第16話 買い物デート
俺の家の隣の洋館に住んでいる同級生は、修学旅行が楽しみらしい。
日曜日の朝、鏡の前で顔を洗う。
ピカピカな鏡にオシャレなジーンズと無地の青色Tシャツ、薄手の水色パーカーに身を包んだ姿を映し、ヨシと気合を入れた。
今日は久しぶりに心美とデートする日。約束したプレゼントも買わなければならないと心に決め、財布を入れて膨らんだズボンのポケットを、ポンと叩く。
そうして、リビングに顔を出すと、そこにはいつもとよりもオシャレな服を着ているお母さんがいた。
どこかに出かけるつもりなのだろうと思いながら、俺は右手を大きく挙げた。
「お母さん、ちょっと出かけて……」という声を遮るように、お母さんが俺を呼び止める。
「奈央、母さんも行くわ。心美ちゃんと一緒に買い物に行くんでしょ? 車を出してあげるから、3人で行きましょう!」
「イヤだ。親と一緒に買い物とか恥ずかしい!」
そう反論しても、お母さんは納得の表情を見せない。
「母さんだって、未来の娘との親交を深めたいのよ。3人で遊びに行きたいの」
「イヤだ。親と一緒に買い物とか恥ずかしい!」と譲れない想いをぶつけた時、チャイムが鳴り響いた。
玄関へと向かい、靴を履き、ドアを開けると、そこで心美が佇んでいた。
清楚そうな白いロングスカートに薄紫のシャツを合わせ、前髪にラベンダーをモチーフにしたヘアピンが止まっている。
そんな姿の心美は、いつの間にか俺の右隣にいた俺のお母さんに頭を下げた。
「お義母さん。お久しぶりです」
「おはよう。心美ちゃん。今日のお買い物、お母さんも一緒に行きたいんだけど、ダメかな?」
両手を合わせ頼み込むお母さんを前にして、心美がキレイな角度でお辞儀する。
「お義母さん。ごめんなさい。今日は奈央とふたりきりで買い物したいです」
そう断った心美は、玄関の中にいた俺の右手を優しく掴んだ。
「奈央、行くよ!」と彼女に声をかけられ、そのまま外へと駆け出した。
車が一台も通らない道路を、心美と横に並んで歩く。その中で俺は右隣にいる心美と顔を合わせて、首を傾げた。
「心美、珍しいな。俺の母さんと買い物したいって目を輝かせて言うのかと思った」
「今日はふたりだけで過ごしたいから断ったけど、今度はお義母さんとも出かける予定だよ。それで、今日は何を買いに行くの?」
「そうだな。旅行カバンはウチにあるやつでいいし、服装は制服だし、体操服を着て寝るから、パジャマもいらない。必要な持ち物は殆どウチにあるモノで揃いそうだけど、なんか心美と一緒の筆記用具かタオルがあった方がいいって思うんだ」
「奈央、そんなこと考えてたんだ」
心美に笑顔を向けられ、俺の頬が赤くなった。
「それをプレゼントするつもりだが、あんまり高いモノは勘弁してくれ。修学旅行用のお小遣いの兼ね合いもあるから、4千円しか使えない。単純計算で2千円以内で買えるモノにしないとな」
「奈央とお揃いの筆記用具やタオル。すごく欲しいよ!」
心美が瞳を輝かせて、俺との距離を詰めていく。その反応を受け、俺の胸がドキドキと震えた。
「悪いな。ホントは心美が欲しいモノを聞いて、不安にさせたお詫びにプレゼントするのが一番だと思ったんだが、心美とお揃いのモノが欲しいと思ってしまったんだ」
「そうなんだ。私と一緒だね。私、奈央に欲しいモノがないか聞かれたら、大好きな子とお揃いのモノって答えるつもりだったんだよ。奈央とお揃いのモノって、あのマイ箸しか持ってないから、すごく嬉しい♪」
俺の隣で心美が楽しそうに笑う。
そんな彼女の笑顔を間近で見ていると、俺も嬉しくなった。
目的地のデパートへと向かって歩みを進める間に、俺の頭にクエスチョンマークが浮かび上がる。
「そういえば、初日の夜、何やるんだろうな?」
「えっと、何のこと?」と俺の隣を歩く心美がボソっと呟く。
「修学旅行のしおり、見ただろう? 午後6時から午後9時までの3時間が謎なんだ。あの予定表は???って書いてあるだけで、内容までは分からない」
「そういえば、みんな、首を捻ったね」
「いいんちょがこの謎を解くために、先輩とかに聞き込みをしたらしいけど、証言がバラバラだったそうだ。去年行った先輩は、この空白の時間を使って、野球場で野球を見たと言っていて、一昨年行った先輩は、ホテルから離れたお寺で精進料理を食べてから、みんなで座禅体験」
「なるほど。その先輩たちがウソを吐いていないとしたら、初日の空白の3時間で何が行われるのかは、毎回違うってことだね」
掲示された謎に興味を持ったらしい心美は顎に手を置いた。
「先生に聞いても、当日までのお楽しみとしか言わないからな。一昨年と同じ座禅体験だったら、どうしよう」
初日の空白の3時間の謎が解けない俺は溜息を吐いた。
その直後、心美の右手が俺の背中に優しく触れた。
「私は奈央と一緒なら何でもいいって思ったけど、悔しいな」
その彼女の手が俺のパーカーの裾を掴む。
「悔しい?」と疑問に思ったことを復唱すると、心美は涙を流しながら、首を縦に振った。
「悔しいよ。隣で一緒に座禅もしてみたいし、隣の席で野球も見てみたい。だけど、私と奈央はクラスが違うから、そんなことできない。流紀ちゃんが羨ましいよ」
「心美、勘違いしてないか? 別に修学旅行じゃないから、隣で一緒に座禅ができないってことにはならないし、野球の試合が見られるのは修学旅行生だけだって法律もない。まだ何をやるのか分からないけど、またいつか同じことを隣で体験していけばいいと思うぞ」
そんな優しい言葉に救われたらしい俺の彼女は、そっとパーカーの裾から手を離す。
「奈央、優しいね。もっと好きになっちゃいそう」
心美の言葉にドキドキしながら、彼女の隣を歩く。
すると、彼女は言葉を続けた。
「初日と言えば、午後の姉妹校訪問楽しみだね。人脈を広げるチャンスだよ♪」
「心美らしい考えだな。そんなことする暇があったら、水族館や遊園地に行きたいって考える人の方が多いと思うのだが。2日目は班ごとに京都市内観光。最終日はクラスごとに姫路城観光と他のクラスの子と一緒に遊ぶ時間がないんだから、もっとスケジュールを考えてほしかった」
愚痴を漏らしながら、チラリと心美の顔を見る。
そんな彼女は目を輝かせていた。
「交流会に参加するのは、神戸正竜中学校の2年生90人。先生も含めると約100人くらいの中から、名刺を渡してもよさそうな人を見極めて、人脈を広げるの。すごく楽しみ!」
「小野寺グループのお嬢様、マジメかよ!」と思わず苦笑いした。
そのあとで心美が何かを思い出したように手を叩いた。
「あっ、奈央に聞きたかったことがあったんだった。2日目の京都市内観光、どこに行くの?」
「まず、京都タワーに行ってから、清水寺へ……」
「奈央、清水寺は何時ごろに訪れるの?」
言葉を遮り彼女が尋ねる。その問いかけに対して、俺はハッキリ答えた。
「確か、午前11時頃だったと思う。滞在時間は昼食を含めて約2時間だったな」
「その時間帯なら、私も清水寺にいるよ」
衝撃の事実が明かされ「マジかよ!」と声を出す。
「渡辺さんの提案だったから何かあると思ったら、そういうことだったんだね」
「そういえば、いいんちょ、京都タワーの後でいいから清水寺は行きたいって提案してたな。つまり、いいんちょと渡辺さんが結託して、同じ時間帯に清水寺で俺たちが会えるように仕組んだってことだな。いいんちょらしい企みだ」
「そうだね。これで楽しみが増えたよ」と心美が嬉しい声を聞かせる。その顔は笑顔溢れ、かわいらしく思えた。
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