俺の家の隣の洋館に住んでいる同級生が謎すぎる!

山本正純

spring lavender

第1話 出会い

俺の家の隣の洋館に住んでいる同級生は、相合い傘がしたいらしい。

 道化師。おかしな言動や行為をすることによって周囲の人々を楽しませる存在。


 この街の中学校には道化師と呼ばれる生徒がいるらしい。

 その存在を知る者は同じ学校に通う一部の生徒しか知らない。SNSに道化師のことを投稿したら、必ず『そんな中学生がいるはずがない!』という趣旨のコメントが届く。

 あの日までは、俺も都市伝説だと思っていた。


 俺に残された時間は、そんなに残されていなかった。机の上にキレイに並べられた制服。これに数分間で着替えなければ、気の短い女子たちを怒らせてしまう。

 女子生徒たちは別に用意された更衣室で時間をかけてゆっくり着替えることができるのに、不公平ではないかと俺は思った。


 本日最後の授業の体育は運動神経ゼロの俺にとって苦痛でしかない。止まっているサッカーボールすら蹴れず、同級生に笑われた。

 唯一の救いは、制服のズボンのベルトを締めるのと同時にドアをノックする音が聞こえたこと。何とか間に合ったと安堵する。

「どうぞ」

 別の男子の声と共に女子たちが教室に戻り、いつものように終礼が行われ、いつものように帰宅する。

 

 中学2年生としての生活に慣れ始めた5月。あの日出会った彼女は、俺の日常を変化させた。


 下校口に向かい、ふと空を見上げると、一粒の雨が落ちてくる。降り始めた雨は少しずつ強くなっていく。

 天気予報は晴れだったため、俺は傘を持っていない。通り雨なら雨宿りして天候が回復するのを待てばいいと下駄箱の前で考えている間に、他の同級生たちは家へと帰っていく。すると、突然俺の学ランの裾を誰かが掴んできた。


 誰かと思い、背後を振り返ると、そこには面識がないロングヘアの少女がいた。左わけの前髪を、ラベンダーの花をモチーフにしたヘアピンで止めた美少女は、優しく微笑み、手にしていたビニール傘を差しだす。

「はい。傘がなくて困ってるんでしょ?」

「ありがとう。誰だか知らないが助かった。これは明日返す……」

 頭を下げ感謝する俺に、その少女はグイグイと距離を詰め、意外な言葉を口にした。

倉雲くらくも君。一緒に帰っていい。同じ傘に入って」

 この瞬間、俺の思考回路は停止した。目の前にいるのは、名前も分からない初対面の少女。その容姿はかわいらしいと思うが、これは一体どういうことなのだろうか?


 困惑の表情で彼女に尋ねる。

「お前は誰だ? なぜ俺が初対面のお前と一緒に帰らなければならない?」

 初対面の女子をお前呼ばわりするのは失礼ではないかとも思ったが、少女はそんなことを気にする素振りもなく、微笑む。

「あなたの家の隣に、大きな洋館があるでしょう?」

「ああ、ラベンダー屋敷だったな」

「じゃあ、一緒に帰っていいよね? 同じ傘に入って」

 意味が分からない。名前も知らない少女は、強引に俺と帰ろうとしている。

 

 このまま彼女のペースに呑まれてしまえば、初対面の少女と相合い傘をして帰ることになる。それだけはどうしても避けたいと危惧する俺は再び少女に尋ねた。

「まずは名前を聞こうか?」

小野寺心美おのでらここみ

「じゃあ小野寺さんでいいな? 小野寺さん。どうしてキミは、俺と一緒の傘に入って帰らなければならないんだ?」

「一緒の方向だから」


 馬鹿の一つ覚えの如く、小野寺さんは同じ言葉を繰り返す。その態度に俺は呆れた。

「そこまではいいよ。でもあのラベンダー屋敷に住んでいるんなら、送り迎えの車が来るんじゃないのか?」

「この中学校の校則には、送り迎えは原則禁止と記載されているよね? だから送迎車は来ない」

 小野寺心美と名乗る自称資産家令嬢は、生徒手帳を開き、俺に見せる。そのページにはハッキリと『生徒の送り迎えを禁じる』と記載されていた。

「あの洋館に住んでいるということは、結構な金持ちだろう。そんなお嬢様が一人で歩いていたら、すぐに誘拐されるんじゃないか?」

 こういえば確実に引き下がるだろうと思ったが、彼女は一つ上手だった。

「大丈夫。そういう連中とは仲が良いから」


 笑顔でそう語る彼女の言葉の意味が分からない。誘拐犯と仲が良いラベンダー屋敷のお嬢様。そんな人物がいるはずがない。

 そもそも、あの洋館の住人がどこにでもある平凡な中学校に通っているという話もおかしいし、そんな話を聞いたことがない。


 この女子はラベンダー屋敷の住人のフリをしているのかもしれないという疑念を抱く。だが、だとしたら、彼女の目的は?


 分からないことだらけな中、目の前の美少女は彼の背中に手を置いた。

「ねえ、そろそろ帰ろうよ」

「だから、どうして相合い傘をして帰らなければならないって聞いているんだ? 他にも理由があるんだろ?」

 この質問に彼女は黙り込む。少し意地悪をし過ぎたと反省したが、彼女は沈黙を一分で打ち破った。


「特に深い理由はないんだけど、強いていうなら、天使があなたと一緒に帰れと命令してきたものだから」

 この言動を聞き、俺は自然と笑みをこぼした。彼女の言動からは、相手を笑わせようという意図が感じられない。そこにいる天然な少女の前で俺は腹を抱えて笑う。

「何だよ。それ。こんな面白いことを言う女子に初めて出会った。これが中二病という奴か。初めてだ」

 中二病と聞き小野寺さんは頬を膨らませる。

「自分を漆黒の聖騎士ダークナイトとか、ファントムアサシンと呼ぶ意味不明な連中と一緒にしないで!」

「同じようなもんだろう。何が天使の命令だ」

「だから、1週間前にお屋敷の中で天使と交信したら、倉雲君と一緒に同じ傘に入って帰り道を歩いたら、前世の罪が償われると聞いたから、この1週間、倉雲君を追跡して……」

「前世の罪ってやっぱり中二病じゃないか」


 ツッコミをいれながら、俺はある感情に気が付く。小野寺の天然なボケにツッコミを入れる行為が楽しい。

 このまま彼女と友達になるのも悪くない。

 このまま彼女と一緒に帰るのも悪くない。

 気が付いたら、俺は小さく首を縦に振り、ビニール傘を開いていた。

「分かった。一緒に帰る」

 嬉しそうな顔で頷く小野寺さんは俺の傘の下に入る。


 このまま俺たちは相合い傘をして帰り道を歩くはずだった。校門に向かって一歩を踏み出した瞬間に雨が降りやみ、青空が広がるまでは。

 これまで雨が降っていたなんてウソだったような雲一つない空の下で、小野寺さんはゆっくりと俺の顔を見て微笑む。

「ごめんなさい。相合い傘じゃないと、前世の罪は償えないみたいだから、このまま一人で帰るね。その前に、倉雲君にプレゼント♪」


 そう言いながら、小野寺さんは、鞄から一輪のラベンダーの花を取り出す。

「庭で栽培してるラベンダー。花言葉は明日に期待して。この花を見ていると、毎日を明るく生きることができるんだよね。倉雲君にぴったりでしょう? 明日に期待して、学校生活を楽しんでね。それと、体育のサッカー、教室の窓から見てたよ。すごく面白かった」

 小野寺さんが優しく微笑み、走り去る。そして、俺の手の中には、一輪のラベンダーの花があった。

「なんだ。あの自称資産家令嬢、変なヤツだったな」

 小声で呟き、帰り道を歩く。その道中、俺は思い出した。小野寺心美は貸そうとした傘を俺に渡したまま帰ったのだ。その傘は明日返せばいい。そう思いながら、水溜まりが残る通学路に一歩踏み出した。


 その日の夜。自分の部屋の机の上にあるノートパソコンの前に座った。いつもの時間に、日記代わりのブログの更新。毎日楽しくキーボードを叩く。


『今日の放課後、変な女子中学生に出会ったんだ。その女子は街で一番の大金持ちらしくて、一緒の傘に入らないと前世の罪が償えないって言いやがった。結局、雨は降り止んだから、相合い傘は免れたけど、去り際に一輪のラベンダーの花をプレゼントして姿を消した。一体アイツは何だったのか?』


 こんな文面のブログが更新されて1時間後、こんなコメントがブログに届いた。

『そんなお嬢様がいるはずがないだろうが。作り話乙』

 これと同じ趣旨のコメントが次々と増えていく。


 この瞬間、俺は察した。小野寺心美。彼女が、この街に存在する道化師の正体だと。

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