俺のクラスの学級委員長の妹は文化祭を楽しみたいらしい。

「ふぅ。あと20パックで午前中に販売する焼きそば完売だな」

 模擬店開店から1時間ほどが経過した頃、俺は後ろに置かれた机をチラリと見た。そこには、パック詰めされた焼きそばが、20パック置かれている。

「まさか、開店から約1時間で、午前中の販売数600パック完売間近なんて……東野吹雪大明神様のご加護のおかげだね♪」

 俺の右隣にいたウチのクラスの学級委員長が両手を合わせた。その仕草を見て、俺は目を点にする。

「いいんちょ、東野吹雪大明神様ってなんだよ!」

「それくらいありがたい存在ってこと。午後販売予定の焼きそばは400パックで、

 午前より200パック少ないけど、これなら午後から私がいなくなっても、完売間違いなしだよ。黒字確定。目指せ! 模擬店売り上げランキング1位!」

 うふふと笑うウチのクラスの学級委員長の瞳に、金色に輝く$マークが浮かんだ気がした。


「あっ、ごめん、忘れてたわ。みんな。今残ってる焼きそばが全部売れたら、少し早めの自由行動だよ。ここにいてもやることないし、食品衛生上の観点から調理場にいるみんなを手伝いに行くこともできないから。このことは運搬係のみんなにも、私の口から伝えるつもり」

 唐突に学級委員長が周囲にいるクラスメイトたちに言い聞かせた。それに対して、俺たちは首を縦に振る。

「予定よりも1時間も多い自由時間かぁ」

「つまり、同じ時間帯に隣のクラスで働いてるメイド服姿の心美ちゃんに会えちゃうね♪」

 ボソっとした呟きに反応したウチのクラスの学級委員長がニヤニヤとした笑い顔を俺に向けた。

「いいんちょ、からかうなよ。照れるだろ!」

 赤く染まった頬を隠すように、いいんちょから視線を逸らす。


 このまま焼きそばが売り切れれば、予定よりも1時間早く心美に会いに行ける。

 その事実が嬉しさを生み出し、頬が緩んだ。

 丁度その時、一人も客がいない飲食スペースの中にぞろぞろと少年たちが入ってきた。その人数は丁度20人。

 ウチの学校とは違うデザインの学ラン姿の彼らの中から、黒い縁のメガネを付けた小柄の子と細い目が特徴的な男の子が一歩を踏み出し、俺といいんちょの前に歩み寄る。

「流紀さん。今日は仲が良い陸上部の先輩や後輩も連れてきたぜ!」

 2人の顔を見た瞬間、俺はハッとした。その右隣にいるウチのクラスの学級委員長は微笑みながら、首を縦に振る。

「ああ、姉妹校の鈴木くんと江藤くん。お久しぶりです。この前はありがとうございました」

「この前は?」といいんちょの右隣にいた俺は首を傾げた。

「ああ、覚えてる? 姉妹校訪問の時、マスコミの人たちから放送時間とかを聞き出して、倉雲くんにメモってもらったこと。実は、そのメモを鈴木くんたちに渡してたんだよ。地方の新聞記事はネットとかでも読めるけど、テレビのローカルニュースコーナーは地元民じゃないと簡単に見られないからね。だから、地元民の鈴木くんたちに頼んで、姉妹校訪問関連のニュース映像を録画してもらって、ウチのブックカフェまで送ってもらったんだ」

「裏でそんなことやってたのかよ!」と驚く俺の前で江藤は目を輝かせた。


「覚えててくれたんや!」

 興奮する江藤の声を聴き、いいんちょはクスっと笑う。

「それにしても、グッドタイミングだね。在庫20パックしか残ってない状況で、20人もお友達を連れてくるなんて。これで午前中の在庫完売だよ。少し遅かったら、みんな食べられなかったかもしれないから、みんな、ラッキーだね♪」


 それから、いいんちょは両手を合わせて、姉妹校の生徒たちの顔を見渡した。

「さあ、みんな、並んで。1人1パック手渡し販売しちゃうから!」

 サービス精神満載な対応を隣で見ていると、ドアが開き、1人の女の子が飛び込んでくる。


「どーも!」


「この声、まさか……」と驚き正面にいる女の子と俺の右隣にいる学級委員長の顔を見比べる。その顔はどちらも同じで、正面にいる子もいいんちょと同じ制服を着ている。

 人気アイドル、東野吹雪似の女の子が、2人も現れた。

 この事実に驚く姉妹校の生徒たちが視線を同時にいいんちょたちに向ける。


「マジかよ!」

「ご本人登場か?」



 どこかからそんな声も聞こえてきて、教室内がザワザワする。そんな空気を読み取った俺の正面に立っている人気アイドルは、「はぁ」と息を吐き出し、俺に背中を向け、右手の人差し指を唇に当てた。


「まず、周りの迷惑になるので、大声出さないでください。東野吹雪です。今日はこの学校の女子生徒に変装してお忍びで来てるので、目撃情報とかSNSに投稿しないでくださいね」



 その自己紹介を聞いた客たちは、驚き目を見開いた。

「この前の生放送以来の共演に立ち会えたんやな」

 江藤の呟きに対し、東野さんは首を横に動かす。

「まあ、プライベートで何回か会ってるから、久しぶりじゃないんだけどね。しばらく校舎内をぶらぶらしてるけど、午後からお仕事だから、こうやって会えたあなたたちはラッキーです。さて、私のそっくりさんが働いてる模擬店の焼きそばを堪能しましょうか」

「今いる姉妹校の陸上部のみんなが全員買ったら、売れ切れになるのだが……」

 右手を伸ばした俺と顔を合わせた東野さんが近くにいた姉妹校の男子生徒の顔をチラ見する。


「えっと、良かったら俺のを……」

そう申し出たのは姉妹校の鈴木だった。その声を聞いた東野さんが優しく微笑む。

「ありがとうね。名前は?」

「鈴木だけど……」

「ありがとう。鈴木くん」

 人気アイドルの声を耳にした鈴木の顔が赤く染まっていく。その一部始終に遭遇した周囲の人々は、羨ましい目で彼に注目した。



 貸し切り状態になった飲食スペースには、総勢20名の姉妹校の生徒たちがいる。そんな彼らを見ていたウチのクラスの学級委員長は深呼吸した。

「あっという間に売り切っちゃったね。じゃあ、私はここに残ってるから、みんなは少し早めの自由行動に入っていいよ」

 その声を聴き、南條さんたちが教室を出て行く。そして、この場に残った俺は、突然現れた東野さんと顔を合わせ、小声で話しかけた。

「ところで、どうしてここにいるんだ?」

「そうそう。人気アイドルっていうけど、ホントは暇なんじゃないの?」

 俺の意見に同意するように、いいんちょも小声で呟く。すると、東野さんは腹を立てた。

「さっきも言ったけど、午後からお仕事だから、暇じゃないよ。倉雲くんの通う学校の文化祭に興味があったからね。これから他の模擬店にも行くつもり。ということで、倉雲くん。付き合ってください」


 頬を赤くした人気アイドルが、頭を下げながら、右手を差し出す。

「でも、1時間後から心美と文化祭を楽しむ予定だからなぁ」

「だったら、1時間だけならいいでしょ?」

 そんな条件を出され、俺は首を縦に振った。

「ああ、分かった。1時間だけな。俺はこれから、隣のクラスにいる心美に会いに行くつもりだ」

「確か、メイドカフェだっけ? じゃあ、あまり時間ないみたいだから、早速行こうよ」

 東野さんが楽しそうに笑い、俺の右手を握ってくる。そんな双子妹の行動を近くで見ていたウチのクラスの学級委員長は、咳払いした。


「はい。じゃあ、みんな。今度はライブでお会いしましょう!」

 元気よく左手を振った東野さんは、俺と手を握ったままで教室から出て行った。



「おかえりなさいませ。ご主人様」

 教室のドアを開けた瞬間、どこかで聞いたようなセリフが俺の耳に届いた。

 その中でモノクロのメイド服姿の心美は動揺の表情で俺の顔を見つめてくる。

「奈央。休憩時間は1時間後のはずなのに、どうして……」

「ああ。午前中に販売する焼きそばが売り切れたからな。ちょっと早めの休憩時間になったんだ」

 軽く説明すると、心美は俺の右隣にいる東野さんに視線を向けた。

「私に会いに来てくれたのは、嬉しいけど、流紀ちゃんと一緒に来るなんて」

「悪いが、いいんちょじゃなくて……」

「椎葉流香です」

 心美の勘違いを修正する声を遮り、俺の右隣にいる東野さんが右手を振る。

「……なるほど。忙しくて来られないと思ったよ。流香ちゃん」


「あっ、心美ちゃん。最初に言っとくけど、1時間限定で倉雲くんと付き合うことになったから!」

 唐突な告白を耳にした心美の顔が怖くなる。

「奈央。どういうこと?」

「だから、付き合うっていうのは、交際するって意味じゃなくて……」

 慌てて両手を左右に振る俺の仕草から心美が視線を逸らす。

「もういいよ」

 

 どうやら心美を怒らせてしまったらしい。

 その原因を生み出した人気アイドルの顔を俺はジッと見つめた。

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