第8話 心美の夏祭り

俺は隣の洋館に住んでいる同級生を夏祭りに誘いたいらしい。

 『8月7日午前9時、ウチのブックカフェに来てください。心美ちゃんには秘密で』


 昨晩受け取ったメッセージをスマホに表示させ、再度目を通した俺は、溜息を吐く。

 突然のいいんちょからの呼び出し。要件すら分からず、戸惑いながら、目的の店へと足を進めると、行列が見えてきた。

 オタクっぽい雰囲気の男たちが100人以上、いいんちょの実家のブックカフェの前にいる。


「人気急上昇中の吹雪ちゃんとそっくりな看板娘がいるって噂がファンの間で広まってるらしいから……」

 

 市民プールで心美から聞いた話を思い出すと、突然、誰かが後ろから俺の右肩を優しく叩いた。

「流紀のクラスメイトの倉雲くん。ちょっと、来てもらおうか」

 そう呼び止められ、振り向くと、そこにはいいんちょのお父さんがいた。

「えっと、マスターさん。なんでここに……」

「流紀に頼まれてな。今日、倉雲くんを開店前に呼んだから、連れてこいって。さあ、店の裏口に案内しよう」


 訳も分からず、ブックカフェの裏口に案内された。人一人通れそうなひどの広さの通路を歩くこと約2分。立ち止まったマスターは右側の灰色の扉を開けた。

 その先にあった厨房を通過すると、いつものブックカフェの中に入ることができる。

「流紀、連れてきたぞ」

 そう父親が机を拭いている娘に伝えると動きが止まった。動きやすそうな緑色のTシャツにハーフパンツの上にエプロンを合わせたコーディネートのいいんちょは、俺と顔を合わせる。

「10分前行動できるなんて、委員長、うれしいです」

「それで、今日は何の用だ? まさか、この店の手伝いでもやれと言うのか?」

「違うよ。まずは、これを見てもらおうかな? あっ、立ち話も何だから、適当に席に座って」

 いいんちょの指示に従い、席に座る。それから、いいんちょはエプロンのポケットから紙を取り出し、俺の前にある机の上に広げた。

 そこに飛び込んできたのは、夏祭りのチラシ。イベントや交通規制に関する情報などがまとめられてある。


「こちらは、今日の朝刊のチラシの中にあった、来週開催される夏祭りのチラシです。1週間後に開催される夏祭りのチラシです」

 俺と向き合う形で席に座ったいいんちょの発言に首を傾げてしまう。

「なんで同じこと2回も言ったんだ?」

「ちょっと、分かりやすく言おうと思って。花火大会って、好きな子と一緒に行く時は、1週間前までに誘わないとダメなんだって。つまり、今日がラストチャンス。倉雲くんは、まだかわいい彼女ちゃんに夏祭り一緒に行こうって誘ってないんじゃないかって思ったからね」

「つまり、いいんちょは、俺と心美が一緒に夏祭りで花火を見てほしいって思ってるのか?」

「正解♪」


「あの夏祭りの同級生たちとの遭遇率、すごく高いだろ? そんなことしたら、俺と心美が付き合ってるって噂が広まって……」

「倉雲くんたちがカップルになったってクラスのみんなに知らせたから、それは問題にならないよ?」

 淡々とした口調でそう語るいいんちょを前にして、俺は驚き顔になった。

「なんだかんだで、クラスのみんなに報告したのかよ!」

「そうだよ。つまり、2人が付き合いだしたって話は周知の事実。恥ずかしがる必要ないよ」


「あっちの友達付き合いのことも考えないといけないから、簡単に誘えない」

「この前の遠足の時と同じこと言ったね。でも、大丈夫。渡辺さんは同時期に帰省するらしいからね。一緒に夏祭りに行けないって悲しんでたなぁ。ということで、ここで誘いなさい!」

 ガッツポーズで応援するいいんちょを見て、俺は溜息を吐く。

「分かったよ。電話すればいいんだろ」


 スマホを取り出し、すぐに彼女に電話をかけると、ワンコールで繋がった。

「もしもし、俺だけど……」

「奈央?」とスマホから聞こえてくる寝ぼけた彼女の声を聴き、息を飲み込んだ。」

「もしかして、まだ寝てたのか?」

「うん、今、起きたところだけど、珍しいね。奈央が電話するなんて……」

「来週の夏祭りのことだけど……」

「ああ、チラシの話ね。今朝の新聞の中にチラシが入ってるって、ヨウジイが言ってたから」


 予想外な言葉に、目が点になった。

「心美、チラシの話って何だ?」

「裏面、見てないの?」

 そう尋ねられ、訳も分からず目の前のチラシを裏返した。その瞬間、俺の顔に驚愕という言葉が刻み込まれた。


「何だ。これ。右側半分のスペース全部使って、小野寺グループって書いてある」

「それって、出資量によってスペース大きくなるんだって。今年の夏祭りの予算の50パーセントは、小野寺グループが負担してるんだよ」

「なるほど。だから、チラシ裏面の半分のスペースが小野寺グループで埋まってたのか。スゴイな。小野寺グループ」

「こういう形で地元に還元しないといけないからね。それで、話って何? チラシの件じゃないことを話したかったんでしょ?」

「ああ、来週の夏祭り、一緒に行きたいなって思ってな。一緒に屋台で何か食べたいし、一緒に花火も見たい」


「夏祭り、面白そう。もちろん、奈央と一緒に行きたい」

 明るい返事が届き、俺はホッとした表情になった。

「良かった。じゃあ、午後6時30分。俺の家の前に集合な」

 電話を切り、前を向くと、いいんちょが優しい眼差しを向けていた。


「倉雲くん。良かったね。これで一緒に夏祭りに行けるんだもん。あっ、忘れてた。午後7時、メインステージでヒーローショーやるから、付き合ってほしいな」

 両手を合わせて頼むいいんちょを見て、頭にクエスチョンマークが浮かんだ。

「ヒーローショー?」

「今年から子供たちのために、夏祭りでヒーローショーやるんだよ。あれを一緒に見たら、いい思い出になると思う」


 要領を得ない答えに唸ったが、それ以上に心美と一緒に行く夏祭りが楽しみになった。

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