俺は隣の洋館に住んでいる同級生のことが気になるらしい。
デート終了まで残り2時間30分。腕時計で時間を確認した俺は、道端で溜息を吐く。そうして、隣にいる小野寺さんの顔を見る。
「小野寺さん。これからどうするんだ? イベントは、いいんちょのブックカフェで過ごしている間に終わったみたいだし……」
前方に見える特設ステージに集まっていたはずの人々は、散り散りになっていて、大半は駅の方に歩いていた。そんな会場を虚無な表情で見ている小野寺さんは、少し遅れて声を出した。
「あっ、ごめんなさい。ちょっと流紀ちゃんのこと考えてて……」
「そうだよな。やっぱり気になるよな? いいんちょ、ホントは6年くらい会ってないお母さんに会いたいんじゃないかって思った。妹のこと嫌いっていうのもウソだと思った。でも、どうしたらいいのか分からないんだ。なんとかしたいんだが」
「流紀ちゃんのお母さんの連絡先なら知ってるけど、ちゃんと会ってくれるか分からないしね。パーティーで会った流紀ちゃんのお母さん、離婚してから会ってない娘がいるなんて一言も言わなかった。楽しい雰囲気を壊したくないから言えなかったんだと思うけど、気になることがあるんだよね」
「気になること?」
「うん。パーティーで私が通ってる中学校のこと話したら、一瞬だけ顔を曇らせたの。まあ、さっきの流紀ちゃんと同じで6年くらい会ってない娘の近況は聞かなかったけどね」
「似た者同士かよ!」
「私も同じこと考えてたわ。でも、この前会った時は、流紀ちゃんとの面識がなかったから、近況を聞かれたとしても話せなかった。だから、今度のパーティーで流紀ちゃんのお母さんにあったら、ちゃんと近況を伝えるつもり」
パーティーという言葉が頭に引っ掛かり、唸り声を出す。それから数秒後、俺の頭に大きなマークが浮かび上がった。
「そうだ。パーティーだ! 小野寺さん、頼みがあるんだけど、今度のパーティーにいいんちょを招待してほしいんだ」
なかなかのナイスアイデアだと思い、隣にいる小野寺さんの横顔を見た俺は「えっ」という声を漏らした。唇をギュっと潜め険しい表情で、小野寺さんが唸っている。
「倉雲君の頼みでもダメ」
今まで見たことがない暗い顔で、小野寺さんが語る。そのあとでハッとしてから、明るくフォローした。
「ほら、招待客だとしても、小野寺グループ側の人間として見られるからね。もし不快なことをしたら、小野寺グループの評判が落ちることもある。あんなプレッシャーしかない空間に流紀ちゃんに行ってほしくないんだ」
「……大変なんだな」
思わず目を点にして小野寺さんの話を聞いていたら、背後から「ああ」という声が聞こえてきた。
「ああ、心美ちゃん、見つけた。ここで会ったら百年目!」
小野寺さんの知り合いかと思いながら、背後を振り返る。そこで指差していたのは、落ち着いた紺色のシュシュで後ろ髪をポニーテールに結っている女の子。小野寺さんと同じくらいの身長の彼女から、小野寺さんはなぜか視線を逸らした。
「知り合いか?」と尋ねると、首を縦に振る。
「うん。同じクラスの
渡辺さんと呼ばれた女の子は、俺たちとの距離をグイグイ詰める。
「心美ちゃん。そっちの男子、誰? もしかして彼氏?」
彼氏という言葉を聞き、俺の頬が一瞬で赤く染め上がった。隣にいる小野寺さんは、恥ずかしそうに両手で顔を隠している。
「だから、まだ付き合ってないんだ。小野寺さんと俺は」
慌てて否定しても、渡辺さんはジド目で俺たちを見つめてくる。
「ふーん。ところで、彼氏君は、心美ちゃんの豪邸に足を踏み入れたことは……」
「だから、まだ付き合ってないんだ!」
「あっ、名前聞いてなかった。名前、なんだっけ?」
「倉雲奈央だ。小野寺さんの家の隣に住んでるけど、まだ一度もない」
「ぐわぁぁぁぁ!」
突然、渡辺さんが後ろに飛び、膝を打つ。そして、崩れ落ちた。
「もうダメだ、おしまいだ」
「なんだ。コイツ」
それが率直な感想だった。困惑の表情で渡辺さんの様子を見てから、数秒後、小野寺さんのクラスメイトらしき女の子は立ち上がる。
「まだだ。まだ終わらんよ。私は心美ちゃんの豪邸を探訪するんだ。倉雲。こっちは1年以上アプローチしているんだ。彼氏面してるお前なんかに負けてたまるか。バカ野郎!」
なぜか俺に宣戦布告した渡辺さんは、嵐のように去っていく。そんな後ろ姿を見て、小野寺さんはホッとしたような表情になった。
「それで、渡辺さんって何だったんだ?」
「彼女ね。私が暮らしてる豪邸に興味があるみたいなんだよね。何度も私の家で遊びたいって頼んでくるから、丁重に断ってる。あんまり人を家に入れたくないから」
「じゃあ、俺が小野寺さんの家に行きたいって言ったら、どうするんだ?」
意地悪な質問を聞いた小野寺さんは、照れた顔でジッと俺の顔を見た。
「……いいよ。私のこと、心美って呼んでくれたら、考えてあげる」
その瞬間、俺の心臓が強く跳ねた。このドキドキは止められない。初めてのデートで浮かれているからか、今の小野寺さんはいつもよりかわいい気がする。そして、俺はゴクンと息を飲んだ。
「ダメだ。やっぱり、名前で呼び合うの抵抗ある」
「じゃあ、豪邸訪問はお預けだね♪」
なぜか嬉しそうに笑う小野寺さんの姿を見て、思わず首を捻る。
「どうしてそんなに嬉しそうなんだ?」
「ないしょ。その代わり、何か質問していいよ。私のこと、知りたいんでしょう?」
人差し指を唇に触れさせる仕草に見とれてしまう。いつもの数十倍のかわいさは、直視すればするほど頬が火照ってしまうレベルだ。
「気になってるんだけど……」
スマートフォンのバイブレーション音が次の言葉を消し去った。自分のスマホが震えていることに気付いた小野寺さんは、小さく首を傾げながら、画面を見て、端末を耳に当てる。
「もしもし。心美です。えっ、マリコ叔母様が入院したんですか? 分かりました。駅に戻ります」
「はぁ」と溜息を吐き、小野寺さんは電話を切った。
「もしかして、そのマリコおばさんのお見舞いに行くことになったのか?」
「そう。なんか、帰りたくないな。私が小野寺グループの人間じゃなかったら、もっと一緒に居られたんだけどね」
「……また一緒に遊べばいい。俺は暇だからな」
「倉雲君って優しいね。それで、何を聞こうとしたの?」
駅に向かって一歩を踏み出す。少し悲しそうな顔の小野寺さんの姿を前にて、本当に聞きたいことを飲み込んだ。何かが心に引っ掛かる。その違和感を胸に抱えたまま、誤魔化す。
「ああ……小野寺さんの趣味を聞こうって思ったんだ」
「そう。趣味はラベンダーの栽培かな? ウチのラベンダー、殆ど私が育てたヤツなんだよ」
「紅茶でも嗜んでいるのかと思った」と言いながら、小野寺心美の隣を歩く。
「まあ、紅茶は人並みに嗜んでいるけど、やっぱりラベンダーが好きだな」
「好きなんだな。ラベンダー」
「私にとって大切なお花だからね♪」
笑顔でそう答える小野寺さんを見た瞬間、これ以上踏み込んだらダメな気がしてきて、黙り込む。
小野寺心美は何かを隠している。そんな気がして、ジッと彼女の顔を見つめると、小野寺さんは両手を合わせた。
「倉雲君。ごめんなさい。この埋め合わせは、近いうちにね」
「埋め合わせか。そんな言葉、初めて聞いた」
マジメなコメントの後、思わず吹き出したように笑い声が出た。
「どうしてそんなに嬉しそうなの?」と目を丸くした小野寺さんが尋ねてくる。
「ああ。出資とか埋め合わせとか、普通の同年代の子からの口から出てこない言葉を聞いたからな。やっぱり、小野寺さんはお金持ちなんだなって思った」
そんな会話を交わしながら、隣に並んで歩くと、すぐに駅に辿り着いた。駐車場の方に視線を向けると、そこには一台のリムジンが停車している。
「倉雲君。今度はちゃんとデートしようね♪」
優しく微笑んだ小野寺さんがリムジンの後部座席に乗り込んでいく。そうして、そのまま黒色の高級車が走り出し、俺から離れていく。
こうして、俺と小野寺さんの初めてのデートは、幕を閉じたのだった。疑惑を残して。
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