俺の家の隣の洋館に住んでいる同級生は、秘密を打ち明けたいらしい。後編
「えっ?」という言葉しか出なかった。目の前にいる小野寺さんが何を言っているのか。理解できない。
小野寺さんは冗談を言っていない。その瞳は全てを物語っている。
そんな俺の心情を知らない小野寺さんは顔を暗くして、言葉を続ける。
「ホントの私は、小野寺家に仕えるメイドだったの。あの洋館で住み込みで働いてる」
「いや、そんなわけないだろ。ヨウジイに聞いたけど、小野寺さんにはエリカさんっていうお姉さんがいるって……」
「私とエリカ姉様は姉妹じゃなくて、令嬢と使用人の関係だったんだ。そう、ホンモノの小野寺グループのお嬢様は、私じゃなくてエリカ姉様。あっ、養子だから、戸籍上はお姉さんってことになるのかな?」
「そんなわけないだろ。だって、小野寺さんは、今までお嬢様みたいなことをやってきたんだ。リムジンに乗って、駅に来たこともあった。年間契約してる高級スイートルームで勉強会やったこともあった。ファーストクラス貸しきったり、こっちの知り合いに高級車貸してもらった。ただの使用人に、こんなことができるはずがない!」
なぜか小野寺さんの言葉を信じることができない俺は、今まで積み重ねてきた出来事で否定してみせる。だが、小野寺さんは、あっさりと首を横に振った。
「エリカ姉様の遺言で、ホンモノのお嬢様と同等の権力が使えるようになってるの」
唖然とする俺と視線を合わせた小野寺さんは、少し沈黙してから、再び口を開く。
「さっき、メイドだったって言ったよね? 今でも学校に許可貰ってメイドのお仕事もしてる。もちろん、労働基準法もしっかり守って、勉学に支障が出ない範囲でね。だけど、将来的には小野寺グループのトップに立つんだ。それが2年前に亡くなったエリカ姉様の遺言だし、会長の推薦もある。中にはメイドとして仕えていた若造に任せられるかって言って、新たな後継者を擁立しようとしてる人たちもいるみたいだけど……」
「……なんだよ。それ。まさか、小野寺さん、2年前に亡くなったエリカさんのために小野寺グループを継ぐつもりか?」
「そうだよ」
淡々と答える小野寺さんを前にして、俺は彼女の両肩を思いきり掴んだ。
「ちょっと、倉雲君、痛いよ」
無言で隠し事をしていた同級生の顔を睨みつけた。怒りと諦め。いくつもの感情が頭の中を駆け巡る。
やっぱり、小野寺さんと自分は釣り合わない。
こんな庶民との恋なんて、時間の無駄なのかもしれない。
こんな庶民との恋の所為で、小野寺さんの夢が叶わなくなるかもしれない。
ここは小野寺さんのためにも、この関係を断ち切らなければならないのではないか。
そんな気がして、小野寺さんの両肩を強く掴む。
「小野寺さん。もう大……」
「ダメ!!」
突然、後方で大声が響いた。小野寺さんと一緒に背後を振り向くと、俺たちの近くで呼吸を整えているいいんちょがいた。
「いいんちょ。なんでここにいるんだよ!」
驚きのあまり俺が尋ねると、いいんちょはジド目になった。
「ヨウジイに聞いたよ。2人きりでコンビ二へ買い出しに行ったって。それを聞いて、私が黙って待ってるわけないでしょう? どうせ外でイチャイチャしてるに決まってる。そう思って走って追いかけたら、なんか険悪なムードで驚いたなぁ。それで、ケンカの理由って何?」
「なんでケンカだって分かるんだ?」
「分かるよ。なんかお父さんたちが離婚した時と同じ感覚がしたから、夫婦ケンカには敏感なんだ」
「夫婦じゃないからな!」
ムキになって否定しながら、小野寺さんの両肩から手を離す俺を見て、いいんちょはクスクス笑う。
「それはそうと、倉雲くん。心美ちゃんのこと大嫌いって言おうとしたでしょ? ダメだよ。何があったか知らないけど、倉雲くんは心美ちゃんのことを嫌いになれない」
「なんで分かるんだよ!」
「2人を見てたら分かるよ。両想いなんだって。とにかく、私の目の前で破局とか絶対許さないから。破局なんて、お父さんとお母さんだけで十分って、心美ちゃん。なんで泣いてるの?」
そんないいんちょの声を聴き、俺は隣にいる小野寺さんの顔を見た。そこにいた少女は、両目から大粒の涙を流している。
「良かった。流紀ちゃんが来てくれて」
なにかが吹っ切れたらしい小野寺さんは、両腕を上に伸ばした。
「奈央。流紀ちゃんと一緒にコンビニへ買い出しに行くよ」
「小野寺……さん。今、俺の名前を……」
突然のことで目をパチクリさせる。そんな俺の近くでいいいんちょは顔を赤く染める。一方で小野寺さんは、ジッと俺の顔を見つめた。
「ねぇ、今から告るよ」
「おい、急だな」
「だって、もう躊躇う理由なくなったから」
「待て。心美、心の準備が……」
言い切るよりも先に、小野寺さんは動いた。
唐突に目の前で俺に抱き着かれた瞬間、目の前が真っ白になった。
「奈央。好きです。付き合ってください」
この一言で心臓がドクンと震え、全身が真っ赤に染まった。いいんちょも赤面して、口を両手で隠して動揺していた。
「シンプルイズベストな告白を拝ませていただきました。倉雲くん、返事は?」
「……ああ」
照れてしまい、思うような言葉が出なかった。
「もうちょっとマシな返事できないの?」
なぜか告白を見届けたいいんちょが頬を膨らませる。
「悪いな。この場合、どんな返事をしたらいいのか分からないんだ」
「まあ、倉雲くんらしいって言ったら、らしいね」
クスクスと笑いながら、いいんちょはスマートフォンを取り出した。その行動を見て、俺は首を傾げる。
「いいんちょ、何をやってるんだ?」
「クラスのみんなに知らせないとね。倉雲くんと心美ちゃんが正式なカップルになったって。まあ、ここでみんなに知らせなくても、盆明けの登校日でみんなに、この一部始終を話すつもりだから、遅かれ早かれ、バレちゃうよ♪」
「もう付き合ってないからって否定もできないのかよ。まあ、いいけど」
「それって、私を彼女にできてうれしいってこと?」
そう小野寺さんに尋ねられた俺は頷く。
「そうだな。小野寺……」
言い切るよりも先に、小野寺さんは右手人差し指を俺の唇に押し当てた。
「私の彼氏になったんだから、小野寺さん禁止。名前で呼んでください。それと、今度から私の家に遊びに来ていいから」
「ついに自宅デート解禁っと」
俺たちの話に聞き耳を立てていたいいんちょがスマホに文字を入力していく。
「一応、俺の家へ遊びに来たことあるからな」と補足説明すると、目の前にいた小野寺さんは首を傾げた。
「誰と?」
「誰って、心……美と」
「少し詰まっちゃったけど、ギリギリ正解だね」
こうして、俺たちはあっさりと恋人という一線を越えてしまった。
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