俺の家の隣の洋館に住んでいる同級生は、確かめたいことがあるらしい。

 班ごとの京都観光が終わり、昨日と同じホテルに戻る。

 それから、俺たちは班ごとに机を囲み、食堂で夕食を食べ終わった。

 朝と同じように流れた優雅な雰囲気のクラシック音楽を聴きながら、前を向く。

 すると、ウチのクラスの学級委員長が、手元にあった紙を押し当てるようにして、唇の汚れを取っていた。

 一方で、俺の隣に座っている松浦が不満を漏らす。


「いいんちょ、交際一歩手前まで来たのに、なんで俺の斜め前の席に座ったんだ?」

 そんな松浦の問いかけに対して、いいんちょがクスっと笑う。

「仕方ないでしょ? 席は最初から指定されてるんだから。それとね。交際一歩手前って表現は不適切だよ。私にとっての松浦くんは、友達以上恋人未満な関係じゃなくて、ただの仲良しな異性の友達という認識だから」

「いいんちょ、言い過ぎだ」

 一触即発なふたりの間に割って入る。

「そうかな? ホントのことだと思うけど……」

 いいんちょが俺の言い分に対して、首を傾げる。丁度その時、俺の視界に心美が映り込んだ。彼女は俺たちが座っている席に向かいゆっくりと近づいてくる。

 そうして、心美は俺の席の後ろに立ち、いいんちょの右隣に座っている南條さんの顔をジッと見つめた。その一方で、いいんちょが心美に視線を向ける。


「心美ちゃん。倉雲くんに会いに来たんでしょ? 班長会までふたりでイチャイチャするのかな?」

「違うよ。今日は南條さんに聞きたいことがあってね。2年前にある人から貰ったヒマワリのキーホルダーについて」

 首を横に振ってから、本題を切り出そうとする心美。その一方でいいんちょは目を輝かせた。

「あのキーホルダーのこと、私も気になってたんだよね。私も心美ちゃんと一緒にお話し聞いちゃおうかな?」


 興味津々な表情のウチのクラスの学級委員長で右隣に座る地味なクラスメイトの顔をチラリと見る。それと同時に俺も南條さんの顔を見つめた。そのショートカットメガネ女子中学生は、動揺するように目を泳がせている。


「……流紀ちゃん、奈央、場所を変えようかな。この状態だと聞きたいことも聞けなさそうだから。とりあえず、この時間帯なら1階のラウンジで話しを聞くのが1番だと思う。あそこなら、今の時間帯、誰もいないよ」

「それもそうね。男子は女子が宿泊してる部屋に行けないから。その逆もしかり」

 心美といいんちょがお互いに首を縦に動かす。そんなやり取りと俺は目を点にして見ていた。



 ホテルの1階にあるラウンジには、茶色いソファーが机を囲むように並べられている。心美といいんちょによって強制的に連行された南條さんがソファーに座り、その右隣にいいんちょが着席する。


 机を挟み南條さんの正面に心美が座った。それから俺は、いいんちょと向き合うようにして心美の隣に腰を掛ける。

 机の上には、南條さんがいつもカバンに付けているヒマワリのキーホルダーが置かれていた。


「単刀直入にお聞きします。そのキーホルダーは、小野寺サヤカ。私のお姉様から受け取ったものですか?」


 早速本題に入った心美が目の前にいる南條さんに問いかける。南條さんは緊張しているらしく、沈黙を続けていた。その一方で、いいんちょは驚きの表情で心美の顔をジッと見つめた。


「えっ、心美ちゃんってお姉ちゃんがいたんだ。知らなかったよ」

「まあ、血は繋がってないから、顔とか似てないけどね」

「血が繋がってないってことは、まさか再婚した妻の連れ子!」

 知らなかった事実に食いつくウチのクラスの学級委員長が興味津々な表情を見せる。そんな学級委員長と視線を合わせた心美は首を横に振った。


「違うよ。再婚なんてしてないから! まあ、いろいろあって養子に……って今はその話はどうでもいいよ。2年前、一時退院して京都を訪れたサヤカお姉様が、そのキーホルダーを大切な人に贈るんだって言って買ってたのを私は覚えてる。あの時は一穂ちゃんのお土産かと思ってたけど、本人に確かめたら、そんなの貰ってないって言われたんだよ。今まで誰への贈り物だったのか分からなかったけど、昨日、南條さんがそれと同じモノを見に付けていることを知って思ったの。根拠や証拠もない私の想像だけど、このキーホルダーはサヤカ姉様から貰ったんじゃないかって」


 推理を語った心美が机の上にあるキーホルダーを指差す。その時、南條さんが重い口を開いた。


「……小野寺さんがサヤカさんに似ていなかったから、人違いだと思ってた。」

「自白か? 南條さんとサヤカさんの間には何かの繋がりがあった」

 俺からの問いかけに南條さんが小さく首を縦に振る。

「……はい。間違いありません。2年前、サヤカさんからこのキーホルダーが贈られてきました」

「つまり、南條さんは庶民ってことだね。サヤカ姉様は榎丸病院のVIP病室に入院してたから、庶民の子に直接手渡しできるわけない。それなのに……」

 その時、心美の言葉を引き継ぐような疑問が、俺の口から漏れた。

「なぜ2人は出会ったのか? 気になるな」

 俺と心美が互いの驚き顔を見合わせる。

 

「スゴイ。以心伝心だね。流石、ラブラブカップル♪」

 俺の目の前でいいんちょが目を輝かせた。そんな笑顔の学級委員長と顔を合わせた俺は苦笑いする。

「ラブラブカップルって……」

「ラブラブカップルという響きがなんかいい! 最高な誉め言葉だよ」

 対照的に心美が嬉しそうに笑う。そんな俺たちと対面したウチのクラスの学級委員長が両手を胸の前で組んだ。

「ふふふ。まさか、そこまで気持ちが通じ合っているとは思わなかったわ。その絆、双子以上」

「どういうことだよ!」といつも通りのツッコミを入れながら、いいんちょの隣の席に視線を向ける。すると、そこには南條さんの姿がなかった。突然のことに、思わず驚きの声を漏らす。


「待て。いつの間にか、南條さんの姿が見えなくなっているんだが……」

 机の上にあったはずのヒマワリのキーホルダーも消え、ようやく気が付いた心美といいんちょが互いの顔を見合わせる。


「ホントだ。いつの間にかいなくなってる。逃げられたみたいだね」

 落胆する心美から視線を顎に手を置くウチのクラスの学級委員長に視線を向ける。

「ふむふむ。この気配の消し方は忍者のものだね。忍者にあったことないけど、間違いないよ」

「あったことないのに、なんで自信満々なんだよ! そんなことより、いいのか? 追いかけなくて。多分、まだ近くにいると思うぞ」


 首を傾げる俺と顔を合わせた心美が首を横に振る。

「いいよ。あれ以上聞いても、何も答えてくれない気がするから。これで南條さんとサヤカ姉様に繋がりがあるってことだけでも分かったんだから、今度は南條さんを誘って墓参りに行くつもり。もちろん奈央も一緒にね。ウチのお墓、庶民が入れない場所にあるから」

「まあ、心美がいいなら、それでいいけどな」


 同意しながら笑顔の心美と顔を合わせる。

 すると、心美は両手を叩き、制服スカートのポケットから白い正方形の封筒のようなモノを取り出した。封にはピンク色のハートマークが貼られている。


「奈央、誕生日おめでとうございます。これは、今朝渡す予定だったプレゼントです」

 心美がハニカミながら、白い封筒を俺に手渡す。

 その様子を近くで見ていたウチのクラスの学級委員長は、ニヤニヤと笑った。

「付き合い始めて初の誕生日プレゼントだね。その場に立ち会えて幸せ♪」

「流紀ちゃん。奈央に誕生日プレゼント送れたのも初めてだから」

「そうなんだ。倉雲くん。この場で封筒開けてよ。心美ちゃんからの誕生日プレゼント。気になっちゃうから」

「ああ、そうだな……」

 

 いいんちょに促されて、封筒を開ける。ピンク色のハートマークシールを剥がし、中に入っていた紙を取り出した。


「えっと、これって……」と呟いた俺の目が丸くなる。

 その中に入っていたのは、どこかのキレイな浜辺でカメラ目線のピースサインをする心美の写真。着用している水着は、花柄のビキニだった。

 突然渡された水着写真を、いいんちょも覗き込む。

 それから、困惑する俺と視線を合わせた心美がドヤ顔になった。


「庶民の男の子が欲しいモノは、かわいい女の子の水着写真だって一穂ちゃんが言ってたからね。因みに、胸のところを擦るとラベンダーのいい匂いがするんだって!」

「いつの時代のエロ本の付録だよ! まあ、この水着姿はスゴくかわいいなぁ」

「ホント! 私、すごく嬉しいです!」

 楽しそうに笑う心美が、俺の両手を優しく包み込む。

 お互いに見つめあう様子を間近で見ていたウチのクラスの学級委員長はニヤニヤと笑った。

「いやぁ。倉雲くんと心美ちゃんの身分差ラブラブカップル。見てて飽きないね♪」

「ラブラブカップルって……」と数分前と同じく苦笑いする。その一方で心美は嬉しそうに笑った。

「ラブラブカップルという響きがなんかいい! 最高な誉め言葉だよ」

「俺たち、数分前と同じやりとりしてないか?」



 修学旅行2日目は、新たな謎と笑いと共に幕を閉じた。

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