俺の家の隣の洋館に住んでいる同級生は、相合い傘がしたいらしい。D.C.
「はぁ」と息を吐き、放課後の学校の廊下から薄暗い空を見る。そんな俺の手には、キレイに包装紙でくるまれたヘアピンが握られていた。
「それ、まだ心美ちゃんに渡してないの?」と近くにいたいいんちょは、俺の顔を覗き込む。
「どうやって渡したらいいんだ?」
「誕生日プレゼントだ。ありがく受け取りな。このセリフ言ってから、それを渡せば終わり。簡単でしょ?」
「簡単に言うなよ。お母さんに母の日のカーネーションや誕プレを贈ったことはあるけど、異性の同級生にプレゼントなんて送ったことがないんだ」
それからすぐに、いいんちょはため息を吐く。
「まさか、倉雲くんがそこまでのヘタレだったなんて、想定外だわ」
「俺はヘタレじゃない!」と怒りをぶつけた後で、いいんちょは俺の背中を強く叩いた。
「だったら、プレゼント渡してきなさいよ。そして、勢いで告りなさい」
温かい激励で、迷いがスッと消えた。
「いいんちょ、コイツを小野寺さんに渡してくる」
そう伝えてから、いいんちょに背を向け、前だけを見て歩く。
「頑張って」という明るい学級委員長の声が後ろから聞こえてきても、後ろは振り返らない。絶対に誕生日プレゼントを渡す。そんな強い意志が心に宿り、力強く一歩を踏みだした。
数分後に辿り着いた昇降口は、誰もいなかった。周囲を見渡しても、小野寺さんらしき姿はない。
そもそも、一緒に帰る約束なんてしていないのだから、ここで待っているはずがない。盛大な誕生日パーティーに出席するため、誰よりも先に帰ったのかもしれない。
下校口に立ち、ふと空を見上げると、一粒の雨が落ちてくる。降り始めた雨は少しずつ強くなっていく。空模様はあの日と同じ。あの日と同じく、俺は傘を持たない。通り雨なら雨宿りして天候が回復するのを待てばいいと考えていたら、突然俺の学ランの裾を誰かが掴んできた。
デジャヴさを感じ取りながら、背後を振り返ると、そこにあの日と同じ女の子がいた。
そこにいた美少女は、優しく微笑み、手にしていたビニール傘を差しだす。
「はい。傘がなくて困ってるんでしょ?」
「ああ、ありがとうな。小野寺さん」と名前を読んでから、驚き顔になる。
「小野寺さん、帰ったんじゃなかったのかよ」
「倉雲君。一緒に帰っていい? 同じ傘に入って」
「ああ。じゃあ、帰るか?」
素直な言葉を聞いた小野寺さんは、傘を差しながら、クスっと笑う。
「あの日は警戒してたのに、今日は相合い傘で帰ってくれるんだ」
「笑うなよ。相合い傘は初めてだけど、何回か一緒に帰ってるだろう」
スッと小野寺さんの前で左腕を広げ、彼女が手にしている傘を握った。
「えっ、もしかして、持ってくれるの?」
「やっぱり、こういうのは、俺が持たないとな」
「へえ、優しいね。ああ、やっと相合い傘で帰れるんだね。これで前世の罪が償える」
嬉しそうな顔になった小野寺さんと同じ傘に入って帰る。泥になりかけている地面に足を踏み入れ、すぐに校門から出て行く。
雨は降りやまない。ビニールに当たった雨水が弾けていく模様を顔を上げてみていた俺は、隣を歩く小野寺さんの前で首を捻る。
「小野寺さん、この傘って普通のビニール傘だよな?」
「違うよ。こう見えて、皇族ご用達のものと同じらしいんだよね」
「マジかよ。壊さないようにしないと……」
「そう簡単に壊れないよう設計されてるから、大丈夫だよ」
優しい微笑みを間近で見て、俺の心臓が強く跳ねた。相合い傘は自然と距離が近くなる。そして、急に恥ずかしくなり、視線を逸らした。
それから、すぐに彼女のことが気になって、横眼で小野寺さんの方に視線を送ると、同じように顔を赤くして前だけを見ていた。
「倉雲君。そろそろ、気になってるよね? 私のこと」
この瞬間、俺の思考回路は停止した。告白という言葉が頭の中をグルグル回り、埋め尽くされていく。
「小野寺さん。俺は気付いてたよ」
「気づいてた? ウソだよね?」
「冷静になったら、謎でもなんでもなかった」
なぜか動揺を隠せない顔の小野寺さんが、さらに問いかける。
「もしかして、バレバレだった?」
「渡辺さんは分かんないけど、いいんちょや俺のお母さんは気付いてると思う。なんか2年の間で周知の事実になってるらしい」
「学校の先生以外に教えたかったの、倉雲君だけにしたかったのに。こんなことになるんだったら、最初に告白した方が良かったみたい」
溜息を吐き頭に手を置く小野寺さんの仕草を見て、俺は苦笑いした。
「初対面でいきなり告ったほうがいいって、小野寺さん変わってるなって、まさか俺たちが付き合ってるかもしれないって噂、先生たちも知ってるのか! 知らなかった」
「あっ……ああ、そっちの話ね。だったら、後悔しなくても大丈夫みたい」
目を泳がせ動揺する小野寺さんの姿を見た瞬間、何かが頭に引っかかった。
学校の先生たちしか知らない秘密を、小野寺さんは打ち明けようとしているのだ。
「心美ちゃんが小野寺グループの令嬢らしいって噂がクラスで広まって、心美ちゃんをスポンサーにした中間テスト打ち上げ会をクラスみんなでやろうって話になっている」
不意に渡辺さんの声が蘇った。つまり、1年前は自分が大金持ちであることを隠していた? そのことを知っていたのは学校の先生たちだけ?
イヤ、違う。この推理は矛盾しているのだ。どう考えても、後悔しなくても大丈夫という安堵の声と繋がらない。
眉を潜め真剣に考える俺の顔を、小野寺さんは覗き込んでくる。そして、あの時と同じようにカバンを開け、そこからラベンダーの花を一輪取り出し、差し出す。
「家の庭で栽培しているラベンダーの花。花言葉は疑惑」
「ああ」と声を漏らしながら、差し出された花を手にしようとする。だが、その手は触れる前に止まった。
「待て。花言葉が間違ってないか? 花言葉は、明日に期待してだって、前に小野寺さんが……」
「花言葉って色々あるんだよ。今日は今の倉雲君にピッタリな花言葉を教えたの」
「そうなのか。知らなかった」
「私がホントに小野寺グループの令嬢なのかって疑ってるって、顔に書いてある」
ジド目でそう語り掛けられ、俺は肩を落とした。
「俺はバカだった。あのデートで心美はリムジンに乗って待ち合わせ場所に来た。ホントに金持ちじゃないとできないことをやったんだから、疑ったらダメだったんだ」
「あっ、今、私のこと名前で呼んだ!」
そんな隣を歩く同級生の指摘を受け赤面した。
「ごめん、つい名前で呼んでしまった。今のは忘れてくれ」
「いいよ。私も今度から奈央って呼ぶから。少し恥ずかしいけど」
「俺も恥ずかしい。だから、これで勘弁してくれ」
勇気を振り絞り、ズボンのポケットから包装紙にくるまれたプレゼントを取り出す。そして、不思議そうな顔の小野寺さんにそれを渡した。
「これって……」
「誕生日プレゼントだな」
「えっ、倉雲君から初めてのプレゼント。嬉しい。開けていい?」
「別に構わないが」と言い路上で立ち止まる。傘の下で小野寺さんは、キレイにプレゼントを開封し、中に入っていたラベンダーをモチーフにしたヘアピンを見る。
「このヘアピン、大切にするから」
小野寺さんは、笑顔で俺と相合い傘をして通学路を歩いていく。
小野寺心美に関する興味は尽きず、話せば話すほど好きになってしまう自分にウソを吐きたくない。
そういう思いで、俺は雨の日の下校を過ごした。
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