俺の家の隣の洋館に住んでいる同級生の親友は、専属運転手を紹介したいらしい。
それは、心美との平日ランチタイムが終わりを迎えた午後のことだった。
外で午後4時まで時間をつぶすようにと言われ、暇も持て余した俺は、人気のない歩道を歩く。そうして辿り着いたのは、立方体の白い壁の建物。
「なんか、ひとりで行くの久しぶりだな」
呟きながら、馴染み深いゲームセンターを見上げる。
一歩を踏み出す前にスマホをズボンのポケットから取り出すと、PM1時50分と画面に表示されていた。
帰宅時間まで残り2時間10分。滞在時間は移動も考慮すると1時間程度が妥当かもしれない。そう考えながら、俺は入り口へ迎い、一歩を踏み出そうとした。
丁度その時、出入口から同級生の女子たちに囲まれたウチのクラスの学級委員長が出てきた。一方で、俺と目が合ったウチのクラスの学級委員長は「あっ」と声を漏らし、俺の元へ歩みを進めた。
「倉雲くん。今日は心美ちゃんと一緒じゃないの? もしかして、ケンカした?」
首を傾げながら尋ねられると、俺は首を横に振る。
「いや、ケンカなんてしてないからな。心美は俺の家で何かやってるらしくて、俺は家から追い出されたんだ。午後4時になったら帰宅するけどな。そんなことより、いいんちょはなんでゲーセンから出てきたんだ?」
「今日はクラスの子と遊ぶ日だから、ここでプリクラしてたんだ。ホントは、ウチのブックカフェ手伝いたかったんだけど、今日はゆっくりお友達と遊んできなさいって言われてね。あっ、そういえば、倉雲くんって心美ちゃんとプリクラしたことないの?」
「そうだな。俺は心美とプリクラしたことないんだ。でも、俺もああいうの疎いし……」
ボソっとした呟きを耳にしたいいんちょの顔つきが変わる。その直後、いいんちょは目を輝かせ、俺との距離を詰めた。
「だったら、今度、私がレクチャーしてあげる。この学級委員長、一肌脱ぎます!」
「なんか、嫌な予感がするのだが、よろしくな」
頭を下げると、人気アイドル似の学級委員長が俺から遠ざかっていき、近くで待っていた同級生たちに加わった。
そんな同級生たちを見送ってから、出入口へと足を踏み込む。
いつものように音ゲーやメダルゲームで遊ぶと、あっという間に時間が過ぎていく。そんな時、俺のスマホがポケットの中で震えた。
投入しようとした百円玉を右手で握り締め、咄嗟にスマホを取り出す。
すると、画面にPM3時30分という文字とメッセージアプリの通知が飛び込んできた。
予定よりも30分オーバーしていることを把握して、メッセージアプリをタッチする。
送信してきたのは、心美で「そろそろ帰ってきていいよ」と短いメッセージが届いていた。
時間を忘れて熱中しすぎたことを反省しつつ、急いで「分かった」と返信して、ゲームセンターを飛び出した。
速足で自宅へ急ぐ俺の真横を黒い高級車が通り過ぎたのは、心美に返信してから5分後のこと。その車は数メートル進むと、すぐに停車した。不思議に思いながら、真横に停車した高級車を通り過ぎようとすると、突然カーウインドーが開き、見覚えのある女の子が顔を出す。
「あっ、倉雲さん。こんなところで何してるのかな?」
その声を聴き、立ち止まり、視線を真横に向けると青色のネクタイをしっかり締めたブレザーの制服の上に白衣を纏う榎丸さんがいた。
「榎丸さん。今から家に戻るところで……」
「それなら、乗っていきなよ。目的地一緒だし、一足先に私の専属運転手紹介したいからさ」
「ああ、頼む」
「ということで、結城さん。後部座席のドア、開けて!」
「招致しました」
聞き慣れない中年男性の声を耳にしたあと、運転席から黒いスーツを着た黒髪七三分けの中年男性が降りてくる。長身の専属運転手は白い布マスクで口元を覆っていた。両手には白い手袋も嵌められている。
そんな運転手が後部座席のドアを開ける瞬間に、榎丸さんはシートベルトを外し、運転席側に体を詰めた。そうして、開けられたスペースに座り、シートベルトを着用する。同様に榎丸さんもシートベルトを着用すると、後部座席のドアが閉まり、専属運転手は運転席へ戻った。
それから、シートベルトを付けた専属運転手はエンジンをかけ、高級車を前進させる。
「あっ、倉雲さん。ちゃんとシャルロット洋菓子店の幻のこだわりプリン買えた?」
明るい声で隣に座った榎丸さんが尋ねてくる。
「ああ、朝から並んで4人分買っといた。今はウチの冷蔵庫で冷やしてるよ」
「学校帰りに幻のこだわりプリンを食す。なんて幸せなことでしょう」
嬉しそうな顔をバックミラー越しにチラリと見た専属運転手は、クスっと笑う。
「一穂様の笑顔は最高ですね。大好きな男の子に会える嬉しさが伝わってきます」
「ちょっと、結城さん。倉雲さんの前でそんなこと言わないでよ」
頬を赤くした榎丸さんが視線を車窓に向ける。それでも専属運転手は言葉を続けた。
「特に倉雲様に会う日の榎丸様はいつも以上に明るいのです。頬を赤くして、大好きな人のことを想う顔は、とてもかわいらしいと思います」
「そんなに俺に会いたかったのかぁ」と呟いた俺の頭にクエスチョンマークが浮かび上がる。
妙な違和感を胸に抱えた俺は、車窓を眺めている榎丸さんの顔をジッと見つめた。
「榎丸さん。ちょっといいか?」
その声に反応した榎丸さんは、首を真横に向け、頬を赤くした顔を俺に見せた。
「すっ、好きなんだから、仕方ないじゃない!」
唐突な愛の叫びに呆気に取られた俺は目を丸くする。
「えっと、榎丸さん。違うんだ。俺が聞きたいことは、専属運転手の結城さんのことで……」
「なんだぁ。そっちのことかぁ。いきなり変なこと言ってごめんなさい。それで、結城さんのことで聞きたいことって何?」
肩を落とし、ホッとしたような表情になった榎丸さんが尋ねてくる。
「昨日聞いた人と印象が違う気がするんだ。すごく恥ずかしがり屋さで、パーティーにも顔を出さないって聞いたけど、そんな人には思えない」
「ああ、あれ、心美ちゃんを騙すためのウソだから!」
「おい、心美を騙すってどういう意味だよ!」
衝撃の一言を耳にした専属運転手はバックミラー越しに榎丸さんの顔を睨みつけた。それでも、榎丸さんは右手の人差し指を立てる。
「結城さん。安心して。余計なことは言わないから。とりあえず、細かい事情は置いといて、要点だけ話すと、結城さんは心美ちゃんに会いたくないわけさ。それでも、あの子と関わりが深い私の専属運転手になる道を選んだってことは、正体を明かさずに遠くから見守りたいってことなんだろうけど……」
「一穂様。私は……」
ハンドルを握りながら、視線を逸らすことなく否定する運転手に対して、榎丸さんはクスっと笑った。
「さっきのお返し。まあ、そういうことだから、駐車場で待ってるんでしょ?」
「はい。一穂様のご友人宅を訪問するわけにはいきません」
「まあ、結城さんがいいならいいけど」と榎丸さんが呟く間に、俺たちを乗せた高級車は、俺の自宅の駐車場の中で停車した。
そこからふたり揃って降り、インターフォンを鳴らすと、すぐに玄関のドアが開き、お母さんが顔を出した。
「あら、おかえり奈央。一穂ちゃんも一緒だったのね!」
「はい。お邪魔します」
「あっ、そうそう。今日はシャルロット洋菓子店の幻のこだわりプリンに心美ちゃんの手作りクッキーを添えたスイーツパーティーだよ!」
両手を合わせた笑顔のお母さんと顔を合わせた俺は、納得の表情を浮かべた。
「ああ、そういうことか。午後から手作りクッキー焼いてたんだな」
「そうそう。私も未来の娘とお菓子作りできて、楽しかったわ」
嬉しそうに語るお母さんの前で、榎丸さんは右手を上に伸ばした。
「あの、タッパーをお借りして、そのクッキーを持ち帰ってもいいですか?」
「いいわよ」という答えを聞いた榎丸さんの顔が明るくなる。
「ありがとうございます!」
「さあ、長話もあれだから、上がって。今日はスイーツパーティーだよ!」
お母さんに促された俺たちは玄関で靴を脱ぎ、リビングへと向かう。
そうして、リビングのドアを開けると、甘い香りが広がってきた。
その中でソファーに座っていた心美は、俺が入ってきたことに気が付くと、すぐに立ち上がり、笑顔を俺に向ける。
「おかえり。奈央。さあ、シャルロット洋菓子店の幻のこだわりプリンと一緒に私の手作りクッキーを味わうといい」
その間にお母さんは冷蔵庫から白い箱を取り出した。それからプリンを取り出すと、銀色のスプーンが置かれた食卓の上に、それを並べていく。
囲んだ4つの席の中央には大きな皿にクッキーが山積みにされていた。
準備が終わると、俺たちは席に座った。
「初めてにしては美味しく焼けたと思うから」
微笑みながら、心美が俺の右隣の席に座る。そんな俺の前では榎丸さんが目を輝かせていた。
「シャルロット洋菓子店の幻のこだわりプリン♪」
楽しそうな病院院長先生の一人娘の右隣に俺のお母さんが座ると、俺たちは一斉に両手を合わせた。
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