俺と隣の洋館に住んでいる同級生は、ローカルアイドル妹と話がしたいらしい。

 無事に中間テストが終わった日の放課後、俺の下駄箱の前には、小野寺さんがいた。

「倉雲君。放課後デートって何やるの?」

 俺の帰りを待っていた小野寺さんがそう尋ねてきて、思い出す。あの時、俺は小野寺さんにデートを申し込んでいた。

「ああ、実は何も考えてないんだ。小遣いもあんまり残ってないけど、何かやりたいことってあるか?」

 靴を履き替えながら尋ねる。

「だったら、この前できなかった音ゲーやってみたいな」

 明るい表情でやりたいことを口にした俺は、そっと財布を取り出し、開けてみる。

「所持金ちょうど200円か。1クレならできそうだな」

「1クレって?」

「ああ、1回ゲームできるって意味な」

 簡単に説明しながら、校門に向かい、小野寺さんと一緒に歩きだす。すると、校門の前でウロウロする不審な影が俺の視界に映った。水色のマリンキャップを被り、顔はサングラスとマスクで隠している少女。身長や髪の長さ、髪型はいいんちょと同じくらい。白のシャツにモノクロ模様のミニスカートを組み合わせたコーディネート。その姿は誰が見ても不審者だったが、どこかで会ったような気もする。

 一瞬、校舎に戻って、校門前に不審者がいることを教師に知らせてもいいかもしれないと思った瞬間、俺の隣にいた小野寺さんが先に走り出した。慌てて追いかけると、小野寺さんは不審者の右腕を掴んでいた。

「もしかして、東野吹雪さん?」

「なんで分かったの?」

 小野寺さんに捕まった不審者は、いいんちょと同じ声だと思った。それからすぐに、俺の隣にいた小野寺さんは両手を合わせる。

「ごめんなさい。雰囲気が流紀ちゃんに似てたから、もしかしたらって思って、カマをかけてみました」

「流紀姉ちゃんのこと知ってるんだ」

「私たちは流紀ちゃんの友達だよ」

「東野さん。自分がいいんちょの妹だって自白しやがった」

 いつもの調子で小野寺さんの隣でツッコミを入れると、東野さんはクスっと笑う。

「そう。私は東野吹雪。6年前に生き別れた椎葉流紀の妹よ」

「某探偵漫画の真犯人みたいなノリで自己紹介だと!」

 俺はハッとして、小声で東野さんの耳元で囁く。

「なんで変装してるんだ? 東野さんってローカルアイドルだろ?」

「ここだけの話。有名人になるから、その練習」

 ふと視線が向けられているのが気になり、真横を見ると小野寺さんが頬を膨らませていた。

「私もヒソヒソ話したいのに……」

「小野寺さん、なんか俺にだけ聞かせたい話があるのか?」

 そう尋ねると、小野寺さんは恥ずかしそうな表情で俺に歩み寄った。俺にだけ聞かせたい話。内容に期待してドキドキしてしまう。

「吹雪ちゃんってかわいいね」

「そうだなって、それヒソヒソ話にする必要あったのかよ!」


 期待した俺がバカだったと呆れていると、小野寺さんは東野さんと顔を合わせていた。

「ねえ、吹雪さん。そういえば、なんでここにいるの? もしかして、流紀ちゃんに会いに来たの?」

「……そう。流紀姉ちゃんに話したいことがあったんだけど、やっぱりやめるわ」

「なんでだよ。ここまで来たんだ。いいんちょならまだ校舎の中にいるはずだ」

 何かを諦めているような表情で背を向ける東野さんを勇気づけようとする。だが、いいんちょの妹は学校から離れていく。

「ごめんなさい。会いに行きたかったけど、やっぱりダメ。これ以上、流紀姉ちゃんに嫌われたくない」

 東野さんは涙をアスファルトの上に落とした。このままだと、いつまでも不仲が続く。でも、俺は何もできない。どうするべきかと悩んでいると、隣にいた小野寺さんが走り出した。逃げようとする東野さんを追い抜き、体を半回転させ、右腕を差し出す。

「吹雪さん。流紀ちゃんに会いに行く勇気がないんだったら、私たちの話だけでも聞いてほしい。立ち話も何だから、ゆっくり話せるところに場所を変えよう」

 差し出された優しき手を、東野さんが握る。その瞳から涙が流れされていた。

「ありがとうございます」と東野さんが頭を下げた後、小野寺さんは前方から近づく俺に声をかけた。

「倉雲君。一緒に来て、流紀ちゃんのこと教えてあげて」

「俺は構わないけど、どこで話すんだ?」

「いいから来て。ちょうどいい場所があるから」


 そう言って強引に連れてこられたのは、駅前にある高級ホテル。超高層ホテルの外装を見上げた東野さんは、目をパチクリさせ、見上げる。

「この子、何者?」と呟いた東野さんの隣にいた小野寺さんは、思い出したように両手を叩いた。

「あっ、自己紹介してなかった。私は小野寺心美。このホテル最上階の高級スイートルーム年間契約してるから、そこでゆっくり流紀ちゃんのこと話すから」

 完全に置いてけぼりになり、ポカンとする東野さんの方を向き、簡単に補足説明した。

「小野寺さんは、超お嬢様らしいんだ」

「流紀姉ちゃんの友達、スゴイね」

 姉のスゴさに感心する東野さんの顔を、小野寺さんはなぜかジッと見ていた。

「ところで、小野寺さん。なんで東野さんの顔をガン見してるんだ?」

 つい気になったことを聞いてしまう。すると、小野寺さんは数秒遅れ、ハッとする。

「……あっ、やっぱり、流紀ちゃんに似てるなって思ったから」

「まあ、双子だから似ていて当たり前だ」

 

 そんな会話をして、直通エレベーターに乗りやってきたのは、勉強会で何回か訪れたことのあるあの部屋。その部屋のドアを開けた小野寺さんは、すぐに台所に立つ。

「倉雲君。ソファーにでも座って、先に話して。同じクラスの倉雲君なら、いっぱい話すことあるでしょ? 私は美味しい紅茶を淹れ次第合流するから」

 台所の方から聞こえた指示に従い、ソファーに座る。一方で東野さんは俺と向かい合うような位置にあった高級そうな椅子に座った。

「それにしても、この部屋スゴイわ。流紀姉ちゃんもここに来たことあるの?」

 高級感が溢れる内装を見渡しながら、東野さんが口を開く。

「いいんちょは来たことないな」とハッキリと答えた後、東野さんは頬を緩め、ジド目になる。

「さっきから気になってるんだけど、流紀姉ちゃんのこと、いいんちょって呼んでるんだ」

「そうだな。俺のクラスメイト全員、そう呼んでるよ。学級委員長としてみんなを引っ張ってくれる頼もしい人だ」

「ということは、心美ちゃんはクラス別ってこと?」

「そうだ。小野寺さんといいんちょは俺が引き合わせたんだ。俺たちの関係を応援する過程で、いつの間にか友達になったってことだ」

「なんとなく分かった。流紀姉ちゃんは倉雲君たちの交際を応援しているんだ」

「訂正しとくと、俺たちは付き合ってないからな」

「えっ、ところで、倉雲君って心美ちゃんと同じくらいの金持ちだったりする?」

「いいや。俺はどこにでもいる一般庶民……」と否定した瞬間、東野さんは赤くなった顔を両手で隠す。

「あああ。庶民の男の子と大金持ちの女の子のサイコーな恋バナ。想像しただけで、胸がドキドキしちゃうよ」

「やっぱりいいんちょの妹なんだな。いいんちょも似たようなリアクションだった」

 酷似するリアクションに苦笑いしていると、東野さんは椅子から立ち上がり、グイグイと俺に近づく。

「もっと聞きたいな。倉雲君たちの恋の軌跡」

 興味を姉から俺たちに変えた東野さんの瞳にはハートマークが浮かんでいた。そんな彼女を見て、俺は両手を振る。

「今日はいいんちょの話を聞きにきたんじゃないのか? 俺たちの話はどうでもいいはずだが……」

「流紀姉ちゃんのことなら、もう分かったから。昔と変わってないってことが分かっただけで私は満足だよ」

「ウソだ。本当はいいんちょに直接会って話したかったことがあったはずだ。それなのに、なんで会わなかったんだ?」

「あのまま顔を合わせたら、もっと嫌われそうだから。私は流紀姉ちゃんのこと大好きなのに、あんなの耐えられるわけない」

「……そうだな。いいんちょは東野さんのこと嫌いだって言ってた。だけど、俺は思ったんだ。ホントは好きなんじゃないかって。この前の商店街のステージイベント。歌ってるところはいいんちょは店の手伝いで見てなかったけど、ステージの上で挨拶してるところは見てたと思うんだ。あのあと俺や小野寺さんを見つけて声をかけてきたからな。ところで、東野さんって自分がローカルアイドルやってるってこと、いいんちょの話したか?」

「ううん。私、流紀姉ちゃんの連絡先知らない」

「やっぱり意識してるんだ。いいんちょは東野さんがローカルアイドルやってることを知ってた。多分、事前に調べていたんだと思う。そんなこと、興味がなかったら調べないはずなんだ」


「そうだよ。流紀ちゃんは素直になれないだけなんだと思う。だから、会いに行きたいんだったら、会いに行ったほうがいい」

 そう笑顔で語りかけた小野寺さんが、紅茶が注がれたティーカップをお盆に乗せ、現れる。それらを慣れた手つきで配膳していき、俺の隣に座る。その直後、東野さんは俺たちの前で涙を流した。瞳から溢れるそれを指で拭き取る。

「ごめんなさい。流紀姉ちゃんのこと、もっと好きになりそう。だから、もうちょっとだけ話聞きたい。流紀姉ちゃんがどんな学校生活を送っているのかとか。私は今日オフだから、時間は大丈夫だから」

 この時、俺は初めて東野さんのかわいらしい笑顔を見た。その顔に一瞬だけ見惚れていると、隣に座る小野寺さんが俺の頬を抓る。

「もしかして、吹雪ちゃんに一目惚れしちゃった?」

 からかうように笑う小野寺さんの隣で、「違う。ただ、東野さんかわいいって思っただけで……」と慌てて否定した。

 夕日が沈むまで、お茶会は続く。


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