summer vacation

第6話 夏休み別荘旅行

隣の洋館に住んでいる同級生は、俺たちに相談したいことがあるらしい。

 小野寺さんの誕生日が過ぎてから初めての月曜日。2週間後から夏休みが始まるが、今の俺はそれどころではなかった。

 いつもより早い登校時間。俺は自宅の玄関ドアの前で昨日スマホに送られてきた小野寺さんからのメールに目を通す。


「倉雲君、相談したいことがあるので、明日は午前7時30分までに登校してください。2年B組で待ってます」


 こんなメールを読み返す度に胸が高鳴ってしまう。まさか、早朝、誰もいない教室で告白するつもりなのだろうか?

 妙な期待を抱きながら、いつもよりも速足で通学路を歩いた。


 約束の時間の10分前。この時間なら誰もいないだろう。そんなことを思いつつ、自分の教室のドアを開ける。そうして、中に入った瞬間、黒髪ロングの先客が右手を振った。

「おはよう。倉雲くん。今日は早いね♪」

 俺の隣の席に座り、ノートから顔を上げたのは、いいんちょだった。

「今日は小野寺さんに呼び出されたから、いつもより早く登校したんだ」と説明しながら、ドアを閉める。

「なるほど。誰もいない教室でイチャイチャするつもりね。そういうことなら、図書室で自習するよ。2人の邪魔したくないし」

「違う。なんか相談したいことがあるらしいんだ。って、いいんちょ、こんな時間に自習してたのかよ。知らなかった」


 正直に事情を話しながら、カバンを自分の席に置いた。だが、ウチのクラスの学級委員長は、疑いの視線を向ける。

「教室の方が集中できるからね。あっ、もしかして、相談したいことってご両親への挨拶のことなんじゃないかな?」

「違うな。大体、俺たちはまだ中学生だし、結婚とか当分先の話だ。それと、俺と小野寺さんはまだ付き合ってない」

「そろそろ告りなさいよ。私は身分の壁を超える大恋愛を応援するから。最高最善の未来へ導く恋のキューピット。椎葉流紀として」

「最低でも4年後の話だ。まだ告ってないし、交際も認められてない」

 

「倉雲、結婚するのか?」

 いつの間にかドアが静かに開き、ポニーテールの同級生が顔を覗かせた。

「渡辺さん。なんでこんなところにいるんだ?」

 驚きながら、隣のクラスの少女の前で首を傾げた。

「心美ちゃんに呼び出された」

「つまり、小野寺さんは、俺と渡辺さんに相談したいことがあるってことだなって、まだ結婚しないから」

「外から結婚って声が聞こえてきて、驚いた。もし結婚することになったら、友人枠で招待してほしい。あの小野寺グループの結婚式。きっと有名イケメン俳優とか出席するんだろうな」

「結婚式は親族だけで済ませる可能性もあり得るけど、庶民じゃ想像できないような超豪華な結婚式になると思う。お中元も数十万円くらいしそうだったから」


「お中元!」と叫ぶ渡辺さんは、目を大きく見開いた。

「倉雲くん、心美ちゃんからお中元貰ったんだ。初耳だよ」

 いいんちょがそう呟くと、俺は首を縦に動かした。

「ああ。将来親戚になるかもしれないからって……」

「つまり、結婚を前提にしたお付き合いがしたいってことね。そっちがその気なら、告ればめでたくカップル成立でしょ?」

「ああ、いいんちょ。そうだといいんだけどな。庶民との交際を認めないっていうヤツもいるらしいから、簡単な話じゃない」

「ああ、こんな身近なクラスメイトが身分の壁を越えようしていたなんて。最高♪」

 そう学級委員長が目を輝かせた後、ガラガラと教室のドアが開き、俺たちを呼び出した自称資産家令嬢が顔を出した。相変わらずの黒髪ロング美少女。前髪は誕生日プレゼントとして贈ったラベンダーモチーフのヘアピンが止まっている。


「みんな、来てたんだね」

 ヘアピンに優しく触れながら、顔を赤くして、俺の元へ一歩を踏み出す。

「小野寺さん。相談したいことってなんだ? 俺と渡辺さんに何か話があって、こんな時間に呼び出したんだろ?」

「うん。夏休みのことね。渡辺さんには言ってなかったけど、夏休みはウチの別荘で過ごそうと思うの。1泊2日しかできないけど。今日は、倉雲君と渡辺さんの夏休みの予定を聞いて、日程や行先を決めようと思ったんだ」

 本題が分かると、いいんちょは、すかさず挙手する。


「私の予定は聞かなくていいの?」

 この一言で小野寺さんは両手を合わせ、頭を下げた。

「ごめんなさい。流紀ちゃんのこと忘れていました。まあ、飛行機のチケットはこれから取ればいいから、大丈夫です。4人が5人になっても問題ありません」

「5人? ここにいる4人だけじゃないのか?」

 そう目を丸くしたのは渡辺さんだった。そこに俺が補足する。

「中学生だけでの旅行は厳しいからな。保護者として小野寺さんとこの運転手のヨウジイさんも同行するんだったな」

「そう。ヨウジイに相談したら、私たちの旅行に付き合うって言ってたから」


 そう説明してから、小野寺さんは咳払いした。

「そろそろ本題に入ります。8月1日から14日までの2週間で都合がいい日を教えてください」

「その前に、どこの別荘に行くんだ?」

「倉雲君。それはクジで決めるから、まずは都合がいい日を教えて」

「ああ。別にいつでもいいけど、お盆期間は避けたいな。あの時期だと、どこも人が多くて、観光どころじゃなさそうだからな」

「そう。お盆はお父さんの実家に帰省するから無理だ」

 渡辺さんも俺の意見に賛同。すると、いいんちょはスマホから視線を小野寺さんに向けた。

「じゃあ、8月1日はどう? そのあとになると商店街の夏祭りの準備で忙しいから」

「日程は8月1日から1泊2日っと。次はお待ちかねの行先。どこの別荘に行くのか」

 メモ帳に日付を記入してから、小野寺さんはカバンから丸い銀色の缶を取り出してみせた。手のひらサイズのそれの蓋を取ると、そこには四つ折りにされた紙が5枚入っている。


「じゃあ、渡辺さん。ここから1枚引いて」

 言われるまま渡辺さんは適当に缶の中にある紙を1枚手にする。

「では、それを私に渡してください」

 続けて指示に従い、渡辺さんから渡された紙を開く。

「SHIMANE」

 その明るい声を聴き、俺の思考回路は一瞬だけ停止した。

「小野寺さん、オリンピックの開催地発表かよ!」

「うん、正解。オリンピック開催地発表っぽく行先を発表してみたんだよ。少しでもみんなに楽しんでもらいたくて。ということで、行先は島根県にある私の別荘に決定♪」

 華麗にツッコミをスルーされたが、夏休みの予定は決定した。


「島根県なら行きたいところがあるんだけど……」

 行先が決まり、いいんちょは目を輝かせて両手を合わせる。

「そうだね。行きたいところがあったら、リクエストしていいよ。流紀ちゃん、どこに行きたいの?」

 頷いてから、いいんちょが小野寺さんに耳打ちした。すると、見る見るうちに顔が赤くなっていく。

「流紀……ちゃん」

 明らかに動揺した小野寺さんの顔を見て、いいんちょはからかうような笑みを浮かべる。

「気になるんでしょ? 倉雲くんのこと」

 小野寺さんは無言でチラリと俺の顔を見た。訳も分からないまま、俺はいいんちょと視線を合わす。

「いいんちょはどこに行きたいんだ?」と疑問をぶつけると、人差し指を唇に当てる。

「内緒。当日までのお楽しみ♪」



 8月1日。島根県にある小野寺グループの別荘に出かける。近くにいいんちょや渡辺さんたちもいるけど、小野寺さんと遠くに出かける初めての経験であることに変わりない。

 その楽しみは、日を追うごとに増していった。

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