俺のクラスのドルオタ野球部員は、人気アイドル疑惑の学級委員長の食レポが聞きたいらしい。

 新幹線に揺られ、新神戸駅に降り、駅前にある駐車場にまとまって歩くと、4台の大型バスが見えてきた。

 各クラスと同じアルファベッドのマグネットが運転席の窓に張られているので、それを目印にして、貸し切りバスに乗り込む。

 新幹線では席が離され、朝に会ってから一度も心美と話せていない。なんとか他のクラスにいる心美と一緒にいる時間を確保したいと悩みながら、指定された席に座ると、簡易的なテーブルが開いていた。


 その上に黒い重箱が置かれていて、俺は思わず目をパチクリとさせた。


「そうきたかぁ」と呟くウチのクラスの学級委員長が、窓側の席に腰を落とす。それに続けて、いいんちょの隣に着席した。


「貸し切りバスに乗り込んでから、お弁当を配布していくパターンかと思っていたら、最初から準備されてたなんて、驚きです」

 両手を合わせ感激するいいんちょの隣で、俺は苦笑いした。

「それにしても、修学旅行初日の昼食がお弁当っていうのもなぁ」

「まあまあ。もうすぐお昼の時間だし、これからこのバスに乗って、姉妹校訪問しないといけないんだから、どこかのレストランで食事する時間もない。仕方ないよ」

「そもそも、修学旅行で姉妹校訪問する必要があるのかが分からん。他の中学は遊園地や水族館にいけてるのだが、ウチの学校はマジメすぎて、そういうところには行かないからな」


 思わず口から出てしまった愚痴を聞き、いいんちょはクスっと笑う。


「要するに、大真面目な校外学習より、他のクラスにいる彼女との思い出をいっぱい作ることの方が大切だって考えてるのかな?」

「そうだな。やっぱり、俺は心美と一緒にいたいらしい。そういえば、心美はいいんちょのことを羨ましいって思ってるみたいだぞ。この修学旅行中、いいんちょが常に俺の隣に座ってるからだってさ」

「そうなんだ。じゃあ、修学旅行中は心美ちゃんにいっぱい倉雲くんの写真を送っちゃおうかな? 時々、私と倉雲くんがイチャイチャしてるツーショット写真も送ってね」

「おい。それだけはイヤだからな!」


 そうこうしている内に、クラスメイトが全員がバスに乗り込んだことが確認され、貸し切りバスが動き始めた。


 その間に、一番前の席に座っていた松浦がマイクを握り、着席する同級生たちの方を見た。


「ええ、修学旅行初日のお昼は、目の前にあるお弁当です。それでは、いただきます」


 両手を合わせるような仕草で号令して後、周りの同級生たちは、重箱の蓋を開ける。美味しそうな匂いがバスの車内に充満していく中で、隣の席の学級委員長が両手を合わせた。


「いただきます」という人気アイドルと同じ声に続けて、俺も両手を合わせ、同じ言葉を唱える。

 すると、視界の端にマイクが映り込んだ。なんだと思い、顔を左に向けると、松浦がマイクを握って立っている。


「はい。いいんちょストップだ。せっかくなので、今からいいんちょには、即席で食レポに挑戦してもらう。目の前にあるお弁当を美味しそうにレポートしてくれ。倉雲はマイク担当な」


 唐突過ぎる無茶ぶりに、隣の席に座る学級委員長は目を点にした。

「松浦くん。芸能人らしく食レポに挑戦しろってことかな?」

「そうだ。あの東野吹雪が生で食レポしたお弁当と同じモノをみんなで食べる。最高な企画だぜ!」

「だから、私と東野吹雪は別人だから。ただのそっくりさんの食レポなんて、つまらないでしょ?」

 あくまでも別人を主張するいいんちょを前にしても、松浦は諦めず、頭を下げ両手を合わせる。

「いいんちょ、頼む。今度の人気アイドル総選挙、東野吹雪に投票しまくるから」


 その声を聴き、いいんちょは溜息を吐いた。

「どうせ毎日投票するクセに。まあ、いいや。写真撮影、動画撮影、録音禁止。この条件なら、やってもいいよ」

「そうか。ありがとうな。写真撮影、動画撮影、録音禁止。ルール絶対に守れよ。じゃあ、東野吹雪の食レポまで5秒前……」

 松浦が喜びながら、俺にマイクを差し出す。それから、それを強制的に握らされた。

 マイクはウチのクラスの学級委員長に向けられ、東野吹雪(双子姉)の食レポが始まる。


「修学旅行、初日の昼食です。今、私、東野吹雪の前には黒い重箱があります。一体、どんな料理が入っているのでしょうか? それでは、いただきます」


 両手を合わせた後、黒い蓋を開けた瞬間、美味しそうな匂いが広がった。


「うーん。とても美味しそうな匂いです。真っ白でふわふわなご飯の上に散りばめられたのは、黒いゴマ。メインのおかずはデミグラスソースのハンバーグで、ニンジンやコーンも添えられてます。また、ポテトサラダもあって、如何にも中学生が好みそうなお弁当で、栄養バランスも考えられているようです。それでは、早速、ハンバーグから食してみようかと思います」


 まるで練習でもしてきたかのように、スラスラと言葉が流れてきて、隣で聞いていた俺は目を丸くした。

 その間に、いいんちょが箸でつまむようにしてハンバーグを一口大に切る。

 それを口に運び、よく噛んでから飲み込んでいく。その様子を近くで見せられた俺は思わず息を飲み込んだ。


「お肉の旨味が口の中で広がるようでした。今回の修学旅行は、あの小野寺グループのお嬢様も参加しているので、おそらく高級和牛を使っているのでしょう。美味しさ、花丸ですね。それでは、スタジオにお返しします♪」



人気アイドル疑惑を抱かれている学級委員長による食レポが終わった後、松浦の目から涙が落ちた。それを指で拭き取った松浦は、再び頭を下げる。

「ありがとう。ホントに生きてて良かった。こんな目の前であの人気アイドルの食レポが聞けたんだからな。みんな、盛大な拍手をどうぞ!」


 感動の声をバスの中で響かせるのと同時に、拍手も響く。

 

 そんな歓声が響き渡った瞬間、松浦は俺からマイクを受け取って、席に戻った。

 無茶な要求をしてきた同級生が着席した後、無意識に右手をひじ掛けに置く。

 すると、右手がほんのりと温かくなった。顔を上げると、いつの間にか俺の右手の上に、いいんちょの左手が重なっていた。

 慌てて右手を引っ込めようとすると、ウチのクラスの学級委員長が俺の耳で囁く。


「吹雪のマネ、ちゃんとできたかな?」

 天使のような甘い声が耳元で響き、重ねられた手も熱くなる。

「ああ、スゴイ演技力だって思った」

 褒めてから右手を引っ込める。

「出雲大社で吹雪のフリをして、お土産情報を聞き込みした時の数倍緊張したよ。これって、アイハラよね?」

「アイハラ?」

「アイドルハラスメント。世の中には、顔や声がアイドルと同じだからって理由で、アイドルっぽいことを強要されてる人がいると思うんだよ。まあ、吹雪を応援してくれてる人を喜ばせることができたんだから、こういうウソも悪くないかな?」

 いいんちょがチラリと松浦が座っている席の方を見つめた。

 そんな彼女の声に同意するように「そうだな」と短く答え、お弁当を食するため、両手を合わせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る