俺の家の隣の洋館に住んでいる同級生は、体育祭を楽しみたいらしい。午前の部
「只今より開会式を行います」
放送部のアナウンスの後、組ごとに分かれた生徒たちが整列して、校庭を一周するため動き出した。最初に入場した紅組が半周すると、いいんちょと俺が所属する青組の入場が開始。
全校生徒やその家族たちの注目の視線を浴びて、俺の左隣を歩く人気アイドル似の学級委員長は彼らに笑顔を見せ、右手を時々振っている。
その内、いいんちょは行進しながら、家族席に一瞬視線を向け、すぐに逸らす。
そして、動揺を顔に出した学級委員長は、「はぁ」と息を吐き出し、向けられる視線に対して笑顔で答えた。
明らかに様子がおかしいにも関わらず、平静を装うウチのクラスの学級委員長の横顔を俺は見つめた。この状況で俺にできることはあるのだろうか?
その答えが分からないまま、校庭を一周。そのまま校庭の中央に整列して、白組と黄色組が入場するのを待った。
開会式とラジオ体操も終わり、各組の待機場所へ向かった。
各組の色の屋根を六本のアルミの柱が支え、地面の上にブルーシートが敷かれている。
その手前で立ち止まり、向かい側に見える家族席に視線を向ける。
すると、面識のあるいいんちょのお父さんの右隣に、いいんちょと雰囲気が似ている女性が座っているのが見えた。
その二人は気まずい空気を漂わせている。
「心美の言うように、いいんちょと似てるな」
そう呟く俺が背後を振り返ると、その視線の先に人混みが見えた。
「吹雪ちゃん、握手お願いします。体育祭競技を頑張るためのチカラを分けてください!」
後方の人混みから、そんな声が聞こえてくる。おそらく、いいんちょが東野吹雪と間違えられているのだろう。
そんなことを思いつつ、テントの中へ足を踏み入れようとしたとき、背後から誰かが「奈央」と俺を呼び止めた。
その声に反応し、振り返ると、視線の先には体操服姿の心美がいる。
「敵情視察だよ。まあ、本当は奈央に会いたかったんだけどね」
優しく微笑む心美は、いいんちょを囲む人混みを見てから、首を縦に動かす。
そして、向かい合うように立っていた俺の両手を咄嗟に掴んだ。
「心美……」
突然のことに動揺する俺を他所に、心美と俺の両手が繋がれる。
「流紀ちゃん見てたら、同じことやってみたくなったの。こうしてたら、体育祭の競技を頑張れそうな気がして……」
「そうか」と短く答えた俺の頬が赤く染まる。同じように赤面した心美は、瞳を閉じて、俺の両手を優しく握った。
「イメージして。右から左にチカラが移動していく」
次第に彼女の体温も伝わっていき、俺の顔が真っ赤になった。
「えっと、心美、もういいか?」
そう尋ねると、心美は瞳を開け、首を横に振ってみせた。
「ダメだよ。徒競走の集合アナウンスが流れるまで離すつもりないから!」
「あっ、倉雲くん、イチャイチャしてるね!」
人混みの中から顔を出したウチのクラスの学級委員長が、両手を合わせて顔を出す。その頬は赤くなっていた。
「いいんちょ。あんまりジロジロ見るなよ」
「うーん。もうみんな見てるよ。相変わらずラブラブだね」
その一言を聞き、周囲を見渡すと、周囲から暖かい視線が俺たちに向けられていることに気が付いた。学年を問わず、多くの生徒たちが俺たちを見ている。
現在、行われている障害物競走よりも注目を浴びた俺の顔はタコのように真っ赤に茹で上がった。
「おっ、お前ら、障害物競走やってる生徒を応援しやがれ!」
そんなツッコミが空しく響き、5分が経過した頃、そのアナウンスが流れた。
「只今より徒競走の招集を開始します。参加される方は集合してください。繰り返します……」
放送部の声を耳にした心美が、ようやく俺から手を離す。
「あっ、時間だね。じゃあね。奈央。最初に走るから見逃さないでね。私、頑張ってくるから!」
「そうだな。応援してる」
笑顔の心美を見送り、いいんちょと一緒にテントの中へ入る。
そうして、空いているスペースに腰を落とすと、俺の右隣に座ったウチのクラスの学級委員長がクスっと笑った。
「さっきの良かったよ。応援してるの一言で大好きな彼女さんを送り出す。心美ちゃんも嬉しそうだったね」
「まあ、心美を応援してるのは事実だからな。ところで、松浦のこと、どう思っているんだ?」
唐突な俺からの質問に対し、いいんちょが唸る。
「うーん。松浦くんは、ただのクラスメイトだよ。私のことを好きになってくれたみたいだけど、まだ付き合うわけにはいかないから」
「そうなんだな」と返した間に、障害物競走に参加した青組の生徒が一着でゴールする。
そんなやり取りから5分が経過した頃、アナウンスが流れた。
「只今より徒競走を開始します。まずは、選手の入場です」
「あっ、心美ちゃんの競技、始まるみたいだね」
いいんちょの声を聴き、視線を右斜め前に向けると、スタート地点に多くの生徒が整列して集まっているのが見えた。
「心美の番は最初だったな」と呟き、走ろうとする心美に視線を送った。
それに気が付いたらしい心美は、右ひざを地面に付けたままで、俺と視線を合わせる。それから、一瞬笑顔になってから、顔を真下に向けた。
「On your marks. Set.」
スターターピストルの音と共に、参加者たちが一斉に地面を蹴り上げる。
「スタートの合図は、英会話同好会の柿崎さんです。今、一斉にスタートしました。3番レーンを走る白組、1番レーンの紅組を追い越して、一着でフィニッシュ!」
放送部の実況と共に、心美がゴールする。それから続いて、次々と他の参加者もゴール。
100メートルを駆け抜けた心美の姿を瞳に焼き付けると、右隣に座っていたウチのクラスの学級委員長が俺の顔を覗き込んだ。
「倉雲くん、嬉しそうな顔してるね」
「さっきも言ったけど、俺は心美を本気で応援してるからな」
「やっぱり、いいね。組が違ってもお互いを応援できる関係。憧れちゃうよ」
そう言いながら、いいんちょは、後方で野球部員たちに囲まれている松浦をチラリと見た。
「いいんちょ、ホントは松浦のこと……」
松浦の視線を伺うような行動を疑問に思った俺の声を聴き、いいんちょは瞳を閉じた。
「松浦くんは倉雲くんの代わりにはなれないから」
「えっと、それはどういう意味なんだ?」
いいんちょの答えに困惑すると、アナウンスが流れた。
「只今より玉入れの招集を開始します。参加される方は集合してください。繰り返します……」
「ほら、倉雲くん。玉入れに出るんでしょ?」
人気アイドル双子姉の学級委員長に背中を叩かれ、立ち上がる。
「ああ、そうだな」と答え、いいんちょに見送られた俺は、集合場所へと向かった。
目の前にあるのは、高さ約4メートルの鉄製の柱。その頂点には網目状の籠が取り付けられている。東西南北に配置されたソレの違いは、籠の紐の色のみ。
その周囲には、4色の楕円形の玉がバラバラに混ざって落ちていた。
そんな場所の中央に俺を含む合計40名の参加者が集まった。
「競技開始前にルールを説明します。東西南北に設置した自分と同じ組の色の籠に同じ色の玉を投げ入れてください。例えば、紅組の場合、赤いカゴに赤い玉を投げ入れたら、ポイントが加算されます。また、別の組の玉がカゴの中に入っていた場合、原点となります。陣地内には、別の組の玉も混ざっているので、ご注意ください」
放送部によるルール説明を聞いていると、ポニーテールの同級生の真剣な表情で見つめられた。その瞳には闘志が宿っているように見える。
「倉雲、勝負だ!」と声を掛けられた俺は同意するように首を縦に振る。
スターターピストルの音と共に、参加者たちが次々に自分たちの組と同じカゴに向かい走り出した。
陣地へ赴き、カゴの真下に散らばる玉を手に取り、次々に投げていく。
それから、あっという間に時間が過ぎていく、制限時間の3分間が経過した。
「はい。終了です。それでは、玉を数えてみましょう!」
アナウンスの後、カゴを支えていた柱が真横に倒され、一人の男子生徒がその先に立った。周囲を見渡すと、同じような生徒が見える。
「それでは、係の者に数えていただきます。1……」
淡々と玉が投げられ、2分ほどが経過した頃、青組のカゴが空になった。
「あっと、青組の玉がなくなった。2位確定。1位は黄色組だ!」
熱狂のアナウンスが校庭に流れ、俺は「はぁ」と息を吐き出す。
そして、玉入れが終わり、俺は青いテントに戻った。
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