第18話 Go to mysterious school excursion day 2.

俺の家の隣の洋館に住んでいる同級生は一肌脱ぎたいらしい。

 修学旅行2日目の朝、宿泊していた部屋の窓から朝日が差し込む。カーテンを開けると、雲一つない青空が広がっている。

 ベッドから起き上がった俺が両腕を天井に伸ばしていると、どんよりとした空気が流れてくる。それが発せられているのは、隣のベッドの上から。

 その上で座っていた松浦は、頭を抱え、表情を曇らせていた。


「松浦、元気出せ。今日はいいんちょと一緒に京都観光するんだぜ。すごく楽しみにしてただろ」

 明るく言葉をかけながら、クラスメイトの元へ歩み寄る。だが、松浦は表情を変えなかった。

「いいんちょとどんな顔で会えばいいのか分からない。もうダメだ。おしまいだ」

「おいおい。大げさだな。あの人気アイドル似のクラスメイトと京都観光なんて、滅多にできないことだ。もっと楽しめよ」

「……そうだな」と松浦が感情を込めずに呟く。

 クラスメイトを元気づけることすらできないまま、時間だけが過ぎていく。


 その間に朝食の時間がやってきて、俺たちはホテル2階にある食堂へと向かう。

 時間は午前6時40分。広い空間にいくつもの長机が並べられ、奥にあるスピーカーからは優雅なクラシック音楽が流れている。

 20分後から朝食が始まるというのに、周囲には約7割の同級生たちが集まっていた。そんな中で俺の左隣で松浦は深く溜息を吐く。

 それからすぐに、俺を見つけた心美が右手を挙げた。その前髪には、昨日と同じようにラベンダーをモチーフにしたヘアピンが止められている。


「奈央、おはようございます。そして……」

 頭の上にクエスチョンマークを浮かべて困惑する俺を他所に、彼女が微笑みながら、俺の正面に立つ。それからすぐに、彼女は両手を広げた。

「Happy birthday!」

 唐突な英語を聞き、俺の目が点になる。

「なぜネイティブな発音で英語を……」

「そういう気分だから」

「どういう気分だよ!」


 誕生日当日も通常営業のやりとり。それが俺たちらしいと思う。そんな時、心美が「あっ」と声を漏らした。

「心美、なんだ?」

「奈央の誕生日プレゼント、部屋に置いてきちゃった。一生の不覚だわ」

「別にいいよ。昨日のナイトクルーズだけで十分だから……」

 何事かと思いながら、優しくフォローするが、心美はなぜか頬を膨らませていた。

「そういうわけにはいかないよ。この誕生日プレゼントのお返しもしなくちゃいけないから」

 そう言いながら、前髪のヘアピンを指差す。


「朝から夫婦喧嘩してるね♪」

 そんな聞き覚えのある声が近くで聞こえ、視線を前に向けると、いいんちょが俺たちの元へ歩み寄っていた。

「いいんちょ、俺と心美はまだ結婚してないからな!」

 そんな俺のツッコミを耳にしたウチのクラスの学級委員長がクスっと笑う。

「あの小野寺グループのご令嬢の婚約者になりたい倉雲くん。説得力が……」

 言い切るよりも先に、いいんちょは俺の近くに昨日告ってきた相手がいることに気付いた。そして、いいんちょは真顔になって、松浦と顔を合わさずに、右手を振る。

「あっ、倉雲くん、心美ちゃん。またね」といいんちょは俺たちに声をかけてから、早歩きで離れていった。


 微妙な空気が流れる中で、心美が俺の近くにいる暗い顔の松浦に視線を向ける。

「ところで、松浦君、大丈夫? 一睡もしてないように見えるよ」

 その問いかけにボーっとした松浦は一瞬遅れて答えた。

「……あの東野吹雪と京都観光なんてスゴイことができるんだって思うと楽しくて眠れなくなるだろうと思ってたけどな。まさか別の理由で眠れなくなるなんて思わなかった」

「そうなんだ。松浦君、今日はすごくいいことあるから元気出してね」

 明るく笑う心美の姿を見て、俺の頭にクエスチョンマークが浮かび上がる。

 そんな俺と顔を合わせた心美はクスっと笑った。

「ふふふ。小野寺グループのチカラを思い知るが良い!」


 彼女の自信満々な言動に対し、呆気に取られた。それと同時に、新たな疑問も浮上する。

「心美。そういえば、いいんちょがホテルの部屋に仲良しの女子を集めて恋バナしたいって言ってたけど、どうなったんだ?」

「中止だよ。流紀ちゃん、昨日はそのまま寝っちゃったみたいで……」

「そうか。今日は開催しないと二度とできなくなるんだよな。いいんちょ、すごく楽しみにしてたんだ。だから、後悔させたくない」

「私も同じだよ。奈央を好きになった理由は話したくないけど、流紀ちゃんに修学旅行を楽しんでほしい。お節介かもしれないけれど、手は打ってあるから」


 そんなやり取りをしていると「あの……」という声が聞こえてくる。その声がした方へ視線を向けると、白い紙とボールペンを握った南條さんが立っていた。

「倉雲君、熱とか……ない」

 緊張しているらしいことが分かるような声で尋ねてくる。それに対して俺は首を縦に振った。

「ああ、元気だ……」

「南條さん? どうして、奈央の体調を気遣ったのかな?」

 俺の言葉を遮った心美が首を傾げる。そんな彼女の背後に、どす黒い何かが渦巻いているように見えた。一方で心美と顔を合わせた南條さんの体が震える。

「えっと……」と言葉を詰まらせた南條さんの額から冷や汗が落ちる。

「保険係の仕事だな。心美も同じ班の係の人に体調確認されたはずだが」

「なるほど、南條さんって保険係だったんだ。そういうこと、早く教えてよ」

「ああ、悪かったな」と俺は心美の前で頭を下げた。

「別にそういう仕事なら仕方ないよ。ああ、私も奈央と同じ班の保健係になりたかった!」


 そんな彼女の発言に俺は苦笑いするしかできなかった。

 

 

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