俺の家の隣の洋館に住んでいる同級生は、相合い傘で駐車場まで行きたいらしい。

「お昼のアナゴ飯、美味しかったね」


心美が微笑みながら、こう語りかけてくる。

その周囲には、お土産を手に取る同級生たちが集まっていた。


クラスごとの姫路城観光も終わり、お昼時に近くのレストランでアナゴ飯を食する。それを食べ終わると、近くのお土産屋に移動。貸し切りバス出発の時間まで、俺たちはお土産を選んでいた。


お店の壁に掛けられた時計を見て、残り時間が20分あることを知ると、隣にいる心美が心配そうな顔を見せた。

「奈央、一穂ちゃんのお土産って買ってないよね?」

「そういえば、買ってなかったな」

 そんな俺の答えを聞き、心美はホッとしたような表情で胸をなでおろす。

「良かった。まだ買ってなかったんだね」

「なんで嬉しそうなんだ?」

「一穂ちゃんのお土産は私と奈央がお金を出し合って買おうって思ってたから。それなら、奈央の手から一穂ちゃんにお土産を贈らなくても、私が渡せばいい」

「なるほど、そんなことを考えてたんだな」

「まあね。さあ、あまり時間ないから、選びましょう。あっ、このポスターのご当地プリン美味しそうだね」


 心美は笑顔で目の前に張られているポスターを指差す。美味しそうなプリンのイラストに添えてキャッチコピーまで書かれていて、俺はその文字を目で追った。


「なんだって、トロトロ食感で、なめらかな味わい。プリン専門店人気ナンバーワン!」

「奈央、これしかないよ!」とキャッチコピーを読み上げた俺の隣で心美が胸を張る。

「そうだなって……」

 同意しようとしたその時、俺の頭に問題点が浮かび上がった。思わず深刻な顔になってしまい、心配した心美が俺の顔を覗き込む。


「奈央、どうしたの?」

「ああ、そういえばプリンって要冷蔵だったな。このまま持って帰ったら、保冷剤を入れたとしても、俺たちが暮らす街まで持つかどうか……」

「確か、そういうことも想定して、行先によって保冷剤の量を調整しているってクラスの子に聞いたことがあるよ。それか、クール便で送ってみるかの2択だね。後者の場合は、私と奈央の連盟で一穂ちゃんの自宅に届けたら、直接渡す手間は省けるけど……」


 真剣な表情で俺の悩みに答えようとする心美と顔を合わせた俺は、思わずクスっと笑ってしまう。その反応に対して、心美は首を傾げた。


「奈央?」

「ごめんな。なんか資産家令嬢にしては考え方が庶民的だと思ってな。、あの専門店のキッチンカーを榎丸さんの自宅マンションの駐車場まで呼ぶって答えると思った」

「それやろうとしたら、最低でも1か月はかかるからね。まあ、庶民の同級生たちと接することで、庶民目線の考え方が身に着いたのかもね」


 微笑んだ心美と共に冷蔵ケースに行き、目的のプリンを手に取る。ガラス瓶に入れられたそれをレジまで運び、お金を払う。そして、店員は、目的地に合わせた量の保冷剤を詰め込まれた箱の中にプリンを入れた。そのあとで閉じられた箱を心美が受け取る。


 無事に榎丸さんのお土産を購入して、店の外に出て、空を見上げると、青かった空は薄黒い雲に包まれていた。その雲からポツリと雨が落ちていく。


「さっきまで晴れてたのに、雨かよ。傘持ってないから、店に戻ってビニール傘でも……」

 言い切るよりも先に、俺の背後に回り込んでいた心美が、制服の裾を掴む。それに反応して背後を振り返ると、心美は初めて会ったあの日と同じ笑顔を俺に向けていた。


 その右手には、いつかの折り畳み傘が握られていて、彼女はそっと俺に差し出してくる。


「はい。傘がなくて困ってるんでしょ?」

「あっ、ありがとうなって、この流れ……」

 謎の既視感が頭を過った中で、心美はさらに距離を詰め、優しく微笑む。


「通り雨だと思うけど、奈央、一緒に400メートル先の駐車場まで戻っていい? 同じ傘に入って」

「またかよ!」

「ふふふ。雨が降ったら相合い傘するのが、お約束なのですよ!」

「まあ、心美がいいなら、それでいいけど……」と言いながら、俺は頭を掻いた。

「じゃあ、傘は奈央が持って」

「ああ、分かった」と答え、傘を差し、その中に心美が入る。



 4度目の相合い傘は姫路城周辺。

 そこは、いつもとは違う街並み。それでも俺と心美はいつもと同じように、同じ傘に入って歩く。


「それにしても、吹雪ちゃんの人気ってスゴイよね。あれから半年も経ってないのに、誰もが知ってる超人気アイドルになってるんだよ!」

 同じ傘の下で心美が呟く。その話題を受けた俺の頭に、人気アイドルの東野吹雪の顔が浮かぶ。

「そうだな。いいんちょも大変だ。東野さんと見間違えたファンの子たちに囲まれて、毎回のように足止めされてたからな。今日だって、一緒にお土産屋に行こうとしたら、通りすがりの観光客たちに捕まってた」

「まあ、そのおかげでこうやって、ふたりきりで相合い傘できたんだから、吹雪ちゃんには感謝しないとね」


 そんな会話を交わした直後、傘に落ちた雨粒が弾けた。空から降り注ぐ

雨粒はゆっくりと地上に落ちていく。

 それと同時に、隣を歩く心美が俺の制服の裾を引っ張って、立ち止まった。頬を赤く染めたその顔は、俺に向けている。そんな彼女と動きを合わせて、俺もその場に立ち、視線を彼女に向けた。


 俺と心美の始まりは相合い傘だった。

 あの雨の日、俺の前に現れた心美は、初対面の俺と相合い傘で帰ろうとした。

 

 あの時から、俺と心美にとっての相合い傘は、特別なモノになっていった。


「……2人だけの特別なことをしたらいいと思うなぁ」


 いつか聞いたウチのクラスの学級委員長のアドバイスが頭を過り、今まで頭の片隅を覆っていた白い霧が消えた気がした。


 2人だけの特別なこと。その答えは、これしかない。

 そんな想いが胸の中で弾け、声が飛び出す。


「いいんちょが近くにいても、俺は心美と相合い傘したいから……」

「流紀ちゃんが近くにいても、私は奈央と相合い傘したいから……」


 お互いの声と想いが重なる。その瞬間、心美は思わず首を傾げた。


「えっ、奈央はいつからエスパーになったのかな? なんか最近、私が思っていることを言い当てられるようになってるよ!」

「偶然かもしれないが、あれは俺の本音だな。少し前に、いいんちょに言われたんだ。心美と特別なことをした方がいいって。それが何か分からなかったけど、やっと分かった。俺と心美にとっての特別なことは、相合い傘だったんだ。俺が傘に入れるのは心美だけなんだ!」


 想いが爆発した後で、心美が頬を緩める。そうして、お互いに顔を見つめあい、俺の両頬に彼女の両手が触れた。

「奈央、そんなこと考えてたんだ。嬉しいよ。じゃあ、一穂ちゃんとは絶対に相合い傘しないんだね?」

「えっと、なんで榎丸さんの名前が出てくるのか分からないが、俺は心美としか相合い傘したくない」

「うん。その目はウソじゃないね」



「相変わらずラブラブカップルだね」

 そんな声を耳にした俺と心美は一緒に背後を振り返った。そこで傘を差して、ニヤニヤとした表情で佇んでいたのは、ウチのクラスの学級委員長。

「いいんちょ、なんで……」

「なんでって、私も駐車場に向かっているんだよ。集まった吹雪ファンの子たちにサービスしてからね。そうしたら、ラブラブな倉雲くんと心美ちゃんが見えたから、しばらく後ろから見てた。さあさあ、私のことを気にせず、相合い傘で駐車場に向かいなさいよ。私が近くにいても相合い傘したいんでしょ?」

「いいんちょ、俺と心美が互いの想いを同じタイミングで打ち明けた件から見てただろ!」


 目的地は400メートル先の駐車場。そこへ人の目を気にせず、同じ歩幅で目指していく。

 雨降る中で、お互いの修学旅行の思い出を語り、気が付いた頃には貸し切りバスの前に来ていた。


 違うクラスにいる心美とも修学旅行を楽しめた。

 そんな自信を胸に抱いている間に、修学旅行は終わろうとしている。


 午後1時にクラス全員を乗せた貸し切りバスが出発。それから、駅の近くにある駐車場から降りて、駅から新幹線で自分たちが暮らす街へ戻る。


 こうして、俺たちの修学旅行は幕を閉じたのだった。

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