俺のクラスのドルオタ野球部員は公開プロポーズがしたいらしい。

 海の上を進むクルーズ船の甲板の上には、夜景を楽しむ同級生たちが集まっている。夜空は雲一つなく、星々も輝いていた。

 そんな場所で俺と心美は神戸市内の夜景を眺めていた。


「キレイだね。この数10倍スゴイ夜景を見てきたんだけど、今日が一番キレイな気がする」

 語り掛けるように呟く心美が、俺の隣で笑顔になる。

「そういえば、心美は海外の絶景とかいっぱい見てきたんだよな? それなのに、どうして今日の夜景が一番キレイだって思ったんだ?」

 そう疑問を口にすると、心美の頬が赤くなった。

「多分、奈央と一緒だからだと思う。これまで、いろんな街の夜景を見てきたけど、その度に大好きな子と一緒にこの景色を見てみたいって思ってたから、今日は夜景記念日です」

「どこかで聞いたようなフレーズだな。まあ、俺も心美と一緒に、この景色を楽しめて嬉しいからな」

「そうなんだ。良かった。じゃあ、あの夜景をバックに写真撮ろうよ」

「そういえば、心美と一緒に写真撮ってなかったな」

 

「そうそう」と短く答えた心美が、唐突に右手を大きく振る。その視線の先には、友達に囲まれた俺のクラスの学級委員長がいた。


「流紀ちゃん。撮影お願いします」

 笑顔で頭を下げる心美に対して、いいんちょはスキップで俺たちの元へ歩み寄った。

「なるほど。倉雲くんとのツーショット撮影だね。夜景をバックに両想いのふたりを撮るなんて、責任重大だね♪」

「なにがだよ」と呆れた声を漏らすが、いいんちょは、気にする素振りを見せない。

 その間に心美からスマホを受け取ったいいんちょが、カメラのレンズを俺たちに向ける。

「じゃあ、ポーズはこっちが指定させてもらうわ。まずはお互いに向き合って顎クイ、次はハグで、最後はファーストキス。この三本立てでどう?」

「いいんちょ、他にも人がいるんだ。そんなポーズ、恥ずかしすぎるだろ!」

「どうせ、付き合ってるんだから、気にしない。気にしない」

「イヤだ」とハッキリ答えると、隣にいた心美が俺の目の前に立った。


「奈央、体を右に向けて。私の顔がよく見えるように」

「こうか?」と首を傾げながら、心美と顔を合わせる。

 すると、次の瞬間、心美が俺の両手を優しく掴んだ。

 そして、心美は両手を結んだまま、体を密着させるように距離を縮めた。


 至近距離に心美の照れた顔が飛び込んできて、俺の胸が強く震える。

 顔を横に向ければ、絶景が広がり、前を向くと彼女の顔が見える。

 

「夜景をバックにお互いが向かい合い、両手を繋ぐ。最高だよ!」

 俺のクラスの学級委員長は、スマホの画面に互いに照れた顔のままで顔を合わせる俺たちを映し出した。

 それから、すぐにシャッターボタンが押され、ふたりの写真が記録された。


「ラブラブな写真だね。心美ちゃん、私も欲しいから、あとで送ってね♪」

 いいんちょがニヤニヤと笑いながら、心美にスマホを返す。

 一方で、心美は撮影された写真を確認して、頬を赤く染めながら、近くにいる俺に見せる。

「これはいい写真だね。もちろん、奈央にも写真送るけど、お義母さんにも見てほしいから……」

「おいおい。いいんちょと同じように写真送るつもりかよ!」

 言葉を遮るようにツッコミを入れる。すると、俺の視界にラッピングされた紙袋を持った松浦が映り込んだ。

 いつもとは違い、ソワソワしているドルオタ野球部員を前にして、ニヤニヤとした笑いが込み上げてきた。

 そんな反応を示す俺のことが気になった心美が首を傾げる。


「どうしたの?」

「近くに松浦がいるんだ。あのプレゼントを持ってるから、このタイミングで告るんだと思う」

 心美の耳元で囁くように答えると、彼女は頬を緩め、ヒソヒソ話を続けた。

「そういえば、こういう内緒の話、久しぶりだね」

「そうだったな」


「何? 今夜の密会の相談かな? 日付変わって午前0時丁度に倉雲くんの誕生日を祝いたくて、就寝時間に部屋を抜け出すつもりなら、見過ごせないよ!」

 俺と心美のヒソヒソ話が気になったウチのクラスの学級委員長がジッと俺たちの顔を見る。すると、いいんちょの背後に緊張で顔が強張った松浦が現れた。


「いいん……じゃなくて、流紀。はっ、話が……」


 松浦が甲板の上で野球部員らしい大声を出す。

 いいんちょは突然のことに驚き目を丸くしていた。

「何のつもりかな? 近くにみんなが集まってるのに、そんな大声出して」

「いいんだ。このタイミングで言わなかったら、一生後悔する。そんな気がするから、ハッキリ言うぞ。俺は、いいんちょのことが好きだ。良かったら、これを受け取ってくれ!」

 勇気を振り絞った同級生が、プレゼントを握った右腕を前に伸ばす。

 周囲をザワザワした同級生たちが囲み、女子たちは顔を赤くして、様子を見守っていた。


 それから、数秒の沈黙の後、いいんちょが頭を下げる。

「ごめんなさい」と一言伝えた後、ウチのクラスの学級委員長は、人混みを掻き分け、その場から走り去った。

 俺は呆然と立ち尽くす松浦の姿を瞳に焼き付けた。

 それから、隣にいる心美と顔を合わせ、いいんちょを追いかける。



 殆どの同級生たちは甲板に出ているため、船の中の廊下には誰もいない。

 そんな場所に立っている学級委員長に、俺と心美が駆け寄る。

「いいんちょ、どうして振ったんだ?」

 真剣な表情でこう尋ねると、無表情のいいんちょが淡々と口にする。

「人気アイドルの東野吹雪に彼氏は必要ないでしょ?」

「いいんちょと東野さんは別人だから、そんなの関係ないはずだ」

「そうだけど、外から見たら、私と吹雪は同じに見えるからね。彼氏がいたら、熱愛報道されて人気が急降下すると思う。そんなことになるくらいなら、恋なんてしたくない」

「俺を呼び出して、一緒にラーメン食べに行くのはOKで、交際はダメって、どんな理屈だよ! 少しは松浦の気持ちを考えてもいいんじゃないか?」

「奈央の言う通りだよ。プレゼントだけでも貰ってもいいと思うよ」

 俺の意見に賛同するように、心美が首を縦に振る。

 だが、いいんちょは頷かず、顔を合わせていた俺たちに背を向けた。

 それから、無言で俺たちの元から去っていく。


 そんな後ろ姿を見つめていた俺は溜息を吐いた。

「ダメだったな」

「そうだね」と俺の隣で語り掛ける心美を見ると、その手にはスマホが握られていた。


「奈央。このままだと、あの松浦君が報われないよ。だから、ここは私に任せて」

「なんか考えがあるのか?」

「それは明日のお楽しみ」と心美はウインクした。その唇には右手の人差し指を触れている。



 修学旅行1日目は問題を持ち越したままで、幕を閉じた。

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