俺は人気アイドルと同じ顔の学級委員長と入れ替わってしまったらしい。②

 保健室から教室に戻り、人気アイドルと同じ顔の学級委員長の席に座った。

 すると、女子生徒たちが心配そうな表情で歩み寄ってくる。

「いいんちょ、大丈夫?」

「珍しいね。いいんちょが体調不良なんて……」

「心配かけて、ごめんね。保健室で少し休んだら、元気になったから大丈夫だよ」

 それっぽい言葉を口にしてから、笑顔をクラスメイトたちに向けた。

 それから、隣から視線を感じ、首を真横に向けると、いいんちょ(俺)がジッと見つめていることに気が付く。

 ウチのクラスの学級委員長は、視線が重なっていることに気が付くと、無言で両手を合わせた。


 丁度その時、野球部員の松浦が中身がいいんちょの俺の右肩をポンと叩く。

「ふわぁ」と変な声を出す倉雲奈央と顔を合わせた松浦は首を捻る。

「なんだ? 倉雲。変な声出して……」

「わっ、悪かったな。驚かせて。突然、肩叩かれたから、ビックリしたよ」

「まあ、いいや。そんなことより、倉雲。俺は悔しいぜ。あの時、倉雲と一緒に音楽室に行ってたら、いいんちょを保健室に連れていけたんだからな」

「松浦、俺より先に、いいんちょに声かけた方がいいんじゃないか?」

 目の前に立つ松浦から俺の顔をした学級委員長が視線を逸らす。

 そうして、松浦が倉雲奈央から離れていくと、いいんちょ(俺)は「ふぅ」と息を吐き出した。



「起立。礼。ありがとうございました!」

 学級委員長のフリをして号令。誰にも入れ替わっていることに気が付かれないまま、終礼となり、多くの同級生たちが帰り支度を始める。

 そんな中で、教室のドアが開き、隣のクラスの心美が顔を出す。

「奈央、一緒に帰ろうよ」

「あ」といつも通りに声を出そうとした俺はハッとした。

 今の俺は椎葉流紀であることを心美に話すべきなのだろうか?

 いや、こんな非科学的なことを信じてくれるはずがない。

 考え込む学級委員長のことを不思議に思ったらしい心美が覗き込んでくる。

「流紀ちゃん。何か私に話したいことでもあるの?」

「心美……ちゃんじゃなくて、倉雲くんに用があって。また連絡するから」

 呼び方に違和感を感じるいいんちょ(中身は俺)を心美はジッと見つめる。

「そうなんだ。じゃあね。流紀ちゃん」


 その直後、俺の姿のいいんちょは、俺の前に立ち、耳元で囁いた。その近くで心美は目を丸くしている。

「ごめん、言い忘れてた。裏口から入って」

 静かに首を縦に動かすと、倉雲奈央と共に心美は教室から出て行く。

 それから、しばらく経ち、いいんちょになった俺は下駄箱で靴を脱いだ。

「ふぅ。問題はここからだな」と小声で呟き、靴を履き替え、校門を潜る。

 そうして、通学路に足を踏み入れると、その足でいいんちょの実家に向かう。



 1分ほど歩くと、周囲からの視線を感じ始める。あの人気アイドルと同じ顔の女子中学生が素顔のままで歩いているのだ。

 無理もないと思いながら、視線を右手に持っていたカバンに向け、ふと思い出す。

 この中には、当然のように、いいんちょのスマホが入っている。

 他人のスマホの中身を見てしまう罪悪感を胸に抱えた俺は、路上に立ち止まって、首を左右に振った。

「いや、これは流石にマズイ……」と小声で呟き、一人でトボトボと通学路を歩く。



 今頃、いいんちょは俺の家に着いているのだろう。

 そんなことを想いながら、夏休みに呼び出された時と同じ道を辿る。 

 人一人通れそうなほどの広さの通路を歩くこと約2分、目の前に灰色のドアが見えてきた。そのドアノブに右手を伸ばした瞬間、俺は溜息を吐き出した。


「ってことは、今日は俺が接客しないといけないってことか?」

 ボソっと呟き、ドアを開け、一歩を踏み出した瞬間、誰かが俺の元へ駆け寄ってきた。その人物を認識するよりも先に、いいんちょの体は優しく抱きしめられていく。


「流紀姉ちゃん、無事だったんだね。すごく心配したんだから!」

 いいんちょと同じ声に驚き、右肩に顔を乗せてくる同じ身長の女の子に視線を向ける。そうやって、双子姉の体を抱きしめていたのは、東野さんだった。


 丸首の白いスウェットの上に水色のハーフコートを羽織り、黒いスクールスカートを合わせる。そんなコーディネートの人気アイドルの登場に、いいんちょの姿の俺は目を見開く。


「えっと、吹雪、なんでここにいるの?」

「なんでって、今日はオフだから、流紀姉ちゃんに会いに来たんだよ。そんなことより、大丈夫だった? 90分くらい前に変な感じがしたから、私、心配してたんだよ。いつもなら、放課後になったら電話繋がるのに、今日に限って出ないし……」

「ごめんな……さい。ちょっと考えごとしてたから」

「そうなんだ。じゃあ、写真見たいなぁ」

「写真って?」と首を傾げると、東野さんは抱き締めていた俺から離れていく。

「スマホに入ってるお母さんとのツーショット写真だよ。今度会ったら見せてくれるって約束したでしょ?」

「そういえば、そうだった」と話を合わせてカバンに閉まったスマホを取り出す。

 心の中で両手を合わせ、ジッと学級委員長のスマホを見つめる。


 ピンク色の手帳型スマホケースの中に入っていたスマホの画面は黒い。

 真面目に学校ではスマホの電源を切っていることを知り、俺はホッとした。

 この状態なら、スマホの電源オンにしても、パスワード入力しなければ開かないはず。

 ただし、目の前にいる東野さんがいいんちょのスマホのパスワードを知っていたらアウト。考えを巡らせながら、スマホの電源を入れた。

 すると、ロック画面が表示され、思わず目を見開く。そこには夏休みにラーメン屋でいいんちょと一緒に撮ったツーショット写真が表示されていた。

 

 左肩に触れられた状態で、体を俺の背中に密着させられた記憶が蘇り、頬が赤く染まっていく。

 さらに、倉雲奈央、小野寺心美、東野吹雪からの不在着信がそれぞれ数10件届いていたことを示す通知が届き、恥ずかしいロック画面は埋め尽くされていった。


「よりによって、なんでこの写真なんだ? まさか、いいんちょ……」

 ボソっと呟き、画面に視線を向けると、『4桁のパスワードを入力してください』と表示されていた。

 そんな反応を示す俺の前で、東野さんは不思議そうな顔で首を傾げた。

「どうしたの? パスワード忘れちゃった? なんとなく分かるでしょ? 倉雲くん」

「なっ」と俺は驚きの声を出す。

「双子の第六感、舐めないで。一目見ただけで分かったから。あなたが流紀お姉ちゃんじゃないって!」

 正体を見抜いた東野さんが右手の人差し指をビシっと立てる。その姿を見た俺は目を点にした。

「どういうことだよ!」

「90分くらい前から感じてたよ。流紀お姉ちゃんに大変なことが起きてるって。そして、ここで顔を合わせて確信したんだ。原因までは分からないけど、私の目の前にいるのは、倉雲くんだって。いいんちょって呼ぶ独り言も聞こえたし、スマホのロック画面見た時の反応も倉雲くんみたいだった」


 人気アイドルの推理を聞き、俺は観念して肩を落とした

「ああ、そうだよ。俺は倉雲奈央だ」

全てを認めると、俺の手の中にあったスマホが震える。改めて視線を向けると、メッセージが届いていることが分かった。


「5分後に流紀ちゃんの家に行くから、待ってってね。奈央」

 いいんちょのスマホに届いたのは、こんな心美からのメッセージ。


 アカウントはいいんちょのモノ。つまり、このメッセージが意味することは……


「あっちもバレたみたいだな。東野さん。いいんちょが今からここに来るらしい。細かい事情はいいんちょと一緒に話すけど、そろそろ開店時間だよな?」

「そうだね。私も久しぶりに心美ちゃんに会ってみたいから、お父さんには急な学級委員長としての仕事が入ったから遅れるって連絡しとけばいいと思うよ。そのあとで、私が流紀姉ちゃんのフリして店に出るから、安心して」

「そうか、分かった」と答えると同時に疑念が渦巻く。


 あのツーショット写真をスマホのロック画面に設定した理由。


 4桁のパスワード。


「まさかな」と呟き、1025と入力すると、ロックはあっさりと解除された。

 自由に使えるようになったスマホ画面を前にして、俺の思考回路は停止した。


「パスワード、俺の誕生日かよ!」

「あっ、そうそう。流紀お姉ちゃん、いつもニヤニヤしてパスワード入力してたよ」

 驚く俺の近くでいいんちょのスマホを覗き込む東野さんがニヤニヤと笑う。

「そうだったんだなって、つまり、いいんちょは……」

 新たな疑惑が浮かび上がった俺の頭の上には、いいんちょの笑顔が浮かんでいた。





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