第26話 導火線

俺のクラスの学級委員長は、相談したいことがあるらしい。

 ある日の朝、いつも通りに登校し、教室に行き、カバンを机の上に置く。それから、自分の席に座ろうとすると、隣から鼻歌が聞こえてくる。

 それが気になり、視線と隣の席に向けると、ウチのクラスの学級委員長の嬉しそうな顔が飛び込んできた。

「いいんちょ、ご機嫌だな」

「倉雲くん。全国放送だよ。初のゴールデンタイム生放送だよ♪」

「よく意味が分からないのだが……」

 隣の席に座る人気アイドルと同じ顔の学級委員長に視線を向けながら、首を傾げる。

「ごめん。先走っちゃった。昨晩、テレビ局から連絡があってね。来週土曜のアイドル総選挙特番でウチのブックカフェが中継されるんだよ。東野吹雪ファンが集まる店ってことでね。当日は吹雪ファンの常連さんを招待して、お茶の間にウチのブックカフェの様子をお届けする予定」

「スゴイな」

「そうでしょ? これでウチのブックカフェの一般認知度も上昇。東野吹雪大明神様。南無南無」

 唐突に両手を合わせ、顔を天井に向けたいいんちょが拝み始める。その姿を見て、俺は目を点にした。

「東野吹雪大明神様って一体……」


「奈央、何の話?」

 気が付くと、自分の教室に荷物を置いてきた心美が俺たちの教室に顔を出した。そうして、彼女は当たり前に俺の右隣に立ち、首を傾げてみせる。

「ああ。いいんちょのブックカフェがアイドル総選挙特番に出るっていう宣伝だな」

「流紀ちゃんのブックカフェが。面白そう」

 心美が話に興味を占めると、隣に座っていたいいんちょが立ち上がり、俺たちに対して、両手を合わせた。


「倉雲くん、心美ちゃん。放課後暇かな?」

 俺の右隣にいる心美はいいんちょと視線を合わせ、唸り声を出した。

「うーん。放課後は期末試験勉強を高級ホテルのスイートルームでやる予定だけど。もちろん、奈央と一緒にね」

「そうなんだ。夫婦で期末試験勉強。委員長、嬉しいです!」

「おいおい、俺たちはまだ婚約すらしてないんだが……」

 いいんちょの発言に思わず苦笑いしてしまう。それからすぐに、いいんちょは俺たちの前で両手を合わせた。

「じゃあ、急な話で申し訳ないけど、その勉強会に参加していい? ふたりに相談したいことがあるの。イヤなら相談事が終わったら、帰ってもいいんだけど、どうかな?」

「相談したいことかぁ。俺はいいけど……」

 いいんちょの意見に賛同を示し、チラリと右隣の心美の顔を見る。すると、彼女は首を縦に振った。

「いいよ。次いでに勉強会参加も認めるから」


「ホント、ごめんね。ふたりだけの勉強会の邪魔して」

 頭を下げるウチのクラスの学級委員長に対して、心美は優しく微笑んだ。

「いいよ。偶には流紀ちゃんとも勉強してみたいし」

「そういえば、高級ホテルのスイートルームで試験勉強って、流石は資産家令嬢ね。スケールが違うわ!」

 目を輝かせるいいんちょと顔を合わせた心美は照れて、視線を逸らす。その隣で俺は頷いた。

「そうだよな。俺も初めてやった時はすごく驚いたよ」

「結婚式とか婚約パーティーとか、海外の高級ホテル貸し切ってやりそう。あっ、その時は友人代表としてふたりの愛の軌跡を朗読してあげるから」

「恥ずかしいからやめろ!」



 そして、迎えた放課後、いいんちょは目をパチクリとさせた。豪華な内装の高級ホテルのスイートルーム。その中で、ウチのクラスの学級委員長は目を輝かせる。


「倉雲くんっていつもこんなスゴイ部屋で心美ちゃんと勉強会してるの?」

 ジッと近くにいる俺と顔を見つめたいいんちょが首を傾げた。

「1学期は大体ここで勉強会してたけど、最近は俺の部屋でもやるようになったよ。この部屋は年間契約してるから、自由に使っていいらしい」

「そうなんだ。なんかスゴク高そうな壺まで飾ってるね」

 興味津々な表情になったウチのクラスの学級委員長は、近くに見えたキレイな壺に視線を向けた。

「ああ、それは時価数億するらしいぜ。心美に聞いて、ビックリしたのを覚えてるよ」

「そうそう。この部屋、吹雪ちゃんも来たことあるんだよ」

 台所で紅茶を淹れていた心美がお盆にティーカップやポットを乗せ、俺たちの前に顔を出す。

「ここに吹雪がねぇ。その時の話を聞かせてもらおうかな?」

 そう言いながら、いいんちょは鋭い視線を俺に向けた。


「1学期の中間テストの放課後に、学校の前まで来ていた東野さんに心美が声をかけて、この部屋で話を聞いただけだな。あの時、初めて東野さんに出会ったんだ」

「なるほどね。倉雲くんは、いつ吹雪と知り合ったのか? 疑問に思ってたんだ。その答えが、やっと分かったわ。ここが浮気の密会現場かぁ」

「おい、あの時は心美も一緒だったんだ。俺は浮気もしてない!」

 一生懸命に両手を左右に振った俺と顔を合わせたいいんちょがクスっと笑う。

「冗談だよ。その時って、何の話をしたのかな?」

「もちろん、いいんちょのことだ。普段の学校でのいいんちょの様子を話した。まあ、途中から俺と心美の関係を追及されたけどな」

「そうなんだ。吹雪に私のことを……」

 いいんちょが納得の表情を浮かべた次の瞬間、心美は机の上にお盆を乗せ、ジッといいんちょの顔を見つめた。


「そろそろ教えて。私たちに相談したいことって何? ソファーに座ってゆっくり話を聞くつもりだよ」

「そうね。じゃあ、お言葉に甘えて、失礼します」

 真後ろにあった白いソファーにウチのクラスの学級委員長が腰を落とす。俺はいいんちょと向き合うように用意された椅子に座った。一方で心美は俺たちの前で紅茶を注ぎ、ソーサーとティーカップを俺たちの前に置く。

「それでは、前置きは置いといて、早速本題です。実は来週の金曜日、家族が一堂に会するの」

「はい?」

 要領を得ない話に俺は思わず首を傾げた。

「だから、来週の金曜日、ウチに吹雪と大嫌いなお母さんが泊まりに来るの」

「ちょ、ちょっと待てよ。いきなり、なんでそんなことになってんだ? この前の体育祭に、いいんちょのお母さんが来たのは知ってるけど、急展開すぎないか?」

 驚き目を見開いた俺は思わず席から立ち上がった。そんな俺のリアクションに同意するように、目の前に座る人気アイドルの双子姉は首を縦に動かす。

「そうそう。私も同じだわ。お父さんと離婚して、6年間一度も顔を合わしてなかったのに、突然私の前に現れて、一緒に過ごす時間を増やしていこうだって。そういうところが大嫌いなんだよ!」


 いつもとは違うイライラしている顔を、いいんちょは俺たちに見せる。そんな学級委員長と顔を合わせた心美は俺の右隣に座り、両手を広げた。

「まあまあ、流紀ちゃん。落ち着いて。流紀ちゃんの家族関係に変化があったのは分かったから、相談したいことを教えて?」

「どうやって大嫌いなお母さんと接したらいいと思う? 今の私には何を話したらいいのかさえ分からなくて。特に普段お母さんと離れて暮らしてる心美ちゃんの意見を聞いてみたいな。例えば、久しぶりに会ったお母さんとどんな話をするのかとか?」

「コミュ力高い学級委員長さんの悩みに聞こえないのだが……」

「仕方ないでしょ? 6年間も私のことをほったらかしにしたあの人のこと、大嫌いなんだから! 面会交流権? 私はそんなの望んでないから!」

「流紀ちゃん。落ち着いて。紅茶飲んでリラックスだよ!」

 心美に促されたいいんちょがティーカップを持ち上げ、紅茶を一口飲む。いつもよりも荒れている学級委員長の正面に座りなおした俺は、聞き慣れない言葉に対して、首を傾げた。


「いいんちょ、面会交流権ってなんだっけ?」

 ようやく落ち着きを取り戻したウチのクラスの学級委員長が「はぁ」と息を吐き出す。

「簡単に説明すると、離婚して一緒に暮らせなくなった親子が面会する権利だよ。月に1回とか頻度も決めてね。6年間も会ったことないのに、いきなりウチに来て、面会交流権とやらを行使し始めた。吹雪と間違われて刺された時はお見舞いにも来なかったのに、今更、私に会いたいなんてさ。酷いと思わない?」

「いいんちょのお母さんはいいんちょと向き合おうとしてるだけだと思うぞ。個人的な意見だが、俺は酷いとは思わない」

 率直な意見を伝えた後で、俺の右隣に座った心美が右手を挙げる。

「えっと、私の答えだけど、お互いの近況報告をすることが多いかな。離れて暮らしてると、気になるから。相手がどんな生活をしてるのかとか」

「なるほど。卒業後の超遠距離恋愛時代は、お互いにビデオ通話で近況報告するんだ。倉雲くんと」

 いいんちょがニヤニヤしながら、俺の顔を見つめた。それに対して、照れながら、人気アイドルと同じ顔の学級委員長から視線から逸らす。

「もちろん、卒業したら、そうするつもりだけどね」

 右隣の彼女が真顔で答え、俺の頬が赤く染まる。

「なんか、安心したよ。海外留学中は俺とビデオ通話で近況報告をする予定なんだった分かったからな。って、いいんちょ、今はそれ関係ないだろ!」


 いつも通りなツッコミの後、いいんちょはクスっと笑う。

「倉雲くん、面白いね」

「それと、流紀ちゃんはいつも通りがいいから。いつも通りに私たちや学校のみんなと接してるのと同じ顔でお母さんと接したらいいと思うよ。これが私のアドバイス」

「なるほど。参考にさせてもらうわ。さて、お悩み相談コーナー終了。勉強会の始まりです!」

 明るさを取り戻した人気アイドル双子姉が両手を叩く。

「ヤバイ。勉強会のこと忘れてた」と俺が呟く間に、心美は学習カバンから問題集を取り出した。


 そうして、3人だけの勉強会が幕を開けた。

 

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