俺のクラスの学級委員長は、アリバイがあるらしい。
「いいんちょが2人いるだと!」
商店街特設ステージ上にいる顔馴染みの同級生と、目の前の同級生の顔を見比べた俺は動揺していた。
まるでドッペルゲンガーのように現れたいいんちょは、にこやかに微笑んだ。そのあとで、目の前の白ワンピース姿の彼女は、右手人差し指を唇に当てる。
「静かにして。えっと、倉雲君。デート中で申し訳ないけど、付き合ってください」
「付き合って……」と俺の右隣にいた小野寺さんは声を荒げた。真っ赤な顔でかなり動揺している。同じように突然告白された俺の頭は真っ白になった。すると、いいんちょは俺の前で右手を振ってみせる。
「聞こえてますか?」
「流紀ちゃん。ダメです。倉雲君は……」
呆然とする俺の前に、小野寺さんが立ち、宣戦布告するかのような目でいいんちょと対峙した。だがしかし、いいんちょはクスっと笑う。
「なんか勘違いされてるみたい。事情を話したかっただけなのに。あっ、忘れてた。心美ちゃんも来ていいよ。ミルクティーが美味しい店、紹介してあげる」
「流紀ちゃん。私、ミルクティー好きです」
目を輝かせ、いいんちょの右手を掴むのを間近で見せられた俺は、首を捻る。
「ちょっと待て。俺のために争わないでって流れはどこ行ったんだ!」
「だから、誤解だって。事情を話すって意味の告白であって……ああ、長居したくないから、早く行こうよ♪」
そう言いながら、いいんちょは俺の右腕を引っ張り上げた。それを見せられた小野寺さんは、頬を膨らませ、左腕を引っ張る。
「流紀ちゃん、ズルい!」
両手に花とはこのことだろうなどと考える余裕すらなく、ミルクティーが美味しい店とやらまで俺は連行された。
そこは商店街の中にある少し古い見た目のカフェ。2階建ての建物で、ブックカフェ蓮香というレトロな看板が店の前に置いてある。ドアを開けるとカランコロンという鈴の音が響くと、カウンターの前でうたた寝をしていた丸坊主頭のちょび髭を生やした中肉中背の男性が跳ね起きた。
「お父……じゃなくて、マスター。いつものヤツ、3人分。あとは、手筈通りにお願いします」
「分かった」
「あっ、イベント終わるまで、店手伝うから」
「よし、分かった」
手筈通りという言葉が気になりながらも、俺たちは適当にテーブル席に座った。窓側に座った小野寺さんの隣に俺は座り、いいんちょは俺の前に来る。このブックカフェの常連らしいウチの学級委員長が腰かけた瞬間、マスターと呼ばれた男がインスタントカメラを持って、俺たちの前に現れる。
何が起きるのかと困惑の表情になった俺の顔を、いいんちょがジッと見つめる。
「一応説明しとくと、ここは私の実家なの。マスターは私のお父さん。お父さん、写真撮影が趣味なの。気にしないで」
「いやいや。偏見かもしれないけど、普通は一眼レフとかデジタルカメラで写真を撮るもん……」
ツッコミはカシャという音で中断された。よく見ると、マスターはシャッターを押していた。それを受け、いいんちょは苦笑いする。
「ごめんなさい。お父さんは自然な表情が好きだから、ハイチーズなんて掛け声やらないの」
すると、今度は小野寺さんが右手を大きく上に伸ばした。
「マスターさん。今度は、私と倉雲君を一緒に撮ってください」
そういえば、小野寺さんとのツーショット写真なんて一枚もないことを思い出していると、小野寺さんは突然、俺の腕に抱きつく。その瞬間を狙い、シャッターは押された。
「マスターさん。ありがとうございました」
「ああ、現像できたら、焼き増しして嬢ちゃんたちにプレゼントする。できたら、流紀に渡すよ」
そう説明してから、マスターこといいんちょのお父さんは調理場に戻った。それから、いいんちょは改めて両手を合わせた。
「ごめんなさい。デートの邪魔して。ミルクティーを飲みながら、私の話を聞いたら、帰っていいから。お詫びで奢ります」
「前置きはいいから、教えてくれ。あの商店街のステージの上にいたのは誰なんだ?」
「私の双子の妹。離婚したお母さんに引き取られたから、今は
「東野吹雪? これも偏見だけど、双子なら同じ漢字を使うもんじゃないのか? 愛菜とか香奈とかそんな感じに」
率直な俺の疑問を聞き、いいんちょは苦笑いする。
「双子だからって理由で、お父さんとお母さんが好きな名前を一つずつ採用したみたい。因みに、私の名前、流紀はお父さんが考えたんだよ。離婚した時に、お互いが名付けた娘を引き取ったんだ。お母さんとは6年も会ってない」
「あっ、やっと思い出した」と唐突に小野寺さんは声を出す。
「何を思い出したんだ?」と俺が問うと、小野寺さんは首を縦に振る。
「シャイニングビルド社のプログラマーさんとパーティーで知り合ったって話したよね? その人と流紀ちゃんの顔が似ていたの。東野さんって苗字だった」
「心美ちゃん、お母さんと知り合いだったんだ。それで、倉雲君たちをここに呼んだ理由は、アリバイ証人として利用するためだったんだよ」
「アリバイ証人?」
「うん。さっきの写真撮影ね。マスターがインスタントカメラ写真を趣味にしているって話はホントだけど、実は私が頼んで撮ってもらったの。あのカメラ、撮影した日付と時間も印字されるから、いい証拠になるんだ。私とあのステージで踊ってるアイドルは別人だってね。私がローカルアイドルやってるって噂が広まるのもイヤだから、とりあえずクラスメイトたちを商店街から遠ざけて、もしもイベント会場近くで知り合いを見かけたら、声をかけて、事情を話し、アリバイ証人として利用しようと思った。もちろん、この近くでデートしている倉雲君たちを監視してたよ」
一通り話を聞いた俺は腕を組んで唸り、問いかける。
「いいんちょ、どうして聞かないんだ? 小野寺さんはいいんちょのお母さんに会っているんだ。6年くらい会ってないんなら、気になるんじゃないのか? 元気にしているのかとか。それともう一つ。近くで身内がアイドル活動を頑張っているのに、どうして、ステージを見ないんだ? なんか、話が終わったら、店を手伝うみたいなこと言っていたと思うのだが……」
「……私はお父さんを捨てた人を許せないし、吹雪のことも嫌い。だから、会いたくない」
感情を押し殺した声で、いいんちょが答える。その顔は、今まで見たことがない暗いモノになっていた。ちょうどその時、マスターがガラスコップに注がれたミルクティーを持ってくる。
「お待たせしました」という事務的な挨拶の後で、机の上にガラスコップを置く。そのまま、マスターは調理場に戻っていった。
「流紀ちゃん、このミルクティー、美味しいです。また来ます」
ストローで一口飲んだ小野寺さんが明るい声でいいんちょに声をかけた。一方で俺は、いいんちょがウソを吐いているような気がしていた。
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