第23話 ふたりの体育祭
俺のクラスの学級委員長は、体育祭が憂鬱らしい。
雲一つない青空の下、パンパンと花火が打ちあがる。
遂に迎えた体育祭当日。いつもの通学路を歩く心美は、俺の隣で両手を合わせた。
「あっ、こうやって体操服着て登校するのって、初めてだったね」
「そうだったな」と返しながら、俺は右隣に視線を向ける。
いつもとは違い、お互いに同じ体操服を着用して通学路を歩く。
そんな姿に見惚れていると、心美がクスっと笑った。
「そういえば、奈央の体操服姿をこんなに近くで見たのは初めてだよ。いつもは教室の窓の外から見てるから、特別な気分♪」
「そうだなって、いつも俺を窓の外から見てるのかよ! 初めて会った時にそんなことを言っていたような気がするが……」
「そうだよ。丁度、窓側の席だからね。つまり、奈央は私とは違うってことかな?」
素直に認めた心美がかわいらしく首を傾げる。
「ごめんな。窓側の席になったことないから、よく見えないんだ。本当は俺も心美が体育の授業を受けてるところを見たいんだが」
そんな本音を漏らすと、心美が俺の顔をジッと見つめた。
「うん。ウソは吐いてないみたいだね。ということで、今日は奈央に私が運動しているところを見てもらいます」
「そういえば、母さん、未来の娘が体操服姿で駆けまわってるのを見るのが楽しみだって言ってたぞ」
話題を切り替えると、心美が「あっ」と声を漏らす。
「お義母さんで思い出したわ。今日のお昼はお義母さんと奈央と私でお弁当を囲んで食べるんだよね? お義母さんと初めてのお食事会。楽しみです!」
「お食事会って……」と苦笑いする。
「因みに、私のお弁当は、お昼休みの時間帯に届くよう手配してあるから。遠足の時と同じように、私の手料理も入れてもらったから、お楽しみにね♪」
「そうなんだな。楽しみにしてるよ」
そう返すと、心美は嬉しそうに笑った。
校門を潜り、いつもの教室に顔を出し、自分の席に腰を落とす。
すると、隣の席に座り、溜息を吐き出したウチのクラスの学級委員長の姿が目に飛び込んできた。
それから、いいんちょは、俺の存在に気が付き、視線を俺に向けた。
「倉雲くん。おはようございます」
「おはよう、いいんちょ。珍しいな。朝から溜息なんて」
「ほら、体育祭って入場無料でしょ? 一応、生徒の家族に送った招待状がないと会場に入れないようになっているけど、それでも大勢の人が私のことを見に来るのは確実。注目度100パーセントだよ」
「はぁ」
「それと、自分の子どもが競技に参加している場面を写真や動画で撮影する人もいるでしょ? そう見せかけて、人気アイドルの写真や動画を盗撮する人も一定数存在すると思う。そんな人に送りたい言葉があります」
「何だ?」と疑問の声を口にすると、いいんちょは席から立ち上がり、胸を張った。
「盗撮、ダメ絶対!」
その声が教室に響いた後、左からクラスメイトが俺たちの元へ歩み寄る。
「いいんちょ。そのことだけど……」
いいんちょと一緒に声がした方へ顔を向けると、マジメそうなツインテールの女子、遠藤さんがいた。
「晴香ちゃん?」と首を傾げるウチのクラスの学級委員長の前で、遠藤さんは真剣な表情になった。
「生徒会側の対応として、盗撮対策のアナウンス原稿を用意しました。それを開会式
直前に、放送部が読み上げます」
「生徒会、頼りになりますね。嬉しいです。まあ、本当の闘いは、明日の文化祭。一般のお客さんが押し寄せるから、生徒会も対応が大変でしょう?」
「生徒会総動員で頑張ります」
そう遠藤さんが決意を口にしてから数十分後、アナウンスが流れる。
「全校生徒は速やかに校庭に集合してください。繰り返します」
放送部のアナウンスの後、俺たちは二列に整列して、体育祭が行われる会場に向かい歩き出した。
その直後、スピーカーから放送部が読み上げる注意事項放送が流れる。
「ここで、全校生徒や教職員、ご家族の方に注意事項をお伝えします。デジタルカメラやスマホ等で競技に参加する自慢の息子や娘の様子をSNS等に投稿する行為は禁止です。撮影した写真や動画は、個人でお楽しみください。繰り返します……」
「これが生徒会が用意したっていう原稿だな」
そう呟きながら歩みを進めると、左隣を歩くウチのクラスの学級委員長は納得の表情を浮かべた。
「そうみたいだね。というか、生徒会、何か企んでるよね? 私に恩を売って……」
「考えすぎだろ? あっ、そういえば、いいんちょの家族は体育祭を見に来るのか?」
そんな疑問の声を聴き、いいんちょは頬を緩め、俺の耳元で囁いた。
「お父さんなら来るけど、吹雪は学校があるから来ないと思うよ。まあ、吹雪と私は同じ顔だから、来られても困るけどね。家族席に生徒が混ざってるってことになったら、いろいろ面倒臭いし」
「お母さんは?」
「来るわけないでしょ? あんな人、顔も見たくないから」
冷たい目になったウチのクラスの学級委員長と共に、昇降口で靴を履き替え、校庭に向かい歩き出す。
その直後、前方を見ていた学級委員長に異変が起きた。
不意に顔を上げると、顔を青くして、体を小刻みに震わせた学級委員長の姿が見える。
「えっ」と声を漏らすいいんちょのことが心配になった俺は、彼女の右肩に優しく触れた。
「いいんちょ、どうしたんだ?」
「倉雲くん、さっき、私のお父さんがお母さんと一緒に家族席に向かって歩いてる姿が見えたの。一瞬だったから、よく分からなかったけど、気まずい感じだった」
「いいんちょのお母さんかぁ。いいんちょと似てるって心美が言ってたような気がする」
「……そうなんだ。心美ちゃん、私のお母さんに会ったことがあるんだね。知らなかったなぁ」
いいんちょは、明らかに動揺を隠しきれていない。
そんな学級委員長を心配する間に、放送部の注意事項放送が再び流れた。
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