俺のクラスの学級委員長の妹は、リモート会議がしたいらしい。

 一穂さんが自宅に戻り、自分の部屋の学習机の前にある椅子に腰かける。

 それからすぐに、右手に握ったスマホで、先程テレビに出ていた東野さんにメッセージを送った。


「文化祭の時、変な口調で答えた理由が分かった。来年1月放送のドラマ、あの時点で出演が決まってたんだな?」


 送信ボタンを押した瞬間、俺は頬を赤くして、天井を見上げた。

「現役アイドルとメッセージ送りあう一般人。松浦は羨ましがるだろうな」

 そう呟くとすぐに、握られたスマホが振動を始める。

 慌てて画面を見つめると、東野さんからメッセージが届いていることが分かった。


「そうそう。まだオフレコな時期に、勢いで口走っちゃった。それにしても、そっちからメッセ送ってくるなんて、珍しいね。ドラマの撮影、頑張れそう♪」


 現役アイドルから送られてきたメッセージを目で追いかけ、すぐに返信を打ち込む。

「さっき、テレビで東野さんがドラマに出るって知ったら、謎が解けたからな。すぐに連絡したくなった」と送信ボタンを押すこと20秒。

 新たなるメッセージが俺のスマホに届く。

「現在、ドラマ撮影の休憩時間。そろそろ台本読みたいから。じゃあ、また明日♪」

 現役アイドルとのメッセージのやり取りが途切れ、俺は「はぁ」と溜息を吐き出し、もう一度、メッセージに目を通す。その時、俺の頭にクエスチョンマークが浮かび上がった。

「ん? また明日?」

 一体、これはどういうことなのだろうか? 

 理解に苦しむ俺は新たな謎を胸に抱えた。




 翌日の午前10時丁度にインターフォンが鳴り響く。

 その音を聞きつけ、家族揃って玄関のドアを開けると、薄紫のタートルネックに黒いスカートというコーディネートにコートを羽織った心美の姿があった。

 玄関先に佇む心美は、俺に笑顔の視線を向ける。

「おはよう、奈央」

「おはよう」と当たり前のように挨拶を交わすと、心美は俺の背後にいる父さんの前で微笑んだ。

「お義父さん。本日はよろしくお願いします」

「ああ、よろしく頼むよ」

 俺の真横を通りすぎた父さんが靴を履き、心美の前へ一歩を踏み出す。

 それと同じタイミングで、心美は俺に向けて右手を振った。

「奈央、また明日ね。今日は奈央の家に寄るつもりないから」

「ああ、そうなんだな」と短く答えた後で、心美は俺の右隣にいた母さんに笑顔を向けた。

「お義母さん。奈央が出かけないよう、ちゃんと見張ってってください」

「もちろんよ。未来の娘の命令なら聞くしかないじゃない!」

「未来の娘って……まだ、心美と婚約できるか決まったわけじゃないんだが」

 久しぶりに聞いた未来の娘発言に思わず苦笑いしてしまう。


 それから間もなくして、父さんは心美と共に出かけて行った。

 玄関から遠ざかっていく心美の後姿を目にして、俺は溜息を吐き出した。


「はぁ、どうして、心美は俺の父さんと一緒に出掛けるんだ? すごく気になるんだが……」

「ダメよ。今日は母さんと留守番しなさい。お昼ご飯の食材は既に購入済だから、お買い物に行かなくて大丈夫だから」

 右隣の母さんが俺の前で左手を斜め下に振り下ろした。

「でも、気になっちゃうんだ。2人きりで話したいことって何なんだ? 今すぐにでも心美を追いかけて、真実が知りたい」

「その気持ちも分かるけど、心美ちゃんと約束したんだもの。今日は母さんと留守番しなさい」

「ああ、分かったよ」とぶっきらぼうに答えた瞬間、ズボンのポケットの中に仕舞ったスマホが振動する。

 すぐにズボンのポケットに右手を突っ込み、スマホを取り出し、画面を見ると、東野さんからメッセージが届いていることが分かった。


「暇そうにしている倉雲くんへ。今からリモートで通話したいです。紹介コードも送るので、この前みたいにパソコン開いて、お話しましょう♪」


 現役アイドルから送られてきたメッセージに目を通した後で、俺はスマホをズボンのポケットに仕舞い、両手を叩いた。

「母さん。俺はしばらく自分の部屋に籠ってるからな」

「別にいいけど、SNSやGPSで心美ちゃんの居場所、特定しないでよ!」

「おいおい。俺をネットストーカーか何かと勘違いしてないか? 俺は彼女のスマホにGPSアプリを仕込むようなヤバイ彼氏じゃないからな!」

 苦笑いしながら、俺は母さんに背を向け、自分の部屋へ向かった。


 それから、学習机の前に座り、パソコンを開き、手元にスマホを置き、この前使ったリモート会議用のサイトにアクセスし、送られてきた紹介コードを入力する。


 すると、すぐにパソコンの画面上に、水色のパーカーを着た東野さんの姿が表示された。画面を覗き込んだ現役アイドルは、右手を振る。その背景に映り込む赤色のカーテンと木目調の床は、どこかの劇場を連想させる。


「倉雲くん。ちゃんと聞こえる?」

「ああ、聞こえるんだが、今日は何と呼べばいいんだっけ?」

「周りに誰もいないから、ご自由にどうぞ」

「じゃあ、東野さん。その背景って、バーチャル背景でいいんだよな? この前、バーチャル背景に設定した人とリモートで話したことがあったから、もしかしたら、東野さんも部屋を晒したくないのかもって思って……」

「自白したね。心美ちゃん以外の女の子とリモートで話したことがあるって。もしかして、浮気かな?」

 画面の中で東野さんがニヤニヤと笑う。それに対して、俺は首を左右に振った。

「違うからな。そんなことより、なんでリモートで話してるんだっけ? 東野さん、今日お仕事だって言ってなかったか?」

「これからお仕事だよ。その前に、倉雲くんの顔が見たくてね。ちょっとだけ時間あるから、リモートで話そうって思った。今日は一日中暇してることは分かってたからね」


「まあ、出かけられなくて、暇してるのは事実だけどな」と呟き、俺は頭を掻いた。すると、東野さんは画面の中で両手を叩く。

「では、こっちに残された時間は5分しかないので、早速本題に入ります。本日の議題は、彼女と過ごす初めてのクリスマスについてです!」

「唐突にリモート会議始めるな!」

「一度やってみたかったんだよ。もうすぐクリスマスだっていうのに、倉雲くんは心美ちゃんとどうクリスマスと過ごすのか、全く考えてないんでしょ? 彼女に贈るクリスマスプレゼントも買ってないみたいだし……」

「なんか、東野さん、いいんちょと似てきたな」

「当たり前でしょ? 私は流紀姉ちゃんの双子の妹なんだから! まず、私のプランとしては、クリスマス当日にイルミネーションを見に行くのは、どうでしょうか? キレイで幻想的なイルミネーションの下で、お互いにクリスマスプレゼントを贈りあい、お互いに抱き合い、キスする。最高なクリスマスデートプラン。いかがでしょう?」

 明るく目を輝かせ、熱弁するその姿は、ウチのクラスの学級委員長を被ってみえる。


「それ、いいんちょも同じこと提案してくるんだろうな。イルミネーションって言っても、心美の家には門限があるから、遅くまで一緒に居られないんだよなぁ。まあ、参考にして、心美と相談してみるよ。そういえば、いいんちょは、そういうロマンチックな恋に憧れてるんだろうか?」

「うーん。そうかもね」と東野さんが首を捻った。

  続けて、東野さんは両手を叩く。

「では、続きまして、彼女が喜ぶそうなクリスマスプレゼントと言えば?」


 

 東野さんのリモート会議は、予告通り5分間続いた。


 





 









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