俺の家の隣の洋館に住んでいる同級生の親友は、出生の秘密を知ってしまったらしい。前編

 いつもと同じ榎丸病院の屋上へ心美と一緒に向かい、周囲を見渡した。

 そんな俺は右手にコンビニのレジ袋を持ち、溜息を吐き出す。

「今日は来てないのか?」

 無駄足だったかもしれない。そう思った俺の隣で心美は首を横に振り、右方を指差した。

「奈央、待って。あっちのベンチの上に一穂ちゃんが座ってる」

「なんだと!」と驚き、指差された方向へ視線を向けると、そこには確かに榎丸さんがいた。

 いつも通りな制服の上に白衣を纏う黒髪ショートカットの女の子は、俺たちの存在に気が付くことなく、夕闇に染まった街並みを見つめている。


「やっぱり、ここにいたんだな」

 そう声をかけながら、ベンチに座る榎丸さんの元へ心美と共に歩み寄る。だが、榎丸さんは眼前に立った俺たちの存在にようやく気が付き、少し遅れて声を出した。

「……あっ、倉雲さんと心美ちゃん。会いに来てくれたんだ」

 その表情に異変を感じる。その顔からはいつもの明るさを感じることができない。明らかに様子がおかしい。

「ああ、心美から聞いたんだ。最近様子がおかしいって。何があったか知らないけど、とりあえずコンビニでプリン買ってきた」

「……そうなんだ。じゃあ、ありがたくいただこうかな?」

 そう言いながら、無表情のまま俺が持っていたコンビニのレジ袋に向け右手を伸ばす。その反応も違和感がある。

「待て。やっぱり、おかしくないか? いつもなら明るく目を輝かせて、嬉しそうな顔になってたのに、今日の榎丸さんは変だ」


「そんなことない」とあっさりと否定してみせた榎丸さんが微笑む。そんな親友と顔を合わせた心美はジッと榎丸さんの顔を見つめた。

「ウソ。一穂ちゃん、無理して笑ってるように見えるよ。なんか難しい問題を一人で抱えてるみたい」

 心美の指摘を聞いた榎丸さんは目を泳がせた。

「それは考えすぎさ」

「いや、心美の言う通りだ。なんか悩みでもあるんだったら、俺たちが相談に乗る」

「そうだよ。こんなの一穂ちゃんらしくない。私はいつもの明るい一穂ちゃんのことが好きだから」

 真剣な俺たちの声を聴き、榎丸さんは涙を落とす。

「あんな真実、知りたくなかった。私は生まれてくるべきじゃなかった」

 泣き顔を両手で隠す榎丸さんの前で、俺たちは首を傾げた。


「それってどういうことだ?」

「ちゃんと説明して! 何があったの?」

「私がいたら、心美ちゃんは倉雲さんと婚約できなくなる。そんなことになるくらいなら、私は死……」

「いい加減にしろ!」

 話が嚙み合わない榎丸病院院長の一人娘の言葉を遮り、大声で叫んだ。その叫びに榎丸さんは目を丸くする。

「榎丸さん、死ぬって言おうとしただろ? そんなのダメだ。何があったか知らないけど、俺たちは榎丸さんの味方なんだ!」

「私も相談に乗るよ。一穂ちゃんは私の友達だから、何があったか教えて」

 俺の隣で心美も首を縦に振る。そんな俺たちに対して、顔を上げた榎丸さんは肩を落とした。そうして、ベンチの上に置いてあったカバンの中から茶色い長封筒を取り出す。


「結論から述べると、私は倉雲さんのお姉ちゃんだった。それがその証拠さ」

「えっ!?」

 突然な告白に俺は言葉を失った。視線と隣に向けると、心美も目を見開き驚いていいる。

「どういうこと? 奈央のお姉ちゃんって……」

「心美ちゃん。ごめん。今まで黙ってたけど、私は10年くらい前から倉雲さんと会ってたんだ。まあ、小さい頃に一度だけ遊んだだけで、なぜか疎遠になっちゃったんだけどね」

「そんな……」

 驚きを隠せない心美は両手であんぐりと開いた口元を隠す。

「あの時、倉雲さんの幼馴染になれると思ったのに、なれなかった。その理由を突き止めたかったけど、真相は残酷なモノだった。この真実を心美ちゃんのお父さんたちが知ったら、心美ちゃんは倉雲さんと婚約できなくなる。私はふたりの恋の邪魔をする存在だったのさ」

 そう言いながら、榎丸さんは涙を瞳に溜め、夕日に染まった空を見上げた。

「意味が分からないのだが……」

「私の本当のお父さんは、倉雲一郎。キミのお父さんなんだ。つまり、私は倉雲さんの腹違いのお姉ちゃんだった。私は愛人の娘として生まれてきたんだ」



「ウソだ」と否定してみせても、目の前に座っている榎丸さんは、証拠を突き付けてくる。封筒から書類を取り出すと、それを俺の前に突き出した。

「見て。DNA鑑定書。1枚目は私とこの病院の院長先生、私と一緒に暮らしてるお父さんの結果。遺伝子上、親子関係は認められなかった。だけど、2枚目では認められているの。密に入手したキミのお父さんの髪の毛と私のDNAを照合したら、親子関係が発覚した」

 目の前で2枚の鑑定書を見せられた俺は唖然としてしまう。

「……ちゃんとした証拠があることは分かった。でも、理解できないんだ。父さんに愛人の娘がいるとは思えない」

「奈央の言う通りだよ。夏休みに会ったお義父さんは、不倫をするような人には見えなかったから。何か理由があると思う」

「どんな理由があったとしても、愛人の娘という真実は覆らない。将来的に倉雲さんも私と同じ境遇の子どもを産むかもしれない。そう心美ちゃんのご両親が判断したら、倉雲さんは心美ちゃんの婚約者になれない。そんなことになるくらいなら、私は……」


「榎丸さん!」

 暗い表情の榎丸さんの声を遮り、激昂する。怒りを瞳に宿した俺は、真剣な表情で榎丸さんと向き合った。

「俺と心美にとっての致命傷になるから自殺なんて、俺は認めない。そうやって、自分の命を犠牲にしても、俺たちは絶対に喜ばない。俺と心美の婚約が正式に決定したら、一緒に喜んでほしい」

「私も奈央と同じだよ。死んだらダメだから!」

 本音をぶつけられた榎丸さんは、溜息を吐き出し、ベンチから立ち上がる。そうして、榎丸さんは右手の人差し指をビシっと立てた。

「じゃあ、約束して。私の所為で婚約できなくなっても、恨まないって」

「ああ、恨まないし責めるつもりもない。これが俺の本音だ。それと、俺の母さんからの伝言がある。またウチに来て。プリン買って待ってるから」


「プリン♪」と先程までの暗い顔から一転した榎丸さんが、いつもと同じ笑顔を俺に向けてくる。

 その顔を見て、俺はホッとした表情になった。

「良かった。いつもの榎丸さんに戻ったみたいだな」

「倉雲さんと心美ちゃんの必死な説得聞いてたら、自殺願望なんてどこかに吹っ飛んだ。さあ、倉雲さん、お姉ちゃんのために買ってきたプリンを私に!」

「いきなりお姉ちゃんって主張したけど、事実だから問題はない」

「同い年だけどお姉ちゃん。これで倉雲さんとの距離も縮まった気がするなぁ。この際、呼び方を倉雲さんから奈央に変えようかな?」

 その直後、俺の隣にいた心美は咳払いした。

「それだけはダメです」

「残念」と榎丸さんが肩を落とすと、俺は右手を挙げる。


「そういえば、明日父さんが帰ってくるんだ。この際、父さんと対峙してみたらどうだ? 今なら母さんがプリン買ってくるぞ」

 俺の発言を聞き、榎丸さんはクスっと笑う。

「じゃあ、明日の放課後、お邪魔しようかな。本当のお父さんとの直接対決。すごく楽しみ♪」

 明るく笑う榎丸さんが右手を前に伸ばす。その仕草を見て、俺は手に持っていたコンビニのレジ袋を渡した。

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