第19話 Go to mysterious school excursion day 3.
俺のクラスの学級委員長は、睡眠不足らしい。
修学旅行最終日の貸し切りバスの中で、俺は目をパチクリとさせた。
視線を右に向けると、ウチのクラスの学級委員長が俺の肩に寄り掛かるようにして、寝息を立てていた。
あの人気アイドルと瓜二つな同級生の寝顔が目に飛び込んできて、思わずドキっとしてしまう。おそらく、このシチュエーションにドキドキしない男子はいないだろう。
そんなことを考えながら、数時間前のことを振り返った。
修学旅行最終日の朝、昨日と同じように松浦と共に食堂に行く。すると、俺の存在に気が付いた学級委員長がゆっくりと歩み寄ってきた。その瞬間、俺の違和感を覚えた。
長い髪はどこかで見たヘアゴムによってポニーテールに結われている。
さらに、欠伸を繰り返しながら、俺たちに近づいている。
何かがおかしい。そんな違和感を抱えたままで、俺は首を傾げた。
その一方で、俺の隣にいた松浦は笑顔になっている。
「おはよう、いいんちょ。どうしたんだ? 今日のいいんちょ、何かおかしいと思うのだが……」
「ふぁー。寝不足でね。昨日、睡眠時間を削って、クラスのみんなと心美ちゃんを呼んで恋バナ大会してたから。心美ちゃんは、倉雲くんを好きになった理由を話さなかったけど、楽しかったよ」
「そうか。良かったな。楽しみにしてたことができて」
「ところで、他に気になることない?」
共感する俺に対して、いいんちょがかわいらしく首を傾げる。
「ああ、今日は髪型が違うな。いつもは後ろ髪を結ってないのだが」
「はい、正解です♪」
そう言いながら、いいんちょは指を鳴らした。
「昨日、松浦くんからヘアゴムを貰ったから、早速使ってみたんだよ。女の子の些細な変化に気付くなんて、流石、倉雲くん。かわいい彼女がいるクラスメイトは一味違うね♪」
言葉を続けたウチのクラスの学級委員長がクスクスと笑う。
「うわぁ。ヤバイ。今日のいいんちょ、いつもの3倍くらいかわいいぞ!」
目を輝かせた松浦が楽しそうに両手を叩く。それに対して、いいんちょはクスっと笑った。
「そんなに褒めても、何も出ないよ。それにしても、このヘアゴム、いいね。シンプルな茶色いヘアゴムにワンポイントのピンク色のハートマークがアクセントになってるよ。贈り物のセンスあるね」
「いやぁ。そんなことない。心美お嬢様に相談して選んだからな」
松浦が照れながら頭を掻く。
「そうなんだ。さて、学級委員長、椎葉流紀。もっとシャキッとしないと、みんなに笑われちゃうわ。マジメスイッチオンですっ!」
ウチのクラスの学級委員長が納得の表情を浮かべた後で、両手で自分の頬を叩いた。
「いいんちょ、なんだ? さっきのヤツ」
突然のことに俺は困惑の表情になる。
「私、こう見えて、学級委員長だから。クラスのみんなのお手本になるように振る舞わないといけないの。如何にも寝不足ですみたいな顔だけは見せたらダメだと思う」
「いきなり、マジメな学級委員長アピールを始めやがった!」
それから、昨日と同じように食堂で朝食を楽しみ、部屋から貸し切りバスまで荷物を運び、ホテルをチェックアウト。
そうして、俺たちは貸し切りバスに揺られ、姫路城へと向かった。
その5分後、事件が起きた。
何の前触れもなく、俺の右肩に何かが触れる。まさかと思い、視線を右に向けると、隣の席に座っていたウチのクラスの学級委員長の頭が見えた。
サラサラとした髪が肩に振れ、近くから小さな寝息も聞こえてくる。
0センチ未満の距離に、人気アイドルと同じ顔の学級委員長がいる。
多くのファンたちが羨むに違いないシチュエーションに、思わず胸がドキドキしてしまう。
静かに走るバスの中、周囲を見渡すと、誰も学級委員長が寝ていることに気が付いていない。
それならと思い、いいんちょの耳元で小さく囁く。
「いいんちょ、俺の肩を枕にして寝るなよ!」
だが、学級委員長は目を覚まさず、寝言を漏らした。
「うーん。ファイナルジャッジメントは、諸刃の剣だよ」
いったい、どんな夢を見ているのだろうか?
そんなことを思いながら、いいんちょの寝顔を覗き込む。
飛び込んできたのは、あの病室で見た東野吹雪と同じ寝顔。あのかわいい顔がダブって見えてしまい、思わず目を擦った。
丁度その時、いいんちょが瞬いた。それから、ゆっくりと瞳が開いていく。そして、最終的に学級委員長の目は大きく見開いた。
驚く学級委員長と顔を合わせてから、数秒の沈黙が流れる。
そのあとで学級委員長は瞼を擦りながら、首を傾げた。その顔は赤く染まっている。
「えっと、おはよう、倉雲くん」
「おはよう。いいんちょ。まさか、バスに乗ってから5分後に俺の肩に寄り掛かるようにして寝るとは思わなかったな」
小声でヒソヒソ話するように話しかける。すると、いいんちょがマジメな顔つきで両手を合わせた。
「ごめんなさい。寝てたみたい。それで、私の寝顔を覗き込んで、何をするつもりだったのかな?」
転じて、いいんちょが無表情で素朴な疑問をぶつけた。耳元で小さな声で囁くように飛び出した問いに対して、ヒソヒソ話で返す。
「いや、あの東野吹雪と同じ顔で寝てるって思いながら、眺めていただけで、疾しいことをやろうなんて考えてないからな!」
「吹雪と同じ寝顔って、なんで知ってるの? まさか、心美ちゃんという彼女がいながら、一線超えたの? 一般男子中学生とのお泊りデートっていう特大スキャンダルネタで芸能界引退になったら、絶対許さないから!」
俺の耳元で怒りの声が響く。その一方で、俺は首を横に振ってから、ヒソヒソ話を続けた。
「誤解だ。いいんちょが刺されて入院しただろ? あの時、お見舞いに来ていた東野さんが、いいんちょと同じ顔で寝ているのを見ただけで、お泊りデートなんてしてないんだ。信じてくれ」
無実を訴え、いいんちょの目の前で両手を合わせる。
真面目な俺の顔を見たウチのクラスの学級委員長は、溜息を吐き、重い肩を落とした。
「分かったわ。ウソじゃないみたいだね。それにしても、あの吹雪の寝顔を倉雲くんに見られてたなんてね。私だって、7年くらい見てないのに。なんか悔しいな。私、二度と負けないからっ!」
小声で話した後で、いいんちょはジッと俺の顔を見た。その瞳から火花が散っているのが見える。
「いいんちょ、俺は勝負した覚えがないんだが。それと、対抗心むき出しにするなよ!」
いつも通りなツッコミを入れる間にも、バスは進んでいく。
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