俺は隣の洋館に住んでいる同級生を助けたいらしい。
国数英理社という5教科のテストを1日でやる中間テスト。机の中に何もないことを確認してから、五十音順で指定された席に座る。このクラスになって初めての中間テストに少しばかり緊張しながら、俺は机の上に筆記用具を並べた。今日の試験が終われば、1週間に及んだ小野寺さんとの二人きりでの勉強会が終わる。そんなことを考えていたら、最初の鐘の音が鳴り、教室にやってきた担任教師が、テスト用紙を配った。
いつもより良い点数になっているのではないかと期待しながら、全ての問題を解き終わってから数分後、担任教師の「そこまで」という声で最初の科目の試験が終わりを迎える。一番後ろの席に座っているクラスメイトたちが答案用紙を回収してから、「ふぅ」と息を吐き出した。今の俺は自信に満ち溢れている。
それから、そんな表情の俺のことが気になったのか、「なんか、いつもより自信たっぷりな顔してるね」といいんちょが明るく俺に話しかけてきた。
「小野寺さんと勉強したところがテストに出たからな」
こんな答えを口にした俺を、いいんちょはクスっと笑う。
「通信教材のマンガで聞いたようなセリフだね。そういえば、次は倉雲くんが苦手な数学だけど、大丈夫そう?」
「今の俺なら60点くらい余裕だ」
胸を張り自信満々な表情をいいんちょに見せる。そんな時、教室のドアが勢いよく開いた。
「倉雲!」と叫びながら、あるポニーテールの同級生が俺たちの教室に乗り込んでくる。自分の苗字を呼ばれ、その人の顔を見た瞬間、俺の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。
「渡辺さん……だっけ?」
記憶を手繰り寄せながら、ポニーテール同級生の名前を呼ぶ。すると、渡辺さんは俺に気が付き、真っすぐ俺に近づくため、足を動かした。一方で俺の近くにいたいんちょが首を傾げながら、「誰?」と俺に尋ねてくる。
「小野寺さんのクラスメイトで、友達らしい」
簡単な補足説明を聞いたいいんちょは、一瞬頬を緩めてから、頷いてみせた。
「こんなところにいた。倉雲。いますぐ来い。悔しいが、心美ちゃんを助けられるのは、お前しかいないんだ」
そう言いながら、渡辺さんは強引に俺の右腕を掴み、引っ張ろうとする。
「どういうことだ?」
全く要領を得ない説明を聞かされ、納得できない。すると、渡辺さんはポンと手を叩く。
「そういえば、ちゃんと状況を説明してなかった。心美ちゃんが小野寺グループの令嬢らしいって噂がクラスで広まって、心美ちゃんをスポンサーにした中間テスト打ち上げ会をクラスみんなでやろうって話になっている。でも、心美ちゃんは乗り気じゃないみたい。困っているようだから、助けてやってほしい。同じクラスメイトの私より、倉雲の方が助けやすいはずなんだ。なんか、放課後デートするって言えば、みんな引き下がるはずだ」
「でも、分からないな。渡辺さん。なんで俺に助けを求めに来たんだ? 初めて会った時、俺を敵とみなしていただろう?」
「全ては心美ちゃんの豪邸を探訪するため。心美ちゃんと付き合ってる倉雲が頼んだら、豪邸に行けそうだと思った」
付き合っているという言葉に反応したのか、俺の顔が赤く染まる。
「だから、俺と小野寺さんは付き合ってないんだ。それに、この前小野寺さんの家に行ってみたいって言ったけど、イヤだって断ってたから、俺が頼んでも無理だ」
ハッキリとした答えを聞き、渡辺さんは肩を落とす。
「でも、夏休み、別荘に俺と渡辺さんを招待したいって言ってた……」
「別荘!」
机を叩き、渡辺さんの顔が明るくなった。
「ああ。詳しい日程とか未定らしいけど……」と補足してから、小野寺さんとの約束を思い出し、口を思わず手で覆う。
「マズイな。このことは、正式に決まるまで内緒だった」
「元気づけるために秘密をバラすなんて、倉雲くん。優しいね」
俺の失態をいいんちょは優しく肩を叩いてフォローした。続けて、俺の顔をジッと見て尋ねてくる。
「ところで、誰か忘れてない?」
「ああ。困ってる小野寺さんを助けにいかないと……」
「そうじゃなくて、目の前にいるでしょう? 心美ちゃんの別荘に私も行ってみたいって言ってるの。私は別荘地で倉雲君と心美ちゃんがイチャイチャしてるのを近くで見たいんだよ。それをビデオに撮って、クラスのみんなでアレコレ言いながら上映会をやってみたい」
「ビデオ撮影、恥ずかしいからやめろ! まあ、さりげなく頼んでみるけど、過度な期待はしないでほしい」
頭を掻きながらため息を吐くと、いいんちょは嬉しそうに両手を合わせた。
「お願いね」
「分かった。頼んでみる。それで、渡辺さん。小野寺さんのクラスって何組だっけ?」
「C組だよ」という答えを聞き、俺は走り出した。
「あっ、渡辺さんだっけ? ちょっと相談したいことがあるんだけど、放課後大丈夫?」といういいんちょの声が少し遠くから聞こえ、気になったが、今はそれどころではない。ただ困っている小野寺さんを助けたいという一心で隣のクラスまで足を進める。
2年C組の教室。ここを訪れたのは初めてのこと。俺のクラスと同じドアのはずなのに、この先に小野寺さんがいると思うと緊張してしまう。それでも勇気を振り絞ってドアに手を伸ばそうとした。すると、誰かが背中を強く叩いた。驚き背後を振り向くと、そこには渡辺さんがいた。
「早く助けろよ。バカ野郎」
「分かったけど、渡辺さんに聞いておきたいことがあるんだ。このクラスでは俺はどういうヤツだって認識されてるんだ?」
「ああ。あの街一番のお嬢様らしい心美ちゃんのハートを射止めた庶民の彼氏」
「やっぱり、付き合ってるって思われてるんだな。ちゃんと告ってないのに、不本意だ」
「じゃあ、ちゃんと告りたいって思ってるんだぁ」
渡辺さんがイタズラに笑う。一方で俺は失言をしてしまい、赤面した顔を隠した。それから数秒後、咳払いしてから、ドアに開ける。
「そろそろ行くぞ」
勢いよくドアを開け、小野寺さんがいる教室に足を踏み入れる。周囲を見渡すと、ある机の周りに女子たちが集まっていた。おそらく、あの中心に小野寺さんがいる。そう思いながら、輪に向かって歩く。
「心美ちゃん。お願い。テストの打ち上げを豪華にしたいの。協力してよ」
そんな女子の声が聞こえ、駆け足で輪に加わる。そして、勢いで席に座っている小野寺さんの頭に優しく触れた。
「悪いが、今日は小野寺さんとデートするんだ」
眉を顰め困って下を向いていた小野寺さんが顔を上げ、驚いたように俺の顔を見た。
「倉雲君。どうして?」
「困ってるって聞いたからな。もう一度言う。今日の放課後は、小野寺さんと放課後デートだ!」
そう周囲に呼びかけた後、小野寺さんは首を傾げた。
「えっと、そんな……」
余計な事を言わせないため、優しく口を覆い、困っている友達に耳打ちする。
「いいから、話を合わせろ」という小声の指示を聞いてから、小野寺さんは思い出したように、手を叩く。
「ごめんなさい。今日の打ち上げ会には行けません。今日は倉雲君と2回目のデートです。その代わり、今週末、隣町の焼肉バイキング店の招待券を確保しておきます。ケーキが美味しいところで新メニューも一足先に食べ放題。もちろん男子も来ていいから♪」
この発言で周囲に集まっていた女子たち。正確に言うとクラスメイトたち全員が震撼とした。同時に恥ずかしさが俺を襲う。
「えっと。小野寺さん、中間テストの打ち上げ会に参加したくなかったんじゃないのか?」
「そんなこと、一言も言ってないよ。生バンドカラオケやってみたいって要望が来て、困っただけ」
「生バンドカラオケって何だ?」
聞いたことない言葉を前にして、頭にクエスチョンマークが浮かぶ。それからすぐに、小野寺さんは咳払いした。
「バンドマンが生で演奏してくれるカラオケのことね。小野寺グループにカラオケ関連の会社ないし、バンドマンの知り合いはみんな一流アーティストの海外ツアーに参加中だから困っていたの。焼肉バイキングなら、招待券を確保できそうだし、中高生のモニターが大勢欲しいって店長さん言ってたから頼めば大丈夫だと思う」
「損した気分だ」と短く答えた後、小野寺さんはクラスメイトたちに呼びかける。
「中間テストの打ち上げは、今週の日曜に開催予定。人数把握しときたいから、参加したい人は私に声をかけてね。明日の朝が締め切りだよ」
「小野寺様!」と一斉に周囲の同級生たちが声を出し、若干引いてしまった。
「じゃあ、俺は戻るわ」
もうここにいる必要はない。そう思い教室から立ち去ろうとする。だが、そんな俺を小野寺さんは呼び止めた。
「倉雲君。困ってる私を助けてくれた姿、かっこよかった」
この一言で俺の心臓が強く震えた。優しく微笑む姿も眩しく見え、恥ずかしそうに頭を掻いた。
「ああ」という声しか出せない。俺は小野寺さんのことが好きなのかもしれない。そう思い始めた頃、小野寺さんは「あっ」と声を漏らした。
「そういえば、次のテストって、倉雲君が苦手な数学だったよね? こんなところで油を売ってって良かったの?」
問いかけと同時に予鈴が鳴る。マズイと思い、俺は慌てて自分の教室に戻った。
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