俺の家の隣の洋館に住んでいる同級生は、秘密を打ち明けたいらしい。前編
食卓の上にカレーライスと野菜サラダが置かれ、次々と席に着く。
全員揃って手を合わせ「いただきます」と唱えた後で夕食が始まる。
すると、俺の右隣の席に座った小野寺さんは、嬉しそうに笑った。
「そういえば、倉雲君とディナーって初めてだったね。お義母さんとも一緒にお食事したかったな」
「おかあさん? まさか、義理のお母さんと書いて、お義母さんって呼んだのかな?」
俺の前の席に座ったいいんちょが首を傾げてみせると、小野寺さんは首を縦に動かす。
「そう。今度は倉雲君のお母さんとお食事してみたい」
「ふーん、お義母さんね。やっぱり家族公認カップルとして認められているんだ」
いいんちょはニヤニヤしながら、俺と小野寺さんの顔を瞳に映し出す。
「母さんは俺と小野寺さんの交際を認めてるけどな」
軽く補足してから、カレーライスを一口食す。舌を刺激する辛みと柔らかい牛肉。皿の上で乱切りにされたニンジンやジャガイモなどの野菜も浮かんでいる。
一度食べてしまえば、手が止まらない。それほどの味。
「このカレー、美味しいな!」
素直な感想が自然と出て、隣席の小野寺さんの顔が明るくなった。
「倉雲君、私、嬉しいです」
「やっぱり、心美ちゃんの手料理は美味しいな。ホントに資産家令嬢かって疑うレベルだぞ」
小野寺さんと向き合う形で座っている渡辺さんの発言に対し、自称資産家令嬢は表情一つ変えずに答えた。
「時々、シェフにお料理教えてもらってるからね。なんでもかんでも使用人さんに任せるのはおかしいっていうことで、よくお手伝いとかもやってるんだよね」
そういうことなら、今までのおかしな点も説明できる。そう思いながら、ジッと小野寺さんの顔を見た。
豪華でとても美味しいカレーライスを食べ終わり、一息ついた頃にリビングの壁に掛けられているアンティークなアナログ時計を見上げる。
時刻は午後7時30分。小野寺さんたちは洗い物でリビングを離れ、広すぎるリビングに男2人きり。
退屈しないようにと傍にヨウジイもいるが、なぜかボーっとしてしまう。
八重垣神社で聞いた言葉が頭から離れなかった。
「倉雲君。話したいことあるから、今晩2人きりで会いたいです」
あの言葉を耳打ちされた時から、胸のドキドキは強くなっている気がした。その時間はもうすぐ訪れるはずだが、果たして要件は何なのだろうか?
「やっぱり、告るつもりか?」
「告白でございますか?」とヨウジイに尋ねられ、ハッとした。思わず独り言のように呟いてしまったことを後悔してから、言葉を返す。
「なんでもないから、気にしないでほしい」
「承知いたしました」
ふぅと安心していると、ドアが開き、小野寺さんがリビングに顔を出す。
「ヨウジイ。今から倉雲君と一緒に夜道を散歩してくるから。午後8時までには帰ってくるつもり」
そう伝えられた専属運転手は、頭を下げる。
「承知いたしました。いってらっしゃいませ。椎葉様たちには、2人で近くのコンビニに買い出しに出かけたとお伝えいたします」
街灯もほとんどない暗い道を小野寺さんと共に歩く。小野寺さんは、俺とどこかに誘導したいらしく、俺の前を歩いていた。
「小野寺さん、どこに行くんだ?」
そう尋ねると、自称資産家令嬢が振り返る。
「プライベートビーチじゃないけど、この近くに砂浜があるんだよね。星がキレイに見えるとこで、隠れた名所なんだって」
「そうか」
納得の表情になった俺の顔を見た小野寺さんは、再び前を向いた。そして、歩きながら俺に話しかける。
「覚えてる? 市民プールで吹雪ちゃんに言われたこと」
「えっと、なんだったっけ?」
「カップルになったら隠し事できないから、友達以上恋人未満のままなんじゃないのかって指摘されたよね? 私、反論できなかった。だって、吹雪ちゃんの意見は間違ってなかったから」
そういえば、そんなことを言われたと思い出したが、納得できず思わず首を捻る。
「隠し事……」
呟いた瞬間、俺の中で何かが弾けた。相合い傘をして一緒に帰ったあの日、目を泳がせて動揺した小野寺さんの顔が蘇る。
「あっ……ああ、そっちの話ね。だったら、後悔しなくても大丈夫みたい」
あの時の言葉と共に思い出されたのは、学校では先生だけが秘密を知っているということ。
あの時と同じ感覚が胸の内を駆け巡っている中で、小野寺さんは俺と顔を合わせることなく、歩みを進める。
「その後考えたんだ。八重垣神社の恋占いで賭けをやろうって。もしも10分以内に紙が沈んで、その位置が私の近くだったら、ちゃんと打ち明ける。結果は、ご存知の通り。だから、やっと覚悟できたつもりだったんだけど、いざ話そうと思ったら、怖くなった。ちゃんと告白したら、倉雲君との関係が終わってしまうんじゃないかって」
小刻みに震わせた同級生の姿を見て、無意識に体が動く。優しく小野寺さんの背中に触れた瞬間、熱くなる。
「心美。何を隠してるのか知らないけど、俺は全てを受け入れるから」
頬を赤くした小野寺さんが振り返り、俺を顔を合わせた。
「私、ホントは資産家令嬢じゃないの」
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