第31話 似ているところは?
俺の家の隣の洋館に住んでいる同級生の親友は、初めてのおつかいがしたいしい。
買ってきたマリトッツォを心美に渡した12月14日の夜。自分の部屋の学習机に置かれたノートパソコンを開く。
丁度その時、パソコンの近くに置いたスマホが震えた。
咄嗟に右手でスマホに手を伸ばし、画面を覗き込むと、榎丸さんからの着信があることが分かる。
なんだろうと思いながら、通話ボタンを押し、右耳にスマホを押し当てた。
「もしもし……」
「もしもし。榎丸さん?」
「ああ、ごめんなさい。言葉を詰まらせちゃった。腹違いの弟って、どうやって呼べばいいと思う? 名前で呼ぶのは、心美ちゃんに却下されたし」
「いつも通り、倉雲さんでいいから」
「じゃあ、奈央くん。これなら、問題ないでしょ? 私のことは、今日から一穂姉ちゃんって呼んでいいから!」
「どういうことだよ!」
いつも通りの明るい腹違い姉の声がスマホ越しに響き、俺はいつも通りに突っ込みを入れた。それから、続けて、俺はスマホを右手で握りながら首を捻る。
「間を取って、一穂さん。腹違いのきょうだいの呼び方を相談したかったから、電話してきたのか?」
「違うよ」
「じゃあ、いつも通り、榎丸病院の屋上で待ってるから、プリンを買ってこいってことか?」
「うーん。その答え、50点♪」
「どういうことだよ!」
榎丸さんの真意が理解できず、俺の頭の上にハテナマークが浮かび上がった。
「……本題に入る前に、聞きたいことがあるんだけど、明日って暇?」
「そうだな。明日は特に予定はないが……」
「よかった」と榎丸さんはホッとしたような声を俺に聞かせる。
「ああ、やっと分かった。この前、テイクアウトできないハロウィン限定パンプキンプリンを一緒に食べに行っただろ? あのときと同じように、テイクアウトできないどこかの店のプリンを俺と一緒に食べに行きたいんだ!」
「うーん。その答え、25点♪」
「点数下がった! このクイズ、難しいって! 早く答え教えろよ。明日、俺に頼みたいことがあるんじゃないのか?」
難問に答えることができなかった俺が榎丸さんに問いかける。
「……奈央くん、約束して。笑わないって」
「なんかよく分からないけど、笑うつもりはない」
「よかった。じゃあ、明日、行きたいところがあるから、付き合ってください。1時間だけでいいから」
「ああ、どこに行きたいって?」
「スーパーマーケット。倉雲家から一番近いところでいいからさ」
「えっと、榎丸さん。聞き間違いか? スーパーマーケットって聞こえたんだが……」
「もぅ、その声、笑ってるでしょ? スーパーマーケットってところに行って、プリン買ってみたい!」
「おいおい、どういう風の吹き回しだ? いつもの一穂さんなら、榎丸病院の屋上で俺がプリンを買ってくるのを待ってるのに……」
困惑する俺に対し、榎丸さんはクスっと笑った。
「私だって、自分でお金払って、プリン買いたいって思うこともあるよ。私のような大金持ちの娘が庶民が出入りする店に行ったら、ザワザワさせちゃうから、遠慮してるだけ。でも、キミのお父さんと私の親子関係が判明したあの時、気が付いたんだ。榎丸一穂の体には、純粋な庶民の血が流れているんだって。そう、榎丸一穂は榎丸病院の院長先生の一人娘を演じている庶民の女子中学生だった。それなら、遠慮する必用なんてないじゃない!」
「理屈はよく分からないけど、榎丸さんが成長しているってことだけは分かった」
「ということで、明日の午前10時、倉雲さんの家に寄っちゃうから。明日は、榎丸一穂、初めてのおつかい!」
「そういう個人的な買い物はおつかいとは呼ばないのだが……」
そんなツッコミを入れるよりも先に通話は途切れた。
翌日の午前9時55分。ジーパンにオレンジ色の長袖トレーナーに着替え、自分の部屋のクローゼットから黒色のジャンパーを取り出し、袖を通す。
それと同じタイミングでインターフォンが鳴り響いた。
念のためにジーパンのポケットにスマホと財布を詰め込み、急いで階段を降りると、玄関へと向かう母さんが俺の前を通りすぎていった。
すぐに母さんの後姿を追いかけようとすると、母さんは客人を迎い入れていた。
「あら、一穂ちゃん」
「はい。お邪魔します」と玄関から一穂さんの声が聞こえてきて、俺は靴を履かないままで、咄嗟に母さんの右隣に立ち、腹違いの姉の顔をジッと見つめる。
薄い水色のワイシャツの上に紺色のロングスカートを履き、白いロングコートを羽織る。そんな服装の榎丸病院の院長先生の一人娘は、優しい視線を俺の方に向ける。
「じゃあ、奈央くん。本日はよろしく……」
「ストップ! 一穂ちゃん。説明してもらおうかな? 奈央と一緒にどこかに出かけるみたいだけど?」
一穂さんの声を遮り、俺の隣にいる母さんが首を傾げる。
「はい。その通りです」とあっさり一穂さんが認めると、すぐに母さんは俺の前で怖い顔になる。
「奈央、どういうこと? 心美ちゃんというかわいい彼女がいるのに、ふたりきりで他の子とおでかけするなんて、許されると思う? 神様や心美ちゃんが許しても、母さんは許さないから!」
「お言葉ですが、私、榎丸一穂は倉雲奈央の腹違いの姉です。弟と一緒に出掛けて、何が悪いのでしょう?」
「悪いけど、母さんはあなたが奈央のお姉ちゃんだって認めたわけじゃないから!」
母さんと一穂さんの間で火花が散るのが見え、俺は身を震わせた。
一触即発。激しい女同士の戦いが始まろうとする中で、俺はふたりの間に立ち、両手を横に広げた。
「その辺にしときなよ。これから、付き合いが長くなるんだから」
「奈央くんのお母さんとのケンカは次の機会にして、そろそろ行こう!」
強引にケンカを中断させた一穂さんが、俺の右手を握る。その姿を目にした母さんは、右手を強く握りしめた。
「一穂ちゃん。奈央の手を握るの、やめてくれないかしら?」
「お言葉ですが、私、榎丸一穂は倉雲奈央の腹違いの姉です。弟の手を握って、何が悪いのでしょう?」
「一穂さんが、姉という立場でマウントを取るブラコン姉ちゃんになった!」
苦笑いしたまま、手を引っ張られ、強引に外出させられる。
それから、一穂さんは、そっと倉雲家の玄関のドアを閉じ、俺と共に歩き始めた。
10分ほど歩き、一穂さんと一緒に訪れたのは、近所のスーパーマーケット。ふたり揃って、自動ドアを潜ると、一穂さんは物珍しそうにキョロキョロと周囲を見渡した。
「ここが庶民が買い物する、スーパーマーケットという商業施設かぁ」
「感動してるところ申し訳ないが、そこにある灰色のカゴを取ってくれ。その近くに買い物カートっていう便利なのがあるけど、プリンだけなら、使わなくても問題ないはずだ」
「ふーん。そうなんだ。まずは、このカゴを取るんだ」
俺の前で微笑んだ一穂さんが、近くにあるカゴの束からカゴを一つ手に取る。
その後で、一穂さんはジッと俺の顔を見つめる。
「次は?」
「プリン買いたいんだったら、デザートコーナーまで行って、欲しいプリンをカゴの中に入れて、レジでお支払いって流れだな」
「了解。じゃあ、そのデザートコーナーまで案内してよ。初めてだから道に迷うかもしれないでしょ?」
「仕方ないな」と呟き、俺は店内を進んでいく。その後ろをカゴを両手で抱えた一穂さんがついていった。
「ここだな」と呟き、店の奥にあるデザートコーナーの前で立ち止まる。
すると、一穂さんは俺の右隣で目を輝かせた。
「ここに美味しそうな天国がある! 最高! エキサイティング! ワンダフル!」
「美味しそうな天国ってなんだよ!」と苦笑いしながらツッコミを入れると、一穂さんはクスっと笑った。
「天国と書いて、プリンと書くのだよ。スーパーアルティメットプリン? どんな味なんだろ? その右隣には、ハイパーアルティメットプリン? 胸が躍っちゃう! どっち買おうかな? 悩んじゃう。あっ、こっちにあるのは、3つで100円のお買い得なヤツ!」
「なんだよ! その小学生が考えそうなネーミングのプリン」とボソっと呟き、視線を右隣に向けると、楽しそうに笑う女子中学生の姿があった。
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