隣の洋館に住んでいる同級生は、集合写真に闘志を燃やしているらしい。
「ここ姫路城は別名、
天を舞う白鷺のように見える白の城の前で、頭頂部が円形に禿げた現地ガイドの話を聞く。
修学旅行最終日に訪れたのは、世界遺産として知られる姫路城。ここをクラスごとにまとまって、現地ガイドと共に回っていく。
心美と同じ場所にいるのに、別々に行動するもどかしさを胸に抱えながら、まとまってゾロゾロと歩いていく。
すると、誰かが背後から俺の右肩を叩いた。無意識に背後を振り返ると、そこにウ
チのクラスの学級委員長がいる。
いいんちょは、ニヤニヤと笑い、俺の耳元で囁いた。
「顔に書いてるよ。心美ちゃんと一緒に姫路城観光したかったって」
いいんちょは、完全に俺をからかっている。そう思いながら、苦笑いした。
「面白がるなよ。昨日は心美と清水寺に行けたけど、今日は上手くいかないんだろ? 集団から抜け出して、2人だけで観光なんて不可能だ」
「そうだね。他のお客さんの迷惑にならないように、観光ルートもクラスごとに変えてあるらしいけど、まだ負けたわけじゃないよ?」
俺とヒソヒソ話を繰り返すウチのクラスの学級委員長を前にして、目を点にする。
「いいんちょ、誰と戦っているんだ?」
「ふふふ。私語はここまでにしよっか」
「今更かよ!」
少し遠くに見えた姫路城の前まで2分で辿り着く。目の前に聳え《そび》立つ白を基調にした古城を見上げる。しばらくして、顔を前に向けると、なぜか集団の中に混ざる心美の姿が飛び込んできた。前髪に相変わらずラベンダーをモチーフにしたヘアピンが止めた心美は、近くに俺がいることに気付いて、すぐに歩み寄った。
「奈央、やっと会えたね♪」
「心美、なんでここに……」と驚きの声を出すと、心美はクスっと笑った。
「一足先に姫路城の天守閣に登っていたんだよ。もちろん、クラスのみんなと一緒にね。奈央たちはこれから登るんだよね?」
「えっと、心美。クラスから離れて大丈夫か? 俺に会えて嬉しいって気持ちは分かるけど……」
「私と同じだね。私も奈央に会えて嬉しいから!」
言葉を遮った心美が笑顔で俺の右手を握ってくる。彼女を顔を思わず見つめた瞬間、胸がドキドキしてしまう。
そんなやり取りを近くで見ていたウチのクラスの学級委員長は咳払いした。
「倉雲くん。修学旅行のしおりをちゃんと読んでよ。アレに書いてあったでしょ? ここで集合写真を撮影するって。2年生全員でね」
「そういえば、気になってたんだ。修学旅行と言えば、学年で撮影する集合写真のはずなのに、これまで一度も撮影されてなかったから。クラスごとの撮影なら何度かあった気がするが」
集合写真と聞き、スッキリとした表情になる。
「そうそう。ホントは初日の夜にクルーズ船の甲板の上でドローン飛ばして集合写真を撮影する予定だったけど、夜間撮影の許可が取れなくて、できなかったんだよ。つまり、今回が修学旅行中に2年生全員で集合写真が撮影できるラストチャンスなのです!」
思い出したように裏話を口にした心美の瞳にはなぜか炎が宿っていた。そのことに疑問に感じた俺は首を傾げる。
「心美、なんだ? その顔?」
「今回が修学旅行中に2年生全員で集合写真が撮影できるラストチャンスなのです!」
「どうして、同じこと2回も繰り返したんだ?」
訳が分からない俺と顔を合わせた心美は溜息を吐く。
「だから、クラスが違う私と奈央が、一緒に集合写真に写れるラストチャンスだって言いたいの! これなら修学旅行中に奈央の隣に並んで集合写真を撮ったっていう思い出が残る。2年生全員での集合写真。なんて最高な企画なのでしょう」
心美が赤くなった頬を隠しながら喜ぶ。すると、いいんちょが右手を挙げてから、両手を合わせた。
「ごめん、心美ちゃん。残念だけど、2年生全員での集合写真でも心美ちゃんは倉雲くんの隣にいられないの」
「流紀ちゃん、どういうこと?」
当然のように湧いてきた疑問を心美がぶつける。
「そういう仕様です。まず、クラスごとに男女に別れて、2列に並びます。右側が男子で左側が女子。A組が最前列で、次にB組って感じに順番にね。そして、同じ方法でD組の子たちが並んだら、撮影開始。つまり、何が言いたいかっていうとね。別のクラスに在籍している心美ちゃんは、唯一、男女並んで映ることができる中央にいても、大好きな倉雲くんとは似ても似つかないC組の男子と並んでしまう」
「ウソでしょ? 流紀ちゃん。なんとかならないの? 私がいるクラスの男子と奈央を入れ替えるとか……」
困惑する心美に対して、いいんちょが首を横に振る。
「残念だけど、学級委員長の権限ではどうすることもできないわ」
「だったら、カメラマンさんを買収して……」
「心美、落ち着け!」
暴走しそうな心美の両肩を優しく掴む。その瞬間、心美の顔が赤くなった。ぼーっとした視線が重なり、見つめあってしまう。そんな俺たちを近くで見ていたウチのクラスの学級委員長は咳払いする。
「心美ちゃん、私は倉雲くんの隣にいられないとしか言ってないよ。隣がダメなら、斜め前を狙えばいい。幸運なことに、私と倉雲くんはB組、心美ちゃんはC組なんだから。倉雲くんが4列目中央、心美ちゃんが5列目中央に来ればいい。まあ、私は最初から倉雲くんが4列目中央に来るように誘導するつもり……」
言い切るよりも先に、心美がウチのクラスの学級委員長の体に前から抱き着く。
「ありがとうございます。流紀ちゃん、私、奈央の斜め前を陣取ります」
「そういえば、いいんちょ。どうやって俺をそこに誘導するつもりだったんだ?」
優しく心美を抱くいいんちょに、そう尋ねる。すると、いいんちょは真顔になってペラペラと話した。
「ん? そんなの簡単でしょ? 私と一緒にそこに行くだけ。隣にいる倉雲くんと後ろにいる心美ちゃんのラブラブな雰囲気を近くで堪能するために」
その瞬間、心美の体を禍々しいオーラが包み込んだ気がした。それと同時に、いいんちょから離れた心美が笑顔になる。
「流紀ちゃんは松浦君の隣がいいと思うよ」
心美の笑顔をみた俺の背筋が凍り付く。そのあとで心美は、周囲を見渡して、右手を振った。
「あっ、松浦君。流紀ちゃんが隣で集合写真に写りたいって」
「ちょっと、心美ちゃん。そんなこと言ってないから!」
いいんちょが慌てながら両手を振る。それに対して心美はクスっと笑った。
そんな出来事から5分後、他のクラスの同級生たちも姫路城前に集まった。クラスごとに列を形成していく中で、俺は目をパチクリとさせる。
俺がいるのは、4列目中央。隣には当然のようにいいんちょがいて、斜め後ろを振り返ると心美がいた。
「それでは、撮影を始めます」
前方にいるカメラマンの声を聞いた瞬間、斜め後ろから視線を感じた。後ろを振り向くと、カメラから視線を俺に向けた心美が優しく微笑んでいる。
そのあとで、心美は斜め前に腕を伸ばした。その手は俺の肩に触れ、優しく握られてしまう。
当然のことに驚き、徐々に俺の顔が赤く染まっていく。その間にシャッターが押された。
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