俺の家の隣の洋館に住んでいる同級生の親友は神経衰弱がしたいらしい。

 体育祭開催五日前の日曜日の朝、リビングでテレビを見ていると、インターフォンが鳴り響く。その音を聞きつけ、慌てて玄関に行き、ドアを開けると同時に、「おはよう」といういつもの声が聞こえてきた。


「おはよう。心美……」と挨拶を返し視線を前方に見える心美に向ける。すると、その姿を見た俺は思わず目を丸くした。

 心美が着ているのは、白と黒を基調にしたメイド服。映画やドラマで見かけるその姿で心美は俺の家にやってきた。そのことに困惑の表情を浮かべていると、メイド服姿の心美がクスっと笑う。


「ああ、これは文化祭で着るメイド服だよ。まあ、ホントはこの服でメイドとしてのお仕事もしてるんだけどね。この姿を最初に見てほしかったから、今日は会いに来たよ」

「そうなんだなって、お母さんが玄関のドア開けたらどうするつもりだったんだ?」

「あっ、お義母さんのこと忘れてた。でも、良かったよ。今日は奈央が出迎えてくれたから」

 額に右手を置いてから、笑顔が向けられる。その顔にドキっとした俺は頬を赤くした。

「まあ、お母さんは買い物に出かけてるから、今は俺しかいないんだけどな。じゃあ、入りなよ」

「おじゃまします」

 首を縦に振った心美が俺の家の中へ足を踏み入れる。それから心美は、靴をキレイに揃え、俺と共にリビングへ向かった。


 そのままソファーに座った心美はチラリと壁時計を見て、近くにいる俺に視線を向ける。

「私、午前11時になったら家に帰らないといけないんだよ。ちょっと予定が入っててねだから、1時間くらいしか一緒にいられないみたい」

「そうなんだな。じゃあ、あんまり時間ないみたいだから、何するか早く決めよう」

「そうだね。まあ、私は奈央と一緒にテレビ見るだけでもいいんだけど……」

 丁度その時、再びインターフォンが鳴り響く。

 特に誰も呼んでいないのに、今度は誰だろう?

 そんな疑問を胸に抱た俺は心美の前で頭を下げた。

「ごめん、心美。誰か来たみたいだから、玄関行ってくる。すぐ戻ってくるから」

 そう伝えてから、心美に背を向け、リビングから飛び出す。


「おはようございます。倉雲さん」

 玄関のドアを開けた先に立っていたのは、榎丸さん。

 いつもと同じ水色のワイシャツと黒いハーフパンツの上に白衣を纏った姿でやってきた榎丸さんと対面した俺は目を点にした。

「えっと、榎丸さん。今日はなんでウチに来たんだ?」

「もちろん、倉雲さんに会いたくてというのは、冗談でね。今日は倉雲さんとやってみたいことがあったから。いいでしょ? 家に入っても」

「まあ、別にいいと思うけど、今は心……」

「ありがとうございます。じゃあ、おじゃまします」

 言葉を遮り、微笑んだ榎丸さんが、俺の家の敷居を潜った。

 そして、玄関にキレイに揃えられた靴があることに気が付くと、体を半回転させて、首を傾げる仕草をする。

「あっ、もしかして、誰かいるのかな?」

「ああ、今リビングに心美がいるんだ」

「そうなんだ。ホントは昔みたいに、2人きりで遊びたかったんだけど、まあいいや」

「おい、幼馴染みたいな発言やめろ」

「まあまあ。運命が違ってたら幼馴染になれてたかもしれないんだからさ。気にしないでよ」


 両手を左右に振る榎丸さんと顔を合わせた俺は溜息を吐き出した。



「ヤッホー。心美ちゃん」

 リビングに顔を出した榎丸さんが右手を振る。突然の登場に心美は無表情になった。

「奈央。どうして一穂ちゃんがいるの?」

「遊びに来たらしい」

「……そうなんだ」と短く答えると、榎丸さんはジッと心美の顔を見つめて、顎に右手を置いた。

「そういえば、珍しいね。心美ちゃんが家以外でメイド服着るなんて……」

「今日は奈央に私のメイド服姿を見てほしくて。文化祭でみんなに見てもらう前に」

「ふーん。みんなに告白するつもりなんだ。心美ちゃんが資産家令嬢兼メイドだって」

「一穂ちゃん。違うよ。文化祭でメイド喫茶やることになったから、メイド服姿を最初に奈央に見てほしくて」

 慌てて両手を左右に振る心美と対面した榎丸さんがクスっと笑う。

「なるほど。正体バラすつもりないみたいだね。それにしても、文化祭って楽しそう。私も行こっかな?」


 興味津々な表情で見つめられた俺は首を縦に振る。

「そうだな。一般人が来ても大丈夫だから、来てもいいと思うぞ」

「それなら、倉雲さんにエスコートを……」

「ダメです。奈央は私の彼氏だから、一緒に行動します!」

 両手を合わせて頼み込む榎丸さんの声を、心美が遮る。それから心美は俺の顔をジッと見て、無言の圧力をかけた。

「悪いな。俺は心美と一緒にいたいんだ」

「……まあ、いいや。今回は諦めてあげる。さて、そろそろ遊ぼうよ。真剣衰弱で!」

 ビシっと右手の人差し指を立てた榎丸さんを前にして、俺は目を点にした。


「榎丸さん。神経衰弱したかったんだな」

「そうだよ。昨晩、神経衰弱芸能界ナンバーワン決定戦って番組観てたら、久しぶりにやりたくなったんだ」

「ああ、東野さんが準優勝したあの番組か」

「そうそう。昔みたいに完封してあげる!」

「ねぇ、奈央。昔みたいにってどういうこと?」

 淡々とした口調で尋ねてくる心美と顔を合わせた俺は身を振るわせた。今まで見たことがない怖い顔になった心美の問いかけに答えようとすると、榎丸さんが一歩を踏み出した。

「内緒にしてて申し訳ないけど、この前、オンラインでやったんだよ。最近は神経衰弱のオンラインゲームもあるからさ」

「ふーん。そうなんだ」と榎丸さんの答えに心美が納得の表情を浮かべる。そのあとで、榎丸さんは俺に耳打ちした。


「やっぱり、心美ちゃんにはあのことを秘密にしとかないとね。ウソ吐いちゃった」

「はぁ」と小声で呟くと、遠くからドアが開く音が聞こえてくる。

 それから、数秒ほどでエコバッグを抱えたお母さんがリビングに顔を出した。


「ただいま。奈央。なんかお客さん来てる……」

 そう俺に語り掛けながら周囲を見渡す俺のお母さんは目を丸くした。その視線の先には、メイド服姿の心美の姿がある。

「奈央。どうして、心美ちゃんにメイド服着せてるの? そういう趣味なの?」

 ジド目で首を傾げるお母さんと顔を合わせた心美が慌てて両手を振る。

「お義母さん。違います。今度の文化祭でメイド喫茶をやることになったから、今日は衣装の試着をしているんです。やっぱり、この姿は奈央に最初に見てほしくて」

「あら、素敵ね。やっぱり、自分のかわいい姿は、大好きな人に一番に見てほしいものよね」

「はい!」と心美が明るく答える。

 

 それから、お母さんは心美の近くにいた榎丸さんに視線を向けた。

 そのことに気が付いた榎丸さんが頭を下げる。

「あっ、倉雲さんのお母さん。お久しぶりです」

「今日は一穂ちゃんも来てたのね」

「はい。これから心美ちゃんと倉雲さんと私の3人で真剣衰弱で遊ぶ予定です」

「なるほどね。じゃあ、母さんも参加しようかな? 未来の娘とトランプで遊ぶなんて、最高な日曜日だよ!」

「いつの間にか、私も参加することになってるんだけど……」

 明るい表情のお母さんの隣で、心美が目を点にする。


「まあまあ、細かいことは気にしない。ということで、神経衰弱大会スタートです!」


 榎丸さんの笑顔と共に、カードが無作為に並べられ、その周りを俺たちが囲んだ。

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