俺の家の隣の洋館に住んでいる同級生は、体育祭を楽しみたいらしい。午後の部
予想通り全校生徒たちから注目されて参加した二人三脚も無事に終わり、次の競技が始まる。
「只今より、借り人競争を開催します」
「確か、心美が参加する競技だったな」と呟き待機場所のテントの中へ足を踏み入れる。
すると、俺の右隣にいたウチのクラスの学級委員長がクスっと笑った。
「大好きな彼女さんが参加する競技、把握してたんだね♪」
「そうだな」
「あっ、借り人競争って……いや、なんでもないわ」
何かを言いかけたいいんちょの言動が気になった俺は首を傾げる。
「えっと、なんだ?」
「そんなことより、マジシャンズ・セレクトって知ってる?」
いいんちょが唐突に話題を切り替える。一方で俺は聞き慣れない言葉に対して首を捻った。
「さあ、知らないな?」
「マジシャンズ・セレクトを仕掛けるとしたら、借り人競争しかないじゃない!」
力説する学級委員長の声を聴き、俺は目を点にした。
「だから、なんだよ。マジシャンズ・セレクトって」
「ほら、マジシャンの人がよくテレビとかでやってるでしょ? トランプのカードを相手に選ばせて、何のカードを選んだのか当てるの。あれって、相手がカードを選んだんじゃなくて、マジシャンが誘導したカードを相手が取ってるのね。それと同じことが、借り人競争でもできる」
「なるほどな。そのマジシャンズ・セレクトとやらで、心美と俺が一緒に走れるように仕向けるってことだな」
納得の表情を浮かべた俺の隣で、いいんちょが苦笑いする。
「まさか、そんなことするわけないでしょ?」
「いや、いいんちょならそうするはずだ。席替えの時だって、毎回俺の隣の席になるように仕組んでるっぽいからな。間違いない」
疑いの視線を向けられたいいんちょは、首を横に振ってみせた。
「まさか、そんなことするわけないでしょ? あっ、競技始まったね。応援しないと」
頑なに否定する学級委員長と共に視線を前方の校庭に向ける。
その先では、茶封筒の中にあるお題の紙を手にした生徒たちが縦横無尽に駆け抜けていた。
数学教師やロングヘアの同級生といった人々と共に参加生徒たちがゴールを目指す。
それから、次々に参加生徒たちがゴールしていき、心美の番がやってくる。
「あっ、心美ちゃんの番だね♪」
そう呟くいいんちょの隣で、「ガンバレ」と心の中で唱える。
そして、数秒後、心美を含む参加者たちが一斉に駆け出した。
グラウンドを半周し、その先にあった長机の上に置かれた茶封筒を次々と参加者たちが手にする。
3番目にソレを手にした心美は、その場に立ち止まり、視線を俺の方に向けた。
一瞬視線が重なり、俺の頬が赤く染まった。そんな顔を右隣に座るいいんちょが覗き込む。
「あっ、顔赤くなったね。相思相愛って感じがして、いいと思う」
「あまり茶化すなよ」と返し、視線を逸らした。
「あっ、心美ちゃん、こっちに向かってるよ!」
「おいおい」と呟き、視線を前方に向けると、心美が俺たちがいるテントの方へ一直線に向かっているのが見えた。その距離はイッキに詰められていく。
「いいんちょ、図ったな!」
再度疑いの目をウチのクラスの学級委員長に向ける。だが、いいんちょは表情一つ変えなかった。
「まさか、そんなことするわけないでしょ?」
「そのセリフ3回目」と声を出し、再び視線を前方に向けると、俺たちがいるテントの前で心美が立ち止まり、周囲を見渡していた。
数秒後、心美は俺の方に視線を向け、右手を左右に振った。
「あっ、やっと見つけた。流紀ちゃん」
「えっ」と驚く俺の前に、心美が駆け寄ってくる。その右隣で、いいんちょはニヤニヤと笑った。
「残念だったね。倉雲くん」
その声に続き、心美は両手を合わせた。
「奈央、ごめんなさい。私は奈央と一緒に走りたかったけど、お題がアイドルだったから」
「別に謝らなくてもって、お題がアイドルってどういうことだよ! 普通は教師とかそういう感じのヤツのはずなのだが……」
「さあ、お題考えた人に聞いてください。まあ、この学校で私、東野吹雪と同一人物なんじゃないかって疑われてるみたいだから、採用されたんじゃないかな?」
冷静に推測するウチのクラスの学級委員長が、その場から立ち上がる。
「さあ、心美ちゃん。一緒にゴールを目指しましょう!」
「はい。流紀ちゃん。お願いします!」
握手を交わした2人が俺の前から遠ざかっていった。
それから次々に競技が終わっていき、遂に最終競技が始まった。
全校生徒全員参加の最終競技、組対抗リレー。各走者がそれぞれ待機場所へと集まり、順番に走っていく。第一走者が俺たちの前を通過していく中で、俺は視線を隣に向けた。
そこにいた心美は俺に見つめられていることに気が付くと、にっこりと微笑む。
「競技中に奈央の隣にいられて、幸せです」
「そうだな」と呟くと、心美は右手を伸ばし、俺の左手を優しく包み込んだ。突然のことに驚き、顔が赤くなる。
「どうせなら、順番がくるまで奈央と手を繋ぎたいな。そうしたら、最終競技、もっと頑張れる気がする。ダメかな?」
同じように顔を赤くした心美が尋ねてくる。その問いかけに対して、俺は照れながら首を縦に振った。
「まあ、別に構わないが……」
「ホントにいいんだね。良かった!」
目を輝かせ明るく笑う心美は、俺の左手を握った。同じように俺も握り返すと、俺の背後にいたウチのクラスの学級委員長がニヤニヤと笑いだす。
「もう、こんな至近距離でイチャイチャ見せないでよ。相思相愛ラブラブカップルさん」
「いいんちょ、相思相愛ラブラブカップルって言葉聞いたら、恥ずかしくなったぞ! まあ、事実だけどな」
背後を振り返り、赤面した顔をいいんちょに見せた。すると、いいんちょはクスっと笑った。
「自供したね。まあ、私でも分かるよ。倉雲くんは心美ちゃんのことが好きなんだって。さあ、見せてもらいましょうか。捕まえてごらんなさい。あははうふふラブラブレース」
「なんだよ。それ!」と困惑の表情でツッコミを入れると、いいんちょが笑顔で両手を合わせた。
「砂浜とかでカップルが追いかけっこするじゃない。それと同じことをリレーでやりましょう。丁度、心美ちゃんとこの白組が一歩リードしてるみたいだからね。このままのペースだと、心美ちゃんを倉雲くんが追いかける感じになる。だから、倉雲くん、はい捕まえたって言って心美ちゃんの右肩をタッチしてよ。それからゴールしたら、二人向き合って、熱いキスを……」
「できるか!」と強い口調でツッコミを入れる。その声を聴き、いいんちょは肩を落とした。
「まあ、いいや。あっ、あと1周で倉雲くんたちの番だね」
落胆する学級委員長から、視線を右隣に座る心美に向ける。
嬉しそうに俺の手を握ってくる心美の顔を見つめた俺は微笑んだ。そうして30秒ほどが経過した頃、心美は俺から手を離し、その場に立ち上がった。
「あっ、もうすぐバトンが回ってくるみたいだね。ちょっと遅れて、青組も来るみたいだよ。私を追いかけてね♪」
そんな彼女の声を耳にした後、俺も立ち上がった。
バトンを受け取る線の上に心美と並んで立ち、数十秒ほどが経過した頃、白いバトンが心美の手に渡り、彼女は駆け出した。それから少し遅れて、青いバトンが俺に渡された。
2人の距離はわずか数10メートル。前方に見える心美の後姿を瞳に映しだし、彼女を追いかける。
次の走者の待機場所に近づくにつれて、その距離は少しずつ縮んでいく。
あと3メートルまで迫った時、次の走者の姿が目の前に飛び込んできた。もうすぐ、この追いかけっこは終わりを迎える。そう考えている間に、心美は次の走者にバトンを渡した。少し遅れて、息切れを起こした俺もバトンを繋ぐ。
荒い呼吸を整え、ゴール地点から少し離れた位置に向かい、歩みを進めると、目の前に心美の姿が飛び込んできた。俺と向き合うように立った心美は笑顔になる。
「奈央、すごく頑張ってたね。運動苦手なのに、そうやって全力で私のことを追いかけてくれて、嬉しかったよ」
「ありがとうな。その言葉が聞けて、すごく嬉しいよ」
素直に喜びを伝え、右手を差し出す。その動きを見て、微笑んだ心美は、俺の手を優しく握った。
こうして、俺たちの体育祭は幕を閉じたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます