

 心美の声を遮ったウチのクラスの学級委員長が声を荒げる。その声に反応し、近くを陣取る別の家族たちがザワザワする。

 その直後、俺のお母さんがいいんちょの前に立ち、両肩を優しく掴んだ。


「家庭の事情は聴かないけど、これだけは聴かなくても分かるわ。流紀ちゃんのお母さんは、流紀ちゃんに会いたかったんだよ。6年ぶりに会った娘は、自分のことを嫌いになっているかもしれない。そんな怖い思いを胸に抱えて、流紀ちゃんの前に現れた。6年間も娘と離れて、やっと会いたくなったのに、そうやって拒絶したら、もう二度と会えなくなる。無理して好きにならなくていいけど、ちゃんとお母さんと向き合った方がいいと思う」


 静かに論す俺のお母さんの言葉に続き、心美は首を縦に振った。

「お義母さんの言う通りです。私と違って会いたい時に会えるのなら、お母さんに会った方がいいと思う」

「そうだな。東じゃなくて流香ちゃんの時だって……」

 心美の声に同意しようとすると、いいんちょがクスっと笑った。

「なるほどね。お母さんの遺伝だったんだ」

 暗い顔から一転して明るい笑顔を見せたウチのクラスの学級委員長が、青空に向けて両腕を真っすぐ伸ばしながら、その場に立ち上がった。

「さて、お母さんに聞いちゃおうかな? パーティーでの心美ちゃんの様子とか」

 そう言いながら、ウチのクラスの学級委員長が靴を履き、俺たちから離れていく。その後ろ姿を見て、俺はホッとしたような顔になった。



 そんな出来事から50分ほどが経過した頃、午後最初の競技、二人三脚が始まる。

 いいんちょの右足を俺の左足を紐で結び、準備が整うと、いいんちょは俺と肩を組んだ。

「ありがとうね。倉雲くん。少しだけお母さんとお話できたよ」

「そうか。良かったな」と返しながら、真横に見えるいいんちょの顔を見る。

 その顔は明るく満足しているように見えた。

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