第24話 彼女たちの文化祭

俺のクラスの学級委員長は、焼きそばを売りまくりたいらしい。

 文化祭当日、いつもよりも1時間も早く登校した多くの生徒たちが、準備を進めている。不意に教室の中にある時計を見上げると、残り約3時間ほどで多くの生徒や保護者たちがここを訪れることが分かった。


 あまり時間もないと感じながら、深呼吸すると、目の前からいいんちょが近づいてくる。その顔は暗くなっている。


「あっ、倉雲くん、おはようございます」

 いつも通りの挨拶を耳にした後で、俺は心配な表情でウチのクラスの学級委員長と顔を合わせる。

「いいんちょ、おはよう。そういえば、元気なさそうだけど、どうしたんだ? まさか、東野吹雪ファンがこの教室に殺到して、みんなに迷惑かけるんじゃないかって心配してるのか?」

「うーん。それは違うよ。私がいる限り、模擬店売り上げランキング1位確定だろうし、東野吹雪ファンの相手はウチのブックカフェで慣れてるから。まあ、忙しくさせ過ぎて、クラスのみんなに迷惑かけちゃうのは事実だけどね」

 いいんちょの首を横に振る仕草を見た俺は首を傾げた。

「だったら、なんでそんなに暗い顔をしてるんだ?」

 その問いかけの後、いいんちょが周囲を見渡す。同じように俺も首を動かすと、周囲に殆どのクラスメイトが集まっていることに気が付いた。

 そして、状況を理解したウチのクラスの学級委員長は、首を縦に振り、声を潜めて、俺に耳打ちした。


「昨晩、6年ぶりに家族4人が集まって、お母さんの手料理を食べたんだよ。すごく懐かしい味がしたんだけど、それ以上にすごく気まずかった。会話もせずに、黙々と食べただけだから……」

「そうだったんだな。それにしても、すごい進歩だ」

 あまり聞かれたくない話題を受け、俺は声を潜めた。

 少しずつだけど、いいんちょは家族の絆を取り戻そうとしている。そのことを自分のことのように喜んだ。



 それから模擬店の開店準備が滞りなく進められ、遂に文化祭が始まる。

 閉じられていたドアが勢いよく開き、ドルオタのような男達が教室の中に雪崩れ込んできた。


「ホントに吹雪ちゃんがいるぞ! 制服の上にエプロン。スゲェかわいい」

 最前列に並んでいた太った男が大声を出す。その後ろに並んでいた別の黒縁メガネの男は悔しそうな表情を浮かべていた。

「クソ。ここかよ。隣のクラスのメイドカフェだったら、吹雪ちゃんのメイドコスが見られたのに……」


 その東野吹雪ファンの声を聴き、会計機の前に並んでいた俺といいんちょは苦笑いした。

 

「さあ、売りさばこっか。この状況を想定して作ってもらった焼きそば200パック。みんな、いくよ!」

 気合を込めたウチのクラスの学級委員長が右腕を握り、上に伸ばす。その動作に教室に残っていた南條さんと山内が「おー」と声を出した。

「おいおい。なんだよ。そのノリ!」と突然のことに俺は目を点にした。



 模擬店開店から15分ほどが経過。

 目の前に広がる飲食スペースは満員。後ろに視線を向けると、在庫の焼きそばは1パックしか残されていなかった。同じように、在庫を目にしたウチのクラスの学級委員長が溜息を吐き出す。

「うーん。倉雲くん。予定だと15分後に運搬係の松浦くんたちが来るみたいだけど、催促したほうがいいよね?」

「そうだな。あと1パックしか残ってないみたいだし、15分間待たせるのも悪いしなぁ」

「ということで、山内くん。松浦くんに連絡して。初回限定版完売。通常版持ってこいって」

「はい」

 元気よく答えた男子のクラスメイトがスマホを取り出し、メッセージを打ち込む。

「いいんちょ、初回限定版って何だ?」

 疑問に思い首を傾げると、俺の隣にいたウチのクラスの学級委員長がクスっと笑った。

「パックの割りばしの袋にQRコードを張り付けてたの。それをスマホで読み込んで、スペシャルな動画が観られるんだよ。200名様限定サプライズ!」

「密にそんなことしてたのかよ!」



「倉雲さん」と聞き覚えのある声が耳に届く。その声を聴き、顔を正面に向けると、そこにはなぜか榎丸さんがいた。いつもと同じ水色のワイシャツと黒いハーフパンツの上に白衣を纏った姿で現れた病院の院長先生の一人娘は、俺と顔を合わせて、優しく微笑む。

「榎丸さん。なんでここに……」

「文化祭だから、他校の生徒が来てもいいじゃない!」

「なるほど。この子が倉雲くんの浮気相手だね♪」

 俺の右隣に立っていたウチのクラスの学級委員長が、榎丸さんの顔をジロジロと見た。

 それから、言葉を続けて頭を下げる。

「初めまして。倉雲くんのクラスの学級委員長を務めています。椎葉流紀と申します。榎丸一穂さん。倉雲くんや心美ちゃんから話を聞いてるよ。よくプリンを口実に、倉雲くんと不倫してるって」


「いいんちょ、待ってくれ。俺は不倫なんてしてないからな!」

 慌てて両手を開き、いいんちょと榎丸さんの会話に割って入る。

「倉雲くん。不倫疑惑は置いといて、気を付けた方がいいよ。この子、文化祭を口実にウチの学校に乗り込んできたってことは、本気の証拠だから。多分、この子、倉雲くんに会いにきたんだと思うよ」

「そういえば、そうだな。庶民の溜まり場になってるコンビニに一人で行けないのに、今日は一人でウチの学校へ乗り込んできたんだ。榎丸さん、成長したんだな」

「着眼点が違うみたいだけど、そこが倉雲くんらしくていいと思う!」

 

 そんな俺たちの会話を真正面で聞いていた榎丸さんは、クスっと笑った。

「椎葉流紀ちゃん。面白い子だね。相性ピッタリに見えないこともない。まあ、倉雲さんに会いに来たっていうのは、理由の1つさ。ホントは、心美ちゃんが庶民の学校に馴染んでいるのかをこの目で確かめたかっただけなんだけどね」

「そうだったんだな。じゃあ、そろそろ注文って言っても、焼きそば1パックしか余ってないんだが……」

「そう、ということで、校庭のテント内で調理中の焼きそばが届くまで、ゲリラじゃんけん大会でもしようかな? 参加者は、今この教室の中にいる人限定。焼きそばが届くまで、勝ち続けた人は、私と握手できます!」

「いいんちょが客を飽きさせないために、なんか始めやがった!」

 いつも通りなツッコミの後、俺の目の前にいた榎丸さんが「あっ」と声を漏らした。


「倉雲さん、聞きたいことがあるんだけど、教室の奥の方に立ってる地味そうなショートカットのメガネかけた子って……」

 そんな榎丸さんの声を聴き、俺も視線を追った。その先には、南條さんがいる。

「南條さんがどうかしたのか?」

「どこかで見たような気がしたのさ」

「そういえば、2年前、一時退院して京都を訪れたサヤカさんが、キーホルダーを南條さんに贈ったらしいんだ。南條さんとサヤカさんの間には、何かしらの繋がりがあるんじゃないかって心美は疑っているんだが、もしかしたら、それがこの謎の手がかりになるかもしれない」

「何か思い出したら、心美ちゃんに教えるよ」と眉を潜めた榎丸さんが短く答えた後、ドアが勢いよく開く。


「いいんちょ。持ってきた!」と松浦が大声で叫び、右手を大きく上に挙げていたウチの学級委員長の手が止まる。

「あっ、松浦くん。結構早かったんだね。これから、みんなとじゃんけん大会で時間を稼ごうと思ったのに、1回もできなかったよ」

「ああ、こんなこともあろうかと、出来立ての焼きそばを早めに運んだ……」

 胸を張る松浦は、いいんちょの近くにいる女の子と顔を合わせ、思わず息を飲み込んだ。


「あっ、榎丸さん。なんで、ここに……」

「松浦さん、久しぶり。元気そう……」

「ストップ。松浦くん。もしかして、2人は知り合いなのかな?」

「いいんちょ、そうだ。榎丸さんは、入院してた俺を元気にしてくれたんだ。この子は俺に東野吹雪ファンになれるきっかけをくれたんだ」

 疑惑の目でウチのクラスの学級委員長が松浦の顔を見る。その一方で俺は両手を叩いた。

「やっぱりな。この前、松浦に東野吹雪のファンになったきっかけを聞いたら、榎丸さんっぽい子が出てきたからな。やっぱり、松浦を元気づけてくれたのは、榎丸さんだったんだ」


 合点がいき、首を縦に振る間に、榎丸さんは、会計皿の上に五百円玉を1枚置いた。

「はい。焼きそば1パック。お願いします」

「ああ、そういえば、まだだったな」と呟き、焼きそばを榎丸さんに手渡す。

 そうして、病院の院長先生の一人娘は、開いた席に座り、焼きそばを食べ始めた。

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