俺の家の隣の洋館に住んでいる同級生の親友は、以心伝心ゲームがしたいらしい。

「うーん。舌の上で広がるタマゴの味わいが最高!」

 スーパーマーケットから自宅に帰り、食卓の椅子に腰かけた一穂さんが、早速買ってきたプリンを一口食する。

 結局、買ってきたのは、ウルトラハイパーアルティメットプリン。

 どこかの小学生が名付けたような商品名のプリンを一口、スプーンで掬う一穂さんの横顔を右隣に立った俺がジッと見つめる。

 すると、一穂さんは目を輝かせて、視線を右隣で立つ俺に向ける。

「そうそう。この弾力感。ウルトラハイパーアルティメットという称号を与えるに相応しい。今度は、もう一つのダブルスーパーアルティメットプリンを食してみたい!」

「その美味しそうに食べる顔、穂波さんにそっくりだな。とても懐かしいよ」

 リビングで寛いでいた父さんが、一穂さんの目の前の椅子に座り、微笑む。

「あっ、そういえば、私とお父さんの似てるところってどこだろう?」

「まあ、その内分かるだろう。そんなことより、穂波さん、元気かい?」

「はい。元気ですよ。お父さん」

「また一緒にお仕事したいよ」


 そんな夫の姿を近くで見ていた母さんは、父さんを怖い顔で睨みつけた。


「父さん! 私の前で知らない女の話しないで! 全然楽しくないから! それと、一穂ちゃん。あなたと父さんは全然似てないから!」

「お言葉ですが、私の目の前にいる奈央くんのお父さんのDNAを引き継いだのが、私です。どこか似ていてもおかしくないでしょう」

「おいおい。何怒っているんだ? 私は穂波さんを抱いたこともないんだが……」

 困惑の表情を浮かべる父さんが肩をくすめる。

「抱いてないから許されるって認識は間違ってるから! 当時交際中の私に相談しなかったことが許せないの! その上、14年間も隠し続けてきた。そんなの、許せるわけないじゃない!」

「ああ、予想通りな展開。家庭崩壊のカウントダウンが始まってしまった」

 不穏な空気が流れ、プリンを食べる手を止めた一穂さんが両手で頭を抱える。

 動揺する一穂さんの横顔を見た俺は、溜息を吐き、両手を真横に広げてみせた。


「まあまあ、落ち着いてくれ。ケンカはダメだ」

「奈央、大人の話に首突っ込まないで! アレは私のためだけに使ってほしかった!」

「だから、謝ってるだろう」

 そう言いながら、父さんは母さんに頭を下げた。だが、立腹中の母さんは謝罪する父さんから視線を逸らす。

「もういいわ。10年前のホームパーティーにも顔を出さなかったあの女の娘と遊んでなさい」

「そろそろ機嫌治してくれ。あっ、そうだ。来週、クリスマスデートしよう。どっか行きたいところあったら教えてくれ! 最近忙しくて、デートできてなかったからな」

「もぅ。久しぶりのデート、楽しみにしてるから」

 母さんの膨らんだ頬が赤く染まる。それから、続けて、母さんはジッと一穂さんに視線を向けた

「一穂ちゃん。穂波さんに会わせてもらえないかしら? 一度、妻として挨拶しないといけないからね。14年前は夫がお世話になりましたって」

「はい。また連絡しておきます」


「それはそうと、父さん。明日、心美ちゃんとお出かけするみたいだけど、何かあるの? 心美ちゃんも隠し子だって言いだしたら、離婚検討するわ!」

 母さんが父さんの前で首を傾げる。そんな妻と顔を合わせた父さんは眉を潜めた。

「さぁな。少なくとも、隠し子は一穂しか認知していない。心美ちゃんから誘ってきたってことは、何かふたりきりで話したいことでもあるのだろう」

「まあ、それならいいけど……」と腑に落ちない表情を浮かべる母さんをジッと見つめていた一穂さんが頬を緩める。

「そういえば、明日だったね。心美ちゃんが私の本当のお父さんとお出かけするの」

「一穂ちゃん。母さんはまだあなたが父さんの娘だと認めたわけじゃないから、その呼び方、やめてよ」

 ふたりの重なる視線に火花が散る。

「ノープロブレムさ。DNA上は親子なんだから」

「母さん、そんなに敵意むき出しにならなくても……」


 居心地の悪い険悪な空気がリビングに流れ出し、俺は苦笑いした。

 すると、偶然ついていたテレビは芸能の話題を伝える。


「本日は、来年1月よりスタートする新土曜ドラマ、リミット~警視庁公安部AI捜査係~に出演する主演俳優、亀井光一さんと、東野吹雪さんに独占取材です!」


「マジかよ! 東野さん、あの枠のドラマに出るなんて、聞いてない!」

 テレビから聞き覚えのある名前が聞こえ、俺は目を見開き、視線をテレビに向けた。


「これがご縁なんですね。他局の某番組でちょっとだけ共演させてもらった亀井さんとお芝居で共演できて、感無量です」

 白髪交じりで中肉中背の大物俳優の右隣に立った東野さんがテレビの中で微笑む。

「せやな。私服が制服コスプレで、オフの日に京都まで日帰り旅行しちゃうアグレッシブな吹雪ちゃん」

「亀井さん、変な紹介しないでください。まあ、事実ですけど……」

 そんなふたりに取材するためにやってきた女性レポーターが笑みをこぼす。


「それでは、おふたりには番宣を賭けた簡単なゲームに挑戦していただきます。題して、以心伝心ゲーム! お互いに答えが一致すれば、30秒間、番宣できます。では、問題です……」



 そんな声を聴いていた俺はハッとして、視線を右隣に座る一穂さんに向けた。

「一穂さん。俺の父さんと似ているところが気になるって言ってただろ? だったら、今、テレビでやってたゲームで遊びながら、探っていけばいいんじゃないか?」

「それ、面白そうだね。ナイスアイディア!」と一穂さんが楽しそうに首を縦に振る。

 一方で、一穂さんの正面に座っている父さんは苦笑いした。

「おいおい。勝手に巻き込まないでほしいね」

「お父さん、どうで暇なんでしょう? 一緒に遊んでよ」

 苦笑いする父さんの前で、一穂さんが微笑む。

「ああ、分かった。そこまで言うなら、ちょっとだけな」

「じゃあ、問題は……」

「ちょっと、待って。奈央。出題は母さんがするわ」

 俺の声を遮った母さんが右手を斜めに振り下ろす。そんな母さんに視線を向けると、その顔は明らかに楽しんでいるようだった。


「母さん、なんか楽しそうだな?」

「まあね。それでは、事前に話し合い禁止で、問題です。目玉焼きにかける調味料といえば? シンキングタイム、5……」

 楽しそうに笑う母さんが一穂さんと父さんの前でカウントダウンを始める。

 それから5秒後、ふたりは同時に答えを口にした。

「塩コショウ少々」

「塩コショウ少々」

 お互いの声が重なり、一穂さんと父さんは互いの顔を見合わせた。

 そんな一穂さんの顔に喜びが刻まれる。

「そこが私とお父さんの似ているところなんだぁ」

「まあ、目玉焼きに塩コショウ少々をかける人なんて、全国にいっぱいいるんだからね! それだけで父さんと似てるって勘違いしないで!」

 プイと母さんが一穂さんから視線を逸らす。


「ごもっともだな」と母さんのツッコミを近くで聞いていた俺は苦笑いした。

 

「以心伝心ゲームをクリアしましたので、30秒間、ドラマの宣伝をしてください」

 丁度その時、テレビからレポーターの声が流れ、俺は視線をテレビに向けた。

「目を離した隙に、クリアしてたんだな」とテレビを見ながらボソっと呟く。

「せやな。ここは大人気アイドルの吹雪ちゃんに任せるわ」

 主演俳優に促され、東野さんはテレビの中で首を縦に動かす。

「では、イブの口調で行きます。亀井さん演じる公安の小林刑事と捜査情報をAIで管理するアンドロイド、イブが国家を脅かす大事件に挑むリアルタイムサスペンス、新土曜ドラマ、リミット~警視庁公安部AI捜査係~は来年1月から放送開始なのです」


「そういうことか!」

 テレビから聞こえてきた東野さんの声に反応し、思わず席から立ち上がる。

 そんなリアクションを起こした俺の顔を、父さんと母さんは不思議そうに見つめてくる。

「奈央、何がそういうことなの?」と尋ねてくる母さんの声に対して、俺の右隣に座っていた一穂さんは両手を叩く。

「思い出した。文化祭で奈央くんの学級委員長さんとクイズ対決した時、あんな口調で恥ずかしがって答えてた」

「ああ。あの件はまだ内緒って言ってたからな。少なくとも、あの時点でこのドラマ出演が内定してたんだろう」

「……ってことは、やっぱり、奈央のクラスの学級委員長さんと吹雪ちゃんは同一人物なのね!」

「いやいや、別人だからな!」と慌てて否定しても、母さんは疑いを深めていた。

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