俺のクラスの学級委員長は、ラブレターに興味があるらしい。

 人気アイドルとの優雅なティータイムの翌日の朝、学校の下駄箱の前で俺は唸り声を出した。目の前にあるのは、いいんちょと付き合いたいクラスメイトの下駄箱。

 開かれたそこには、上靴が置かれ、問題の彼がまだ来ていないことが分かる。


 制服ズボンのポケットの中で握ったのは、人気アイドルでいいんちょの双子妹の東野吹雪から受け取ったメッセージ。これを松浦に渡してくれと昨日の放課後頼まれたが、果たして、どうやって渡せばいいのだろうか?

 

 とりあえず、心美と通学してから昇降口へ戻ってきて、松浦の下駄箱の中に手紙を置けばいいと思ったが、この手口は明らかにラブレターだ。


 思考を巡らせながら、不審にキョロキョロと周囲を見渡す。


「今なら大丈夫だよな? 目撃者もいないみたいだ。エイ!」


 強行突破。素早くズボンのポケットから手紙を取り出し、松浦の下駄箱の中へ突っ込む。それから、静かに下駄箱の扉を閉め、「ふぅ」と息を吐き出した。


「おい、倉雲。何やってんだ?」

 ホッとしたのもつかの間、背後から聞き覚えのある声が聞こえ、俺はギクっとした。背後を振り返ると、ポニーテールの同級生の姿が見える。

 その直後、「奈央」と呼びかけながら、心美も昇降口へ戻ってきた。

「奈央に会いに行ったら、いなかったから、探したよ。ところで、そこで何してるの? 渡辺さんと一緒にいるなんて、珍しいね」

「なっ、何って、下駄箱の場所を間違えたの思い出したから、元の場所に戻してたんだ。一応、言っとくと、渡辺さんはさっき来たばかりだからな。偶然会っただけなんだ」

「なんか怪しいけど、まあ、いいや。じゃあな。倉雲」

 渡辺さんが納得の表情を浮かばせながら、俺たちから遠ざかっていく。その一方で、心美は真顔になった。

「ねぇ。奈央。何か私に隠し事してない?」

「別に隠してないよ。俺は手紙を松浦に届けてくれって、松浦に頼まれただけで」

「奈央、まさか私に黙って吹雪ちゃんと……」

「昨日の放課後、呼び出されて、優雅なティータイムを楽しんだ」

 正直な答えを耳にした心美の目が怖くなり、俺は思わず身を震わせた。


「吹雪ちゃんとそんなことしてたんだね」

「いいんちょと松浦のことで相談したいことがあるって誘われてな。ふたりの関係が進展していないのなら、あの手紙を松浦に渡してほしいって頼まれたんだ」

「そうなんだ。事情は分かったよ。その手紙でふたりの関係が進展するといいね」

 ようやく納得した心美が優しく微笑む。

「そうだな。俺も中身は読んでないが、いいんちょのことを知り尽くした妹の作戦だから、上手くいくと思う」

 そんな期待を胸に抱き、俺と心美は教室へ戻った。


 それから、15分ほど経過した頃、クラスメイトの松浦が慌てた表情で二年B組の教室へ飛び込んできた。ドアが勢いよく開き、教室の中にいた多くのクラスメイトたちが一斉に注目の視線を向ける。


「ヤベェ。ラブレターだ!」

 大声で東野吹雪ファンのドルオタ野球部員が叫び、俺の隣の席のいいんちょがラブコメ小説の文庫本を閉じ、その場から立ち上がった。

「ふーん。ラブレターね。このご時世に、そんな古典的な手口で好意を伝えてくる人がいるなんて、ビックリです。松浦くん。差出人は誰かな?」

 目を輝かせ、興味津々な表情になったウチのクラスの学級委員長が、松浦との距離を詰めるため、一歩を踏み出す。

「えっと、苗字は書いてねぇな。名前の読み方あってるか分からんが、ルカって書いてあるぞ」

 松浦が白い封筒の右下に記された文字に視線を映すと、いいんちょの足が止まった。

「ねぇ、松浦くん。ルカってどんな字?」

「こんな字だ」と松浦はいいんちょの元へ歩み寄り、手にしていた白い封筒をいいんちょに差し出した。

 その文字を瞳に映したいいんちょの頬が緩む。

「……なるほどね。それで、まだ中身すら読んでないようだけど、どうするの? 放課後や昼休みに体育館裏で呼び出されて、告白されたら……」

「もちろん、断るさ。俺、いいんちょのことが好きだから」

 ハッキリとした即答に、周囲のクラスメイトたちが松浦といいんちょの二人に注目の視線をぶつける。それから、数秒の沈黙が流れ、いいんちょが溜息を吐き出した。

「また公開プロポーズのつもり? 松浦くんには悪いけど、私はまだあなたを彼氏として認めないから」

 冷たい表情で首を横に振ったウチのクラスの学級委員長は、松浦に背を向け、自分の席に戻った。

 

 そんなやりとりを見ていた俺と心美は互いの顔を見合わせる。そして、俺たちは、悲しい顔でその場に立ち尽くす松浦の元へ歩み寄った。

「松浦、元気出せよ。とりあえず、そのラブレター読んだ方がいいと思うぞ!」

 ポンと松浦の右肩を叩き、励ますと、松浦は首を縦に振った。

「そうだな」と返したドルオタ野球部員が、封に張られたハートのシールを剥がし、中に入っていた便箋を取り出す。

 そこに記された文章を俺と心美も覗き込んだ。



 もしもあなたの好きな人が魔獣になっても、あなたはその人を好きになるのでしょうか?

 その答えを好きな人に伝えてください。


「どんなアドバイスだよ!」

 思わず飛び出したツッコミを聞き、心美と松浦が眉を顰める。

「うーん。難しい問題だね」

「そうだなって、倉雲。あの文章がアドバイスだって見抜いたってことは、この手紙の送り主は……」

 クラスメイトの追求を受けた俺は目を泳がせた。

「そういえば、ある人に松浦といいんちょの関係について相談したら、こんなことを言われたよ。松浦は人気アイドルと恋してる気分になりたいだけなんじゃないかって。そんなことないってことが伝われば……」

 言い切るよりも先に、俺の隣にいた松浦が動き出した。

 何かを覚悟したような真剣な表情の野球部員は、自分の席に座り、文庫本を読みだしたウチのクラスの学級委員長の前に立つ。


「俺、いいんちょが人気アイドルとそっくりじゃなくても、好きになってたと思う」

 赤面するクラスメイトの想いが周囲の同級生たちの耳にも届く。

 すると、いいんちょは文庫本を閉じ、クスっと笑った。

「何それ? まあ、そこまで言うんなら、証拠を見せてもらおうかな? 人気アイドルの東野吹雪よりも私のことが好きなんだっていうことが証明されたら、付き合ってもらうから」

「いいんちょ、付き合うって……」

「勘違いしないで。交際するって意味じゃなくて、相談相手になってほしいってだけだから」

 そう言いながら、ウチのクラスの学級委員長は頬を赤く染めながら、瞳を閉じた。


 いいんちょと松浦の関係が少しずつ変化している。

 そう感じた俺と心美は互いに微笑んだ。

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